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月の半分を実家で認知症の母と過ごしています。日々のあった事、なかった事、妄想した事、書…

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月の半分を実家で認知症の母と過ごしています。日々のあった事、なかった事、妄想した事、書きたいと思うのですが、・・。

最近の記事

まりあちゃんの友達

 真夜中に鳴り出した。  低く闇に添うように静かに、でも耳障りには違いない。 眠れないままに布団の中に潜っていた私は、すぐにその音に気づいたけれど、どこから聞こえてくるのか、何の音なのか分からなかった。じっと耳を澄まし、音のありかを探る。聞いたことのある音だけど、思い出せない。  いつまでもやまない音に少し苛立ち、布団をはねのけるとはっきりとすぐ近くに聞こえてきた。 チリリリリィチリリリリィチリリリリィ・・ あ、電話だ。 おばあちゃんちの黒電話の呼び出し音だ。  おばあ

    • 痛点

      僕は毎月1回、クリニックで点滴を受ける。その点滴のおかげで僕の病状は安定し、普通に快適に生活している。 そのクリニックには2台の点滴用ベッドが並んでいて、その間にパーテーションが置かれている。隙間はほとんどない。よって、どちらに寝るかで点滴する手が違う。  願わくば左手がいいとは思っているけれど、空いている方の点滴台に寝るから、その時になってみないとわからない。左手は太い血管が肘の内側(肘窩というらしい)のちょうど真ん中にあって、そこに点滴針をさすと、最初ちょっと痛く

      • 悪い奴です

        居酒屋で友人と待ち合わせをしていた。 少し遅くなるとメールがきて、一人でビールを飲んでいると、隣の席で飲んでいる二人の会話が自然と入ってくる。特に気を入れて聞くつもりはなくてもBGMのように耳に流れてくる。 「まったくなぁ。えらい目にあったよ」 「いくらやられたんだ」 「20万とちょっと」 「そんなにか。そりゃ多い」 「だろぉ。俺の全財産だよ」 「うん」 「俺も欲をかいてたかもしれないけどさ。ひどいよな」 「そうだよな」 「あいつ、そんなに悪い奴には見えなかったもんな。いい

        • 天使の心遣い

          朝、目が覚めると、布団の上にひざ掛けが掛けてあった。 あれっ。 寝る前に確かに椅子の背に掛けた、と思う。 いつの間にか布団のちょうどお尻のあたりにひざ掛けが移動している。 確かに寒かったな、とは思うけれど、 でも、誰が? そういう事がたまにある。 寝ぼけて自分でそうしたのだろう、と家人は言うけれど、 断じて私ではない。 あ、あなた? と聞いたら、にやにやと首を振る。 そう、家人なわけがない。 寝室は別だし、夜中にそんな気遣いをするとは思えない。残念ながら。 コーヒーが飲み

        まりあちゃんの友達

          白い箱

          「今日の素敵な商品はこれです」 そう言って博士が渡してくれたのは白い小さな箱だった。 当然ながら、その中には何かが入っていると思う。 「中身は何ですか」 聞いてみたけれど、博士は教えてくれなかった。 中身が分からないままに僕はいつものようにリムジンに乗って出かけた。すぐに寝てしまうからリムジンの中で確認することも出来ない。 リムジンは稲掛けの田んぼのあぜ道に止まり、僕を降ろして走り去った。目的の家までの僅かの距離を歩きながら、小さな箱をくるくる回して開けるための手がかりを見

          白い箱

          サンドイッチと牛乳

          僕は真夜中の薄暗い路地裏にいた。 どうしてそこにいたのか、よく覚えていない。 いや、いろいろありすぎて、記憶が混濁している。 ひどく空腹でとても疲れて、ひたすら眠かった。 固いコンクリートの壁とアスファルトの道路。日の当たらないごみ置き場のすえたにおい。それでもあと少しの時があれば、僕は確実に夢の世界だった。 ふと気配を感じてうすく目を開けると、暗がりの中に白い服を着た男が立っていた。 ちょっと長すぎるけれど白衣のようなものを着ている。 ぼんやりした意識の中でも不思議な気は

          サンドイッチと牛乳

          寄り添い時計

          なかなか眠れない。 毛布を頭からかぶって、その音が始まらなければいいのにと念じながら、 わずかな音も聞き逃すまいと、息を凝らしてじっと音を探している。 時間がたつほどに、その時は近づいて、動悸も激しくなってくる。 そして、 おじいちゃんが起きだす小さな音。 はっと気づいたすぐ後に、明かりが漏れてきた。 おじいちゃんの部屋の明かりが障子越しに廊下に漏れて、おばちゃんの部屋まで薄く照らしてくる。 ゴトッというのはベッドを降りて障子を掴んだ音。 ガタピシッと滑りの悪い障子を不

          寄り添い時計

          おじいちゃんの唐揚げ

          今回の僕の仮面は人気芸人のなんとかさんに似ているらしい。 町に出てすぐに何人かの若者に声をかけられた。 衣裳部屋の仮面は博士が用意してくれている、はずだけど、 博士はわかっているのだろうか。目立ってしょうがない。 博士は時々、ちょっとしたポカをする。 致命傷になるようなことは勿論ない。 おじいちゃんおばあちゃんの日常生活をほんの少し楽にしてあげようといつも考えて、素敵なものを作るけれど、 時々、ほんの少し首を傾げたくなることがある。 それでも、評判を気にするくらいには自覚

