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晴海埠頭の思い出

2022年11月。大学の研究室の研修旅行で、東京に行く用事があった。
(ちなみに1泊2日の旅行で、鎌倉と横須賀に行き、最後に東京国立博物館の特別展を見に行った)

その旅行は現地解散で、せっかくだからもう1泊だけ、東京を一人旅することにした。
それは、小沢健二の「いちょう並木のセレナーデ」という楽曲に登場する、晴海埠頭に行きたいと思ったからである。

僕とオザケンの出会いは『LIFE』というアルバムだった。
このアルバム自体に相当な思い入れがあるので、他の曲についても語りたいところだが、その話はまた別の機会にしたい。とにかく今回は、「いちょう並木のセレナーデ」について、じっくり書いていくことにしよう。

この曲を初めて聴いた時、「なんだこの綺麗な曲は!?」と、とんでもない衝撃を受けたのを鮮明に記憶している。

ライブ仕立てでレコーディングされたこの曲は、オーディエンスの歓声や手拍子も混じっており、他の収録曲よりもあえて音質を下げている。その分、ギターの音と歌声に奥行きが生まれ、まるで今本当に自分の耳元で歌っているかのような錯覚を受けた。
そこに物哀しいメロディーライン、ハーモニカの旋律。そして最高に切ない歌詞。全てが圧倒的だった。こんなにも美しい曲を聴いたことがなかった。

初めて聴いた瞬間に、ここまでの衝撃と感動を与えた曲は、少なくとも邦楽には無いかもしれない。それくらい思い入れのある作品なのだ。


この歌詞には、「晴海埠頭を船が出てゆくと、君はずっと眺めていたよ」というフレーズが登場する。

晴海埠頭。中央区南部にある、東京港の玄関口。
その先端に位置する晴海埠頭公園は夜景スポットとしても知られる。

行ったことも聞いたこともない場所なのに、なんだかとても心惹かれる一節だった。そして次第に晴海埠頭を訪れたいという気持ちが強くなった。
たとえば名作『君の名は。』に感銘を受けた人々が、飛騨古川にぞろぞろと訪れる(いわゆる聖地巡礼)というニュースを数年前に見た記憶があるが、まさにそんな気持ちだった。僕の心を掴んで離さない、あの歌詞に登場するあの場所を、一目拝みたいという気持ちに駆られた。


そういうわけで、事前に公園付近の宿を予約し、研修旅行が終わったあと、一人で晴海埠頭に向かった。

勝どき駅から30分は歩いただろうか。道中で工事が行われており、遠回りをする羽目になった記憶がある。
ようやく辿り着いてみて感じたのは、驚くほど人がいないこと。穴場の夜景スポットとは聞いていたが、本当に人影が全く見当たらない。結局この日はせいぜい一人か二人とすれ違っただけであった。

「静かなところだ」。
そんな気持ちが、いっそう僕をわくわくさせた。

そうして、海沿いへと近づいていく。
夜の東京湾に浮かんでいたのは、白い灯りに包まれたレインボーブリッジ。その上を行きかう車のライト。無数にそびえ立つ東京のビル。小さいながらも圧倒的な存在感を放つ東京タワー。そして目の前には、ずっしりと浮かぶ一隻の船。
実際に目にすると、息を呑むほど美しい夜だった。
大都会とは思えないほどの静寂に抱かれて、そんな景色を独りで見ていた。東京もまた、広大な海に浮かぶ、ちっぽけな島でしかないのだ。

レインボーブリッジの夜景。
右上に東京タワー。スマホ撮影なので画質のクオリティはご愛嬌。
実際に見ると、結構大きな船だった。

残念ながら、ここの晴海客船ターミナルは閉館となっていて、展望台に立ち入ることはできなくなっていた。それも、人が全く居なかった所以なのかもしれない。それでも、十分すぎるくらい綺麗な光景を見ることができた。


ここで、あのアルバムをSpotifyで再生する。
1曲目の「愛し愛されて生きるのさ」が始まった途端、今自分は特別なひとときを過ごしているんだと実感した。だって、晴海埠頭で『LIFE』を聴くという僕の夢が、今こうして現実となったのだから。

そして、いよいよ4曲目「いちょう並木のセレナーデ」が始まった。


実は当時、僕は失恋をしていた。

この曲は『LIFE』で唯一、別れをモチーフに描かれた曲である。ただでさえ切なくて泣けるというのに、歌詞に登場する「晴海埠頭」にいることを思うと、余計に一つ一つのフレーズが、この胸に突き刺さってきた。

晴海埠頭を船が出てゆくと 君はずっと眺めていたよ
そして過ぎて行く日々を ふみしめて僕らはゆく

小沢健二「いちょう並木のセレナーデ」歌詞

誰もいない静かな海で、旅立つ船を見送る姿。
それはまるで、二人の別れを投影させるようだった。

人は時に、幸せな時間を置き去りにしてでも、別れの悲しみを乗り越えて、歩き出さなければいけない。でもそれは、あまりにも名残惜しくて。

「今は忘れてしまった、たくさんの話をした」こと(忘れてしまったという一言だけでグッと切なくなるの凄い)。何度も何度も名前を呼びかわし合ったこと。長い時間いっしょに居たことも、全てが遠い過去となり、いつしかその時の幸せさえも消えてしまう。それでも、僕らは前に進まなくちゃいけないんだと、この曲はそっと背中を押してくれた。

いつか彼女は、涙をこらえて僕のことを思ってくれるかな。
今、この曲を聴いて、泣きながらこの景色を眺めている僕のように。


「いちょう並木のセレナーデ」と晴海埠頭。
それらは、僕の全てをやさしく包んでくれた。思い出の曲と思い出の場所。

つらくても独りで歩き出すんだよ。
そう僕に語りかけているみたいだった。



翌朝も行ってきた。
朝の晴海埠頭も、最高に綺麗だった。
余談ですが、9月30日に東大の講義で会えるの楽しみにしてます。


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