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宝石×数学 ブリリアントカットの秘密

前回に引き続き、ダイヤモンドのカットについての解説です。
前半はダイヤモンドのカットの歴史について語りました。

かいつまんでお話しすると、
ダイヤモンドは古来からその硬さや美しさ、希少性に価値を見いだされ主に権力者に利用されていました。
しかし、長きにわたって、その硬度によって加工が難しいことや、希少性故のカットに伴う材料の損失が嫌われていたことで、輝きの美しさの進歩は非常にゆっくりした速度でした。
しかし、ヨーロッパにおける装飾品としての流行や、加工技術の向上によって、輝きの追究が加速していきました。
また、光学の発展により、光の反射や屈折、分散などの光の基本的な性質が明らかになったこともカットの進歩に大きく寄与しました。
そうして、近代に入ってカットダイヤモンドの輝きは加速度的に美しさを増していきました。
という感じですね。

ポイントは、「輝きの追究」「光学の発展」です。
・大きさのロスよりもカットによる輝きの美しさを求めるようになったこと
・美しさの元となる光の性質が明らかになり、それをコントロールできるようになったこと
これが重要です。

そして、今回のお話は、最高の輝きを数学的に導き出したマルセル・トルコフスキーのブリリアントカットについての解説です。
実際の数式は抜きにして解説していますが、記事の末尾におまけとして数式も交えた解説PDFも付属しています。




光の性質
さて、まずは宝石の輝きのもととなる”光”の性質について、おさらいしましょう。
細かいことはおいておいて、ダイヤモンドのカットに関係のあることだけざっとまとめます。
・光は基本的に直進します。
・光がモノに当たったとき、一部が反射され、一部がモノに入ります。(光沢)
・モノに入った光は、物質自体が吸収したり、物質によっては透過します。(色、透明度)
・また、モノに入るとき、光は屈折することで方向が曲がります。
・色は光の波長によって変わります。屈折が起こるとき、波長による屈折率の違いで色の分散が起こります。(ファイヤ)

ここで、大事なのは、
・反射が起こるとき、入射角と反射角は同じ。
・屈折が起こるとき、物質ごとに決まった屈折率に合わせて光が曲がる。
・モノから光が出ようとするとき、入射角が十分に大きいと全反射状態となり、表面で反射してモノの内側に再び入る。
・屈折角が大きいほど、波長の分散が大きく起こる。
という性質です。
図で表すとこんな感じです↓


ダイヤモンドについての屈折率、分散率、臨界角(全反射が起こる限界の角度)はすでに分かっています。参考までにそのデータを書いておきます。
・屈折率 n:2.417
・分散率 Δ:0.044
・臨界角 i’:24°26’



ダイヤモンドデザイン
以上のことがらを前提条件として、光の反射や屈折を最適な条件にするための形や角度などを決定していきます。
最適な条件は詳しくは後々解説しますが、ざっくり言うと、上にある光源から出た光が宝石の中を通って、上方向に再び返ってくるという設計になっていることを指します。

基本的に、ダイヤモンドのデザインはある軸に対して対称な形をしている必要があります。
つまり、上から見ると円形に近い形をしているということですね。そうすることで、最適な光の経路をどの垂直断面でも同じくたどることができるからです。断面の形が場所ごとにころころ変わったら、いつでも最適な角度ではなくなってしまいますよね。
ですから、今後は、中心を軸とする線対称の立体図形を考察の対象とします。
そして、考え方を単純化するために、立体の軸を通る垂直断面、つまり縦に半分に切った断面の形で光線の経路を考えます。
実際のダイヤは立体ですが、今は平面で考えられるよ、ということですね。

ここから単純な図形の光の経路について考えましょう。
〇 ブロック
上面と下面が平行な板状のカットを考えます。
この場合、上からの光はやや屈折しながらほぼ下方向に透過していきます。

底面で反射が起こるのはほぼ真横からの光のみで、その反射も真横に抜けていくので上方向に光が返ってくることがありません。

平行な面で構成されたダイヤモンドは輝くことがないんですね。
ですから、上面か、下面のどちらかは斜めになっていることが重要です。

〇 ローズ
ローズカットのような上面が斜めで、下面が水平な形を考えます。
トルコフスキーはローズカットについての最適な角度やプロポーションについても考察していますが、この記事では詳しい議論は割愛します。
結論としては、ブロックと比べると輝きは増しますが、屈折による美しいファイヤを得られない。そのため、ダイヤモンドのカットにはブリリアントカットのような下面が斜めな形が最適であるといえます。

※ローズカットでは上に反射する




〇ブリリアント
ブリリアントカットのような、上面が水平で、下面が斜めな形を考えます。
ここからが本題です。ブリリアントカットの設計意図についての詳しい解説になります。

◇反射
まずは、光線が反射するときの最適な角度について考えます。
・一回目の反射について
石に射した光が、下面で反射するにはどのような角度が最適か考えます。

ダイヤモンド表面で全反射が起こるための入射角は24°26′ 以上であること。水平から上面に光が射した時の屈折角、つまり、パビリオンへの最大の入射角が24°26′ であること。以上の点から計算すると、パビリオンで全ての光が反射するために必要な角度は、48°52′ 以上であることがわかります。

・二回目の反射について
1回目の反射と同様に、2回目の反射が起こるための入射角を24°26′ 以上と条件を設定して、2回の反射を考慮して計算します。

2回の反射で全ての光を反射させるためには、パビリオンの角度が43°43′ 以下の必要があるということがわかります。
いきなり、1回反射と2回反射で必要な条件がケンカしていますが、どちらを選ぶかは屈折で得られるファイヤなど他の条件と照らし合わせて考えます。

◇屈折
というわけで、屈折について最適な角度を考えていきます。
色が分離することで起こるファイヤは、屈折角が大きくなるほど分散が大きくなり、色が強く分離して美しくなります。
ですから、屈折角を条件の許す限り大きくすることを目指すことが最適なんですね。

しかし、ひとつ注意することがあります。
屈折角が大きいと、光線に角度がついて光量が減ってしまうという問題です。
このときの光量の減り方は分散角の増え方よりも大きいため、無視できません。
光学理論の詳細は控えますが、屈折のとき生まれる輝きは光量と分散角の両方に比例することになります。
そして、これまた数学的な詳細は控えますが、光量と分散角が同じくらいのときに効果が最大になります。
諸々を計算すると、上面に対して17°の入射角で射した光が最も美しいファイヤとなります。

必要な要件が確定したところで、45度を境にそれより急角度か緩角度に場合を分けて最適な角度を決めていきます。
・パビリオンが45°より浅い角度の場合、

上面の入射角が17° ということから計算すると、40°45′ が最適となります。
このとき、斜めから当たる光はファイヤの損失が起こってしまいますが、その分の光量はあまり多くないため無視しても影響は少ないでしょう。
また、逆サイドからの斜めの光が上面で全反射することで下方向に漏れてしまいますが、これはクラウン側のエッジ付近にベゼルファセットを導入することで改善するのでよしとします。

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