          おじいちゃんの唐揚げ

          おじいちゃんのスニーカー

          いつも突然に呼ばれる。 家のすぐ近くまで迎えに来ているらしい。 慌てて外に出てみても、どこにいるのか定かでなくて、声を頼りにどんどん歩くしかない。 姿は見えないけれど、呼ぶ声はすぐそばに、耳元に聞こえている。 いつもは思うように動かない足もこの時ばかりは、誰かが導いてくれるからか、スムーズに前に出る。 なかなか追いつけないけれど、ちゃんと待っててくれるだろうか。 いなくなったりしないだろか。 一生懸命に歩いても、その後ろ姿さえ見つけられない。 そして、ふっと、声が聞こえなく

          おじいちゃんのスニーカー

          博士と僕

          パタッパタッパタッパタッ、フゥ、パタッパタッパタッパタッ、フゥ 博士のスリッパの音と息遣いが早朝の屋敷に響いていた。 パタッパタッパタッ、フゥ、パタッパタッパタッ、フゥ ちょっと疲れてきたらしい。 パタッパタッ、フッ、パタッパタッ、フウッ。 だんだんと近づいてくる。 僕は博士のだだっ広い屋敷に居候している。部屋が一体いくつあるのか数えきれないほど広い屋敷に僕と博士の二人きりで生活している、と思ってはいる。でも、本当のところはよくわからない。 食事は誰が作っている? 掃除は誰が

          博士と僕

          おじいちゃんのタイマー

          朝買い物に行くと、ついでにスーパーの一角にあるコーヒーショップで珈琲を飲む。 その朝、コーヒーショップで近くに住む顔見知りのおじいちゃんの顔を見つけた。 へぇ、珈琲、飲むんだ。 わけもなくうれしかった。 おばあちゃんと二人暮らしで、おばあちゃんは寝たきりで、おじいさんが介護しているらしい。 当然ながら、おばあちゃんを見かけたことはないけれど、おじいちゃんの姿はよく見かける。挨拶すると軽く頭を下げてくれるけれど、言葉を交わしたことはない。じっと黙々と生活しているようで切なくなる

          おじいちゃんのタイマー

          手鏡はいかがでございますか

          おばあちゃんは毎日お化粧をする。 どこに出かけるというのでもないけれど、 手鏡をのぞきながらお化粧をする。 それはとても微笑ましい。 いくつになってもそうあってほしいなと思っていた。 でも、 いつからか鏡をのぞくたびに 「おばけ」 というようになった。 「こんな所に大きな黒いのがある」 ほっぺの下、顎のところに目立つシミがあるのは確かだ。でも、さほど気にならない。 「おばけになった」 目じりのしわや口元のしわを伸ばしてみる。 「お化けがおる」 手鏡をわざと遠ざけたり、また近

          手鏡はいかがでございますか

          おばぁちゃんの日記

          朝から通り雨。 さぁっと降ったと思ったら、陽が差して、 晴れたと思ったら、またさぁっと来る。 念のために折り畳みかさを持って買い物に出かけたら、案の定、スーパーに行く途中でまたいきなり大粒の雨が落ちてきた。 傘をさそうと立ち止まった時に、大きな白いものが目の端に映り、何気なく首を伸ばすと、道筋からちょっと入ったところの庭先でシーツが濡れているのが見えた。 ああ、と思うけれど、どうしようもない。 その時、白いシーツの陰から慌てた様子のおばあさんの姿が見えた。雨に濡れながら一生懸

          おばぁちゃんの日記

          誰でしょ

          「名前はなんじゃったかね」  突然の母の言葉。  ん?  誰のことを聞いてる?  とうとう私の名前が分からなくなったかな。  一瞬、思考が止まる。  何と答えたらいい? 「さぁ、なんというでしょう」  ちょっと、とぼけた。  母は照れ臭そうに笑った。  少し錆びつき始めたの母の脳がフル稼働している。 「忘れたの?」  ダメ押しの私の言葉に 「知っとぉよ」  母は笑う。 「誰?」 「つよこじゃん」  思い出したらしい。自分の名前。  そっちかぁ。 「苗字は」 「すずき」

          誰でしょ

          やっぱり金魚

          ショートスティに行く前日になにげなく、その事を伝える。 数日前に言っても、前日に言っても、 母は嫌がるわけで、 行くという明確な事実は記憶に残らなくても、何かしらの嫌悪感がふつふつと母の中に残ってしまい、時々に思い出しては不機嫌になる。 だから、前日にいうことにしている。 母の不機嫌が一日で済む。 「明日、ショートに行く日だから」 「行きとうなか」 「ごめんね」 「金魚とここにおる」 「無理」 「金魚と一緒にここにおると」 「金魚はご飯ば作ってくれんよ」 「作ってくれるよ」

          やっぱり金魚

          そして、金魚

          一匹じゃかわいそうって母が言うから、 そうか、と思ってしまった。 でも、お店に行っても、うちほどの大きさ(尾びれの端まで15センチ)の金魚なんていない。 せいぜい4、5センチほど。 店の水槽の中を泳ぎ回るたくさんの小さな金魚たち。 この中にうちの金魚をいれたら、 いかにも場違いと思ったけれど、小さな金魚を何となく7匹買った。  なかなか池に放すことが出来ず、いろいろ方策を考えてはみた。 大きなバケツに幾つかの小さな穴をあけてから沈め、その中に小さな金魚達を放すというのは

          そして、金魚