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新潟国際アニメーション映画祭(NIAFF)2024

去る3月15日(金)から20日(水)まで開催の新潟国際アニメーション映画祭(NIAFF)に全日参加してきた。
昨年の第1回にも参加したが、とてもいい映画祭だった。その印象は第2回の今回も変わらない。

「アジア最大の長編アニメーション映画祭」の自称通り、長編アニメーション(40分以上)のみのコンペティションを有するのがNIAFFの大きな特徴だ。
近年は制作過程のデジタル化もあって、日本のみならず世界的に長編アニメーション作品が増加している。思いもよらぬ国からの応募もあって興味深い。
その傾向を反映してかコンペ作品は昨年の10本から12本に増加した。
応募は29の国と地域から49作品あったという。
今回も、手描き、3DCG、ストップモーション、切り紙風デジタル、と表現方法は多彩。テーマも様々で、単純に観て楽しい作品から思索を深める作品まで幅広い。
日本の作品に門戸が広いのも特徴で、昨年劇場公開された『アリスとテレスのまぼろし工場』や4月に公開予定の『クラユカバ』の2作がコンペに入っているのもいい。やはり日本で開催される映画祭として日本作品が入るのは嬉しいものだ。
第1回との違いは子どもが観て楽しめる作品が減ったこと。前回は『愛しのクノール』『ネズミたちは天国にいる』があったが。日程的に見ても子どもの動員は見込めないこともあるだろうし、コンペ用の選考委員(審査員とは別)の選択もあるだろう。
が、今回の選考は概ね良い仕事をされたのではないだろうか。エンタメ寄りとアート系のバランスも取れ、ビジュアルだけで惹かれる作品も多い。

コンペ作品については別に記すとして、新潟の映画祭としての特徴は欲張りなほど部門が多いこと。
前述の「長編コンペティション部門」を中心に、特定の作家を取り上げる「レトロスペクティブ部門」、「世界の潮流部門」、イベント、フォーラム、オールナイト、アニメーションキャンプ、これらに加えて新潟にちなんだ先人の名を冠した「大川博賞・蕗谷虹児賞」受賞作品も上映され、地元のイベント「がたふぇす」と連携もしている。

「レトロスペクティブ部門」は第1回で監督であり漫画家である大友克洋を取り上げ、今回は高畑勲監督が選ばれてTV時代を含む代表作が一挙上映された。
「世界の潮流部門」は「女性スタッフ映画」「ワーク・イン・プログレス」「新しい制作方法」「コマ撮り」「アジアから世界へ」と細分化されて14作品が上映・紹介され、その多くでスタッフのトークが行われた。映画祭の目標の1つに「アニメーション文化と産業を統合するハブとなる」ことがあるが、この意欲的な部門にそれがよく現れていると言える。
「イベント」ではオープニング上映の『クラメルカガリ』、監督も登場で大盛況の応援上映『犬王』、その湯浅監督の初期作品を含む『短編特集』、富野監督来県とあってチケット瞬殺でトークの配信も急遽決定した『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』をはじめ、トーク付きの『ちいさな英雄』『劇場版GREAT PRETENDER』『これからのドワーフ20周年+α』などのプログラムで賑わった。
「フォーラム」は「特集上映ドキュメンタリー・アニメーション」として3作品の上映と講演、新潟大学の協賛による2つの研究発表、2つのシンポジウムが組まれた。
いずれの部門も第1回よりもプログラムが増量している。
「オールナイト」では昨年は鼎談付き「新海誠アーリーワークス特集」が組まれ、今年は時代劇が取り上げられて1959年から2007年までの作品4本をトーク付きで上映。
「アニメーションキャンプ」はアジアを対象にした次世代育成プログラム。今年は約40名が選ばれ旅費・宿泊費の支給の下、来日監督らのマスタークラス受講、映画祭作品鑑賞が可能に。
以上、6日間の会期中に、ブックレットに従ってカウントすると50以上のプログラムが組まれている。実際には複数回の上映があるので80以上と過剰なほどの数だ。観客としては嬉しい悲鳴を越えて悩ましい事態とも言える。

会場は信濃川を挟み新潟市内中心部の8つの会場。4つの上映会場とイベントなどの4会場からなる。
昨年のクロスパル新潟、Tジョイ万代を外し、新たに上映用に新潟日報ホールと、だいしほくえつホールを加えるなどのマイナーチェンジも行われている。
どのような経緯があったかは不明だが、この柔軟さはNIAFFの美点だと思う。
今回はコンペ上映を市民プラザとほくえつホールに絞り、日報ホールは「世界の潮流部門」などに充てることで鑑賞条件は多少緩和したと言える。ただ、これはあくまでも「多少」であって決して十分とは言えない。
NIAFFがとても良い映画祭なのは間違いないが、会場が信濃川を挟んで複数に渡るのが難点と言わざるを得ない。

