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スピネル -有名宝石の陰に隠れた良石-

●序文

不定期宝石紹介シリーズ 第3弾「スピネル」編です。
美しい発色と、均整の取れた結晶形が魅力のスピネル。
その歴史は、有名宝石の陰に隠されて続けていました。

スリランカ産 スピネル

●基本情報

・化学組成: MgAl2O4
・モース硬度: 7.5 ~ 8 (宝石 その美と科学) /8 (宝石の世界)
・屈折率: 1.717 (宝石 その美と科学)/ 1.718 - 0.006 + 0.44 (宝石の世界)
・比重: 4 ~ 4.1(小学館NEO)/ 3.58 ~ 3.61(宝石 その美と科学)
・結晶系: 等軸晶系 [スピネル結晶イラスト]
・劈開: なし
・色: 無色、赤、ラベンダー、青、緑、茶、黒など様々
・産地: スリランカ、タイ、ミャンマー、マダガスカル

化学的には酸化アルミニウムと酸化マグネシウムの2成分酸化物です。結晶系は立方晶系という形で、AB2O4という成分ではこの形をとりやすいみたいです。
純粋なものだと無色に近い色をしています。
酸化クロムが入り込むとピンク・赤系の色が現れます。赤色のものはレッドスピネルと呼ばれます。古くはルビースピネルとも呼ばれたそうです。単にスピネルといったらこの色のイメージですね。
鉄を含むと紫~青系のスピネルになります。こちらはブルースピネルと呼ばれています。また、コバルトが入っても青色が発色します。コバルトスピネルなんて呼ばれていますね。
また、珍しいものだと、無色で透明なものはグレースピネルといいます。透き通った金属と形容できる見た目はとてもかっこよくて人気があります。

非常に彩りに幅があり、とても美しい発色のものも多く産出するので、古くから宝飾品として重宝されています。また、色味だけでなく、屈折率や硬度が高くカット加工した時の輝きの美しさも人気です。

●コランダムとの確執

スピネルの話題において避けて通れないのがコランダム(ルビーやサファイア)との確執です。スピネルは18世紀後半に鉱物学界で認められるまでは、レッドスピネルはルビー、ブルースピネルはサファイアとして利用されていました。最も有名な例だと、イギリス王室第一公式王冠の正面にセットされた由緒正しき『黒太子のルビー』は、実はレッドスピネルであることがわかっています。それ以外にもアンティークな宝飾品の中にはルビーとしてセットされたスピネルが多く存在するとされています。

・スピネルがコランダムと同一視されたワケ
スピネルがコランダムと同一視されたのにはもっともな理由があります。
スピネルとコランダムは非常に色合いが似ています。赤からオレンジ、青から紫まで様々な色があって、石それぞれの色合いの個性がどちらも強いために個体差や産地の違いの中に鉱物種としての色合いの違いが隠れてしまうわけですね。
屈折率もスピネルはコランダムやガーネットよりもほんの少し低い程度で、見た目の印象が大きく変わるほどの輝き差はありません。
硬度も、他の石に比べて非常に硬く、ダイヤモンドよりも一歩劣るという程度の認識でとらえるとほぼ同じ硬さであるといえます。
また、重要な産地も同じです。スリランカ、タイ、ミャンマー、マダガスカルどこも古典的なスピネルの産地ですが、そこらはコランダムの産地でもあるんですね。

これだけ性質の似た石があれば化学分析や発達した鉱物学の知識がなければ同じものだと考えてもおかしくないですよね。

そもそも、これだけ性質が似てしまうのは、化学的な組成が似ているからに他なりません。
コランダムの化学組成はAl2O3で表されます。酸化アルミニウムが結晶の骨格を作っているわけですね。一方で、スピネルはMgAl2O4で表されます。酸化マグネシウムと酸化アルミニウムが協調して結晶をつくっている形ですね。細かい話にはなりますが、体積あたりに占める割合はアルミニウムが7割、マグネシウムが3割という割合が基本となります。つまり、かなりの割合がコランダムと同じ酸化アルミニウムでできているということです。
そして、色合いに影響を与える微量元素も同じで、酸化クロムが入り込んで赤色を発色したり、鉄が入り込んで青色を発色したりするのもコランダムと同じです。

産地が同じであることも、化学組成が似ていることをそのまま表しているといっていいです。スピネルとコランダムはどちらもケイ酸(シリカ)成分の少ない高温の変成岩の中でできやすい鉱物です。具体的には、結晶質石灰岩や雲母片岩、片麻岩などの中にできます。そして、コランダムとスピネルはできる条件が似通っており、下図のように酸化アルミニウムと酸化マグネシウムの混合物からスピネルとコランダムができるとき、かなり広い条件(温度、濃度比)でスピネルとコランダムが同時に産生されます。つまりは、材料と条件がそろってスピネルができる場所ではかなりの確率でコランダムも同様にできあがってしまうということですね。

ハッキリと違っているのは結晶の形なんですが、これも”くせもの”です。鉱床、特に二次鉱床で発見されるときは、他の砂利に混じって欠けたり、擦れて形が変わっていることも多いです。必ずしも純粋できれいな状態の結晶の形で産出されるわけではないんです。
しっかりと見分けるには結晶形の違いでコランダムには多色性があって、スピネルにはないので、二色鏡などを使ってそれを確かめるなどするしかありません。(多色性の詳しいお話は難しいのでまたの機会に解説します。)

ほぼ同じ場所で、ほぼ同じ材料から、ほぼ同じ条件でできる。その上、でてくるときには違いが曖昧になって出てくる。これがスピネルとコランダムが同一視されてきた理由です。これは同じものとみなすのも分かる気がしますよね。

・ コランダムにはないスピネルの魅力
そっくりなスピネルとコランダムですが、それでも詳しく観ればそれぞれにちゃんと個性があります。有名すぎるルビー、サファイアの影に隠れがちですがスピネルにはスピネルの良さがちゃんとあるんです。

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