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あいをしらないがぁる そのに

 冷気にあてられた末端はもうよみがえらないのです。

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 じりじりと痺れる指先にあったのは頬。やわらかい弾力、おいしそうだなあ、透きとおっている。口の中によだれが溢れてくる。指を一本、二本、三本ーー触れる面積が少しづつ増えると体温もさがるような気がした。こんなに奇妙な出会いは初めてだったけどずっと前から決められていたことだということだけは確信できた。おはよう、記憶の彼方にある名前を呼ぶ。

 ぴんぽーん

 部屋にチャイムの音が鳴り響く。はっとして手のひらを離す。
「はあい」
 トム子はまっすぐドアノブに手をかける。

「こんにちは」「こんにちは」
開いた先には2人のおんなのひとが立っていた。
見たことがない、どちらも同じような顔でにこやかに笑っていた。

 昔こんなことがあった。
 小さなおんなのこが留守番をしているときにいなくなった。おんなのこはとてもいい子でどんな大人もその子の前では笑顔になってしまって幸せな気持ちになってしまって、ふわふわといい気分のままその子のことがほしくなってしまうのだという。おんなのこの両親は彼女がいなくなったことをとても悲しがった。きっとその子をとったのは家にふいにやってきた誰かだと両親はつよく訴えた。まっさきに疑われたのが荷物を届けにきた配達員のお兄さんで、大きくニュースでもとりあげられた。お兄さんは自分ではないと言っていたらしいけど、誰も信じなくてそれが苦しくて自分で死んでしまったらしい。

「なにか、よう ですか」

トム子が尋ねるとふたりは笑顔を深める。
「ちょっとお訊きしたいのですが」「ちょっとお訊きしたいのですが」
寸分違わず同じ内容をふたりは話す。きっとこの人たちの魂は同じところにある。

「こちらに女の子が」「すてられていませんでしたか」

 ぎら、ぎら、と目が光る。ふたりとも血の気の引いた真っ白な肌をしていて、それを際立たせるまっくろな髪。顔はそっくりだけど、片方は偏りも短い髪。もう片方は側面の人束だけが腰まで長い。そして、ドレスを着ている。表面がぎら、ぎら、とあやしく光る、そんな美しいドレス。

 トム子はふたりがとてもキレイだと思った。トム子の頭の中は彼女たちの美しさでいっぱいになって、胸もいっぱいになった。こんな気持ちになることははじめて!と頭の中で叫ぶけれど、それはトム子にとってそこまで珍しい話ではなかった。でも、トム子はそんなことも全部忘れて彼女たちのことを”きれい”と思っているので初めてであることと同じだった。
 
「すてられていませんでしたか」「こちらに女の子が」

じりじりとせまってくるふたりの問いにトム子は必死で空っぽの頭の中を走り回ってみる、けれど、どんなに死に物狂いに駆けてみたとしても空っぽである事実は変わらないのである。

しらないよ、と首をふる。
「おねえさんたち、とてもきれいでステキね」
なんの歪みもない笑顔でトム子は言う。
ふたりは少し目を大きくすると、笑みをより深くする。

「ありがとう」「ありがとう」
緊張感が緩むと三人は始めて同じ世界の中に立った。ふふふ、と幸せを噛みしめ合う。人間にとっての幸せは様々あるがその中の一つがお互い気持ちを共有しあうことである。しかし言葉は不完全だし、人間はそもそも空っぽなので実現しないのが常だ。トム子はそれを知らない。

じゃあね、みつかるといいね。トム子はその場を去る2人にむけて手をふる。彼女たちは仲良く手をつなぎながらだんだん小さくなっていく。トム子はぼおっと2人の背中を見ながら思った。

「おねえさんたちの外側のお腕はどこにいったのかな」

肩から先にあるはずのものは透明で、向こう側の街の風景が見えていた。

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