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とても寒かった夜の話

「春」と聞いて思い浮かべる1つが花見だ。

イベント好きの日本人は何かにかこつけて飲み会をしたがるものだが、花見はその代表的なものだろう。

大学のとき、1年生の我々は花見の場所取りをすることになった。
中心街からちょっと離れたところにあるその公園は、毎年大勢の花見客でにぎわうため、前日の夜からの待機だ。

春とはいえ、夜はかなり冷え込む。
先輩からのアドバイスでしっかり防寒具を着込んだが、それを凌駕する勢いで寒さが襲ってくる。

初めのうちは先輩たちもいて、にぎやかだったのだが、夜が更けてくると1人、また1人と帰っていき、1年生男子5人だけが残った。

寒さにすっかり参った我々は口数もどんどん減ってきて、ただただ虚ろな表情で座っていた。

冗談半分に「これで寝たら、明日の朝もう目覚めないんじゃない?」と言ってみるが、誰も笑ってもくれない。というか、本当にその可能性があるのではという雰囲気だった。

別に徹夜で起きている必要はないので、寝てしまってもいいのだが凍死の可能性を考えると、なかなか寝られなかった。

しかし、疲れがピークに達した我々はいつの間にか深い眠りに落ちていた。

人生史上、あれほど寒い夜はなかった。
いかに普段恵まれた環境で寝ているかがよく分かった。

意識が戻ると、空は薄明るくなっている。
ゆっくり目を開けると数羽の鳩が群れを成していた。

最初に思ったのは「あ、生きてる」であった。

わたしに続いて同胞たちも目を覚まし始める。
みなで顔を確認し、笑みを交わした。
どういった意味の笑いか分からないが、わたしも少し微笑んでいた。

そこであることに気づく。

1人いない。

まさか……。

なんとそいつは我々の元を離れて先輩の車の中で寝ていたのだ。
以降、彼とわたしたちが疎遠になったのは言うまでもない。

ちなみに翌日は雨で花見は中止になった。

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