コンペ作品の鑑賞だけに的を絞れば市民プラザに連日詰めていれば可能だが、そこはアニメファンのさがとして他のプログラムにもどうしても参加したいのだ。敬愛する監督が来日・来県するというまたとない機会ならばなおのこと。NIAFFは本当にファン心理を掴むのが上手いというかプログラム編成が絶妙なので悩みは更に深いのだ。
私も事前にスケジュールを仮組みしてみたがパズルのような困難さだった。
アニメーションに関心が深く熱意も高い友人知人でも今回のコンペの全作を鑑賞出来た人は意外と少なかったのは過剰なプログラムと複数会場のせいもあるのではないか。
その困難さを多少とも救う為にも、公式に発表されるスケジュール表は現状の表記でなく実際の時間割に沿ってプログラムとプログラムの間が一目で把握可能なものにしてほしい。
今回は事前に自作のスケジュール表をSNSで発表してくださった方がいたので大いに助かった。難しいとは思うが当日配布でも良いので公式にも実装を望みたい。

更に会場も一考を願いたい。市民プラザは綺麗で広いホールで交通の便も良くスタッフの対応も最高だが、椅子の背もたれが低いので長時間映画を観続けるには苦しい。
今回加わったほくえつホールも見やすい会場だったがスクリーンなど経年ぶりが目につく。
もちろん、このような映画祭を開催してもらえるだけでどんなに感謝してもやまないのだが、あえての希望として。
先に述べたように、信濃川を挟んで、市民プラザとほくえつホール、日報ホールとシネ・ウインドと二極化してしまうのも厳しい。バスで或いは徒歩で簡単に行き来出来るとはいえスケジュール的に難しい場合もあるのだ。

日程的にも6日間は長いのではないだろうか。3月は前半に東京のTAAFが4日間ある。数日の間をおいての新潟の6日間は日程的にも経済的にも厳しい。どちらもというのがそもそも過大な望みなのは承知で、特に社会人には長期間を融通するのは厳しいと思う。
今年は天候に恵まれなかったのも響いた。吹雪いた日もあり改めて北国を実感した。春休みの学生を考慮しているのかもしれないが、貴重なアニメイベントとして何とかならないものかと夢見てみる。せめて4月に入ってでは学校関係の調整が困難だろうか。

とは言え、私はこのNIAFFが大好きだ。見えない部分での関係者の方々のご苦労はいかばかりかと想像するが、新潟の街全体が支えてくれている感が何とも言えない。
商店街やアーケードに掲げられるポスター、地域を挙げてのスタンプラリー、協賛店でのノベルティグッズの配布、大通りから目に入るルフル広場でのイベント等々、ああ、映画祭に来ているという実感が持てて嬉しい。心が上がるのだ。
地域の方々のおもてなしもありがたい。人は優しく食は美味しく、行きつけの店がすぐに出来る。映画祭は作品が観られればそれでいいというものではなく、その日の終わりに気の合う仲間と飲食を共にして語り合うところまでがセットだ。その点で新潟は申し分ない。これで各会場に人がバラけずに済めば言うことなしだが。
ついでに、今回の工夫された点として、市民プラザでの上映終了後にホール横に場所を移して監督たちとの触れ合いの場が設けられたのは大きかった。映画祭ならではの喜びと言え、実にありがたかった。こうした変則的な使い方を可能にしてくれた会場サイドにも感謝したい。
ホールについて言えば、今回もスタッフワークが抜群だった。一度、市民プラザの入場が時間ぎりぎりになってしまい、途中で消灯してしまったのだが、近くにいたスタッフの方がすかさずペンライトを点けて誘導してくださりありがたかった。こうした咄嗟の判断と行動が出来ることが素晴らしい。映画祭の印象はこうしたことでも上下するのだ。
前回に引き続きレトロスペクティブ部門を引き受けてくださったシネ・ウインドで、そこでの上映だけでなく映画祭全体をアピールするアナウンスをされていたのも好感度が高かった。館の方が自ら他の会場の宣伝をするなどなかなか出来ることではない。新潟の方は心持ちが違うと大いに感心したのだった。

今回のコンペ作品は全12本。前回よりも2本増加で、TAAFの長編コンペの4本と比べれば格段に多い。ファンとして多くの作品が観られるのは嬉しいが、少し多い気持ちもする。全部を観られた人も多くはなかったようだ。10本くらいならば、頑張れば何とかなるし、自分で参加日数の調整も出来る。他のプログラムに行く余裕も生まれるだろう。本数の多さは作品の多彩さに直結するので何とも言えないところだが。

