『エセルとアーネスト ふたりの物語』

WOWOWの「世界の秀作アニメーション」で再見。最初に観たのは東京アニメアワード(TAAF)2019のオープニング作品として。

『スノーマン』で知られるイギリスの絵本作家、レイモンド・ブリッグズが自身の両親の生涯を描いた『エセルとアーネスト』の長編アニメーション化。

細やかな作業で絵本の味わいをそのまま生かした作品。
奥様付きメイドだったエセルと牛乳配達のアーネスト、二人が出会った1928年から相次いで世を去った1971年までの長い日々を時々の社会情勢を交え、ありのままに描き出す。

愛情にあふれた結婚生活ではあったが、良いこと幸せなことばかりでなく、晩年のエセルが認知症で夫アーネストの顔すら忘れてしまったこと等、なかなか表には出しにくい事柄も包み隠さず描いており、人生の重みを感じ、居住まいを正す。
ブリッグズの優しく素朴な絵による表現が終始効果的で、素直に物語に入り込むことが出来、観終わった後には静かな感動が胸に広がる。

ブリッグズの両親である「ふたりの物語」ではあるが、同時に舞台となったイギリスの普遍的な庶民の物語であり、その味わいは片渕須直監督の『この世界の片隅に』に近く、さながら『このイギリスの片隅に』とも言うべき。

そこには私の知らないイギリスの歴史と生活があった。
長い戦争と、それに備える人々。庭に防空壕を掘り、ベッドの下に避難用の頑丈な柵を作る。金属の供出、子どもの疎開、徴兵。
日本への原爆投下のニュースも流れる。(ブリッグズには核戦争による放射線被害で死んでゆく夫婦を描いた『風が吹くとき』という作品もある)。
そして、第二次世界大戦が終結しても、イギリスにとってそれは戦争の終わりではなく、その後も違う戦争が続くのだ。日本で平和が続いてきた有難さを思った。

いかにもイギリスらしい屋敷の壁紙や暮らしの道具の変遷、衣服や生活スタイルの変化なども細かく描かれ、イギリスの市民生活のディテールが伝わる。そのひとつひとつが興味深い。
これもアニメーション・ドキュメンタリーだが、こうした静かで滋味深い作品は珍しいのではないか。

監督はブリッグズの他の作品のアニメ化にも携わり、親交もあるロジャー・メインウッド。
ブリッグズはエグゼクティブ・プロデューサーを務め、参考写真なども提供しているとのこと。また映画冒頭の実写部分に出演もしている。
エンディング曲はブリッグズのファンだというポール・マッカートニーが自身の母への想いも込めて描き下ろしたもの。
様々な人の思いが込められた作品だ。

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