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『赤黒い鬼と青薄い鬼』

 むかしむかし孤独な鬼の鬼吉がおりました。
鬼吉が物心ついた時には親はすでにおりませんでした。親は自分探しの旅に出かけたまま帰ってこず、仕方がないので、鬼吉は親戚の家で育ちました。

鬼吉は小学生の頃からどこか影のある赤黒い鬼でした。そしてみんなから鬼吉くんは「大人しい大人しい」と言われていました。

そんなとき、鬼吉のクラスに転校鬼の鬼彦がやってきました。鬼彦はとても透明感のある鬼でした。日によってはほぼ透明に見えるぐらいに透明感あふれている青薄い鬼でした。

クラスで鬼は鬼吉と鬼彦しかいなかったので、
すぐに意気投合し、鬼吉!鬼彦!と呼び合う関係になりましたが、名前が似過ぎていることに危機感を覚えました。しかし、黒吉!薄彦!とあだ名で呼び合うことで、事なきを得ました。

 ある日薄彦が「なあ一緒にバイトせーへん?」と誘ってきました。黒吉がついていくと、節分の豆売り場でのバイトでした。面接では本物の鬼が来たので店長も驚き、即採用でした。

バイト初日、大人しい黒吉と違い薄彦は、
「いらっしゃいませ❗️こんにちは〜❗️」と大きな声を出しすぎたり、「悪い子はいねぇが〜‼️」となまはげのモノマネをしたりして、小さい子どもや赤ちゃんを大泣きさせていました。
間が悪いことに、薄彦はその時にほぼ透明になってるので、赤黒い黒吉が言ったみたいになって、クレームの嵐はすべて黒吉に向けてのものばかりでした。

2日目も全く同じ調子でした。
さすがに大人しい黒吉も腹が立ち、バイト帰りに公園に寄り、ツノをむき出しにして薄彦につっかかり殴りました。薄彦は唇の横から血を流しながら「まあ明日で最後だから。オレまた家庭の事情で転校するから。」と言いました。
黒吉は「つまんない冗談言わないで」と目を潤ませて薄彦を見つめました。薄彦は鬼のお面を黒吉の顔に当てながら、「じゃあまたあしたな。」と言ってばいばいしながら走って行きました。

 2月3日。バイト3日目の途中から薄彦の姿が見えなくなりました。完全に透明になってしまったようです。いや、うっすら見えてました。
薄彦は持ち場の豆売り場をほったらかしにしてなんと厨房におりました。

厨房の中は恵方巻き作りの真っ最中でみんな大忙しです。

みんなはうっすら姿の薄彦には気づいていません。薄彦の口が何やら動いています。うっすら、いいえはっきりとわかりました。
その口は「作りすぎなんじゃい!例年!」と語っていました。

薄彦は、次々と出来上がり、容器に詰められていった恵方巻きを、売り場には持って行かず、何故か外へと運び出しています。
そして外には謎のハイエースが一台停まっていて、その周りには、薄彦と同じような透明感あふれる鬼が何人かいました。
そしてその鬼たちが、厨房から運び出された恵方巻きをハイエースの中へ慣れた様子で積んでいきました。

薄彦はそれを何往復か繰り返したあと、ハイエースに乗り込み助手席の窓を開けて、追いかけてきた黒吉にこう言いました。
「オレ、実は転売鬼なんだ。恵方巻き専門の。透明感レベルまだ30だけど。」
それを聞かされた黒吉は「つまんない冗談言わないで」と絞り出すように声を出し、一人きりになった駐車場でただ茫然と立ち尽くすしかありませんでした。


次の日学校に行ったら、担任の先生が「鬼彦くんは家庭の事情で急に引っ越すことになり転校しました。」と言いました。驚くクラスメイトはひとりもおらず、授業が始まりました。
 黒吉は大人しく授業を受けて、孤独に給食を食べ、影踏みをしながら下校しました。

夕方のニュース番組で「今年は例年に比べて恵方巻きの廃棄処分が圧倒的に少なかったそうです。」とアナウンサーが不思議そうに言っていました。

夜、お酒を飲まない煙草も吸わない黒吉は、寂しさを紛らわす為にウォーキングがてら公園に散歩に出かけました。散歩の途中、ゴミ箱に捨てられてる鬼のお面を見つけました。黒吉はちょっぴり目を潤ませて「ばいばい。またね。」とつぶやき、ランニングがてら走って帰りましたとさ。

お・し・ま・い

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