NIAFFで最高に良いと言えるのは最終日の授賞式&閉会式を一般開放してくれること。コンペ形式を採る映画祭ならば授賞結果が気になるのは当然のこと。受賞を共に祝いたいと思うのもまた当然。
前回は何故かアニソンライブと連続しておりチケットも高かったので断念したが今回は単独の開催。このように前例に拘らずに形式を更新していけるのもNIAFFの良いところ。
今回は参加出来て本当に良かった。派手な演出はないが十分なセレモニー感と祝祭感。市のお偉い方々の形式的な挨拶がないのも好ましい。
審査委員長を務めたカートゥーン・サルーンのノラ・トゥーミー監督の誠実な言葉、受賞者の方々の心のこもった言葉の数々は本当に感動的で、客席で感極まってしまった。本当に尊い場だった。
ノラ・トゥーミー監督を委員長に選んだのも慧眼で、今この時代に世界に向けて開かれる映画祭として実に意味があったと思う。監督の作品、アフガニスタンを舞台にした『ブレッドウィナー』上映の際のトークもとても心に残った。今はもうない広島国際アニメーションフェスティバルの授賞&閉会式もとても感動的だったのを思い出す。舞台上も観客席も一緒になってのあの熱気。新潟が長く続いて映画祭の歴史を受け継いでいってほしいと心から願う。

授賞式では前回の第1回で、その時の委員長だった押井守監督が予定されていた賞の名称を急遽変更して、傾奇賞、境界賞、奨励賞を創設されたのがいかにも押井監督らしく印象的だったが、第2回の今回もノラ委員長の、映画祭は続けることが大切との意見で継続になった。意外でもあったが、NIAFFならではの姿勢として面白い。
グランプリはカナダのジョエル・ヴォードロイユ監督作『アダムが変わるとき』に決定。キャラクターと背景が一体となった世界のルック、奇妙な味わいが第1回受賞の『めくらやなぎと眠る女』とどこか共通するものを感じる。この受賞でNIAFFの色、個性や価値観とも言うべきものが出来たのではないか。
もちろん、次回以降はこれに捉われることなく審査が行われるのは自明だが、映画祭というものがこうして少しずつ出来上がっていくのを見るのは良いものだ。
傾奇賞は日本の『アリスとテレスのまぼろし工場』で、日本人として嬉しい結果、内容的にもぴったりだ。境界賞はフランスの『マーズ・エクスプレス』。日本のアニメ的なルックとフランスのバンドデシネとの日仏両者の文化を感じさせて境界の名に相応しい。奨励賞はアメリカの『インベンター』、これは私の今大会いち推しで再見の機会が待たれる。

先に広島を挙げたがNIAFFにも共通するのが毎日発行されるデイリーペーパーの存在。NIAFFでは地元紙新潟日報が編集発行に当たっておられる。出来栄えはさすがプロの仕事で、前日のハイライトとその日の注目事項、会場近くのおすすめ「映画めし」等がカラーで両面に掲載されて過不足ない作り。これが無料で手に入るのだからありがたい。
今回はお声かけいただいて私もコンペ作品星取表の評者の一員として参加させていただく光栄を得た。とても嬉しく、一生忘れない良い経験になった。この場を借りてご配慮に感謝したい。

プログラムの時間が被っていたり悪天候に負けたりして当初予定したほどは参加出来なかったが、それでもコンペ作品以外では10近いプログラムに参加出来た。
その中で特に印象に残っているのは委員長であるノラ・トゥーミー監督の2つのトークイベント。『カートゥーン・サルーンとビジュアルストーリーテリング』では監督の経歴を追いつつカートゥーン・サルーンが持つストーリーテリングを重視する特質を知ることが出来、面で表現されたキャラクタービジュアルの成り立ちを知ることも出来た。一方の『ブレッドウィナー』での質疑応答では戦火が上がる世界への誠実な態度に心を打たれた。
また、高畑勲監督の作品から読み取れる心理について、片渕須直監督と臨床心理学者の横田正夫先生が時間いっぱい語り合った『高畑勲という作家のこれまで語られていなかった作家性』は刺激的なプログラムだった。今まで見落としていた視点の指摘などもあり、改めて己の精進を誓ったものだ。
『劇場版シルバニアファミリー』上映の際のトークには氷川竜介氏をモデレーターに小中和哉監督とアニメーター板野一郎氏が登壇。この顔ぶれから話は当然のごとくウルトラシリーズにも及び、大量の映像素材などを駆使した熱いトークが繰り広げられた。
ワーク・イン・プログレスの『小さなアメリ』や「世界の潮流」部門の『中国映画の魅力』、岩井澤健治監督のプログラムでは映像を含む貴重な資料を目に出来て期待が高まった。映画祭ならではのこうしたプログラムの充実がNIAFFは目覚ましい。

レトロスペクティブ部門の高畑勲監督特集も良い機会。演出デビュー作『狼少年ケン』からの編成の目利きが抜群で巨匠の全貌に迫る絶好の機会となった。私も動画(富沢洋子名義)で参加した『セロ弾きのゴーシュ』との再会も嬉しかった。
レトロスペクティブ部門は将来的に多くの企画が考えられる。押井守、富野由悠季、出崎統、今敏など枚挙に暇がない。日本で開催される映画祭として日本作家の特集は実は貴重で、世界への発信と再評価の場として絶好と言える。

いろいろ書いたが、今回も素晴らしい映画祭だった。
良い作品、良いスタッフ、良い仲間に美味しいご飯。お天気だけが難点だったが、それでも新潟は最高だ。

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