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人生は、一本道。

人生は、泣いても笑っても、
他の誰かになることはできない。
   

他の誰かになれたら、と心に叫んだ日も含めて。
あとになって振り返ってみると、
じぶんが歩いてきた道がそこにはあって。
 
 
他の誰かになるのではなく、
わたしはわたしで生きてきて
良かったと、そう思える日がある。
  

そんなお話です。

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人生は、
「無限」と「有限」が
徹底しているところが面白い。

 
人生には無限の可能性があるけれど、
今日、いまこの瞬間わたしは複数の場所に
同時に存在することはできないので。
(同時に認識することはできないので。)
  
 
人生は無限と有限が徹底しているなと思う。
 
 
しかも人生というのはそういう人たちが
関わり合うから、何が起こるかわからなくて
さらに面白い。
 

 
  
生きていると、
ひどく後悔することや
逃げ出したくなることに遭遇することがある。
 
 
だけど、
悲しいかな人は、自分以外の
誰かになることはできないから。
 
 
だから、
目の前に生きている人がいると、
この方もいままで無限と有限の
徹底した中を生きてこられたのだと。

 
自分自身もそうだと。
そんな風に思う。
  
  

「選択」という言葉だと
自主的な印象になるけれど、
人生はどちらかというと遭遇したり、
巻き込まれることの方が多いかもしれない。 

 
 
時には受け入れがたい遭遇も、
時には許しがたい遭遇もあるかもしれない。
 
 
それでも。
生きているということは、
その人が生き続けてきたということなので。
 
生きるという無限と有限の連続の中を
存在し続けてきたということなので。
  

生きていること。
生きてきたこと。
というのはすごいことだと思う。

  

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 人生はいっぽん道
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この言葉を教えてくださったのは、
戦前、教師をされていたという方だった。

 
これは私の想像でしかないけれど、
戦前に教師をされていて、
戦後また生きてこられたということを思うと、

わたしではちゃんと計り知れない
心境を通過されてこられたと思う。
 
 
 
だから、その方がおっしゃるからこそ、
この「人生はいっぽん道。」
ということばがとても心にしみた。
 
 
だから、いまでもしみこみ続けていて。
ときどき思い出しては、
やっぱり人生はいっぽん道だなって思う。
 
そして、その時はそう思えないことも。
後になって振り返るときは、やっぱり
私は私で生きてこられて良かったと思う。
  

たぶんこれからもいろんなことあると
思うけど、どんな道もきっとあとでみたら
愛おしく思える日が来ると思う。 

 

そして、人生というのは私よりもはるかに
大きな存在で。
人生というよくわからないけれど、無限と
有限の繰り返しを、楽しもうと思う。

 

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 いきあたり、バッチリ!
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わたしはもう1つ、
「いきあたりバッチリ」
ということばが好きで。

 
改めて
いきあたりバッチリ。で。
 
きっと笑えないことも、
たくさん泣くことも含めて。
 
アンパンマンのように笑って
生きてゆこうとそう思った。
 
 
※このアンパンマンこんにゃくは
 会社の後輩がつくってくれました。

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