見出し画像

経営思考と観光イベント

「中小企業には経営がない」
享保元年創業の中川政七商店 13代 中川政七会長(中川 淳氏)の指摘です。伝統工芸品の製造小売り、伝統工芸品販売と製造者のコンサルタント、伝統工芸品のサプライチェーンを維持するための産業観光、経営者教育を手掛け、全国各地に店舗展開をされています。

高度経済成長期には流通サイドからの注文どおりに製造してさえいれば、それで大概の会社は存続できた状態に慣れ過ぎ、市場ニーズの変化に伴って仕事が減っていく中で対策が打てない。その原因はそこに「経営」が存在していないから、というのが中川氏の見立てです。

中川氏が関わったある企業。
長崎県内で古くから金物製品を造ってきたというその会社、最盛期に年商2億円もあったのが、8千万円まで落ち込み長期にわたって赤字を出し続けていたのに危機感がなかったそうです。
この楽観ムードの背景は、土地資産があるので銀行が融資を止めないこと。資金供給があるから経営は維持できます。銀行にとっても、担保資産があって、さらに公的保証制度が付いているならば、赤字経営の企業でも利息を稼げる好ましい貸付先です。恒常的に資金の需要があるので確実に借りに来る得意先でもあります。これが、なまじっか成長されると資金に余裕が出来て借りなくなります。テキトウにダメな経営者こそが望ましいとも言えるのです。これは不幸なもたれ合い。

そんな問題企業への指南は「事業計画を作成せよ!」
中長期の損益目標を明記する作業が、目標の達成に向けて自社に足らない要素を認識させることになり、その対策に知恵を絞る動機を生み出すことになり、それだけで黒字化できる企業は珍しくない、と中川氏は語っています。
経済産業省の言うDXがどうとか、ビジョンが云々とか、小難しい話よりも、財務・経理の初歩をきちんと理解させて確実に実践させることが肝要なので、「経営者」に最新ツールを与え戦力を引き上げれば必ず業績が上がる・・・はず、という霞ヶ関官僚が好むリクツから離れることがまず大事。

損益目標を立てるためには、原価構造を整理して、損益の分岐つまり赤字と黒字の境を見極めることが必要なのですが、中川氏によれば、赤字にならない売り上げ額の最低ライン(=固定費)を考えていない社長がゴロゴロしていると言います。そこに「日々の営み」はあっても組織を維持する「経営」はない。

コンサルティングを行う小売業者の中川政七商店の本拠は奈良県。
大仏や鹿など外国人観光客にも人気の高い観光資源を擁している県ですが、意外にも訪日観光客の消費額は何と全国最下位。つまり、観光客の受け入れコストを回収できない赤字構造にある訳です。

中川氏による黒字化の方針は、「観光ビジネスの質の低さ」を改善すること。確かに鹿せんべいでは地域を支える産業には成り得ないでしょう。ではどうする?
伝統ある地域であるからこそ、質の高い伝統工芸を観光消費に結びつける工夫が必須であり生き筋。伝統工芸の観光資源化をいろいろな場面で実現していく。奈良県に滞在する時間は、伝統工芸により美しく装飾された施設空間(旅館や飲食店等々)で歴史文化の魅力を体感してもらう。そして、その感動体験の延長として、有名DCブランドの製品の如く土産として高価品を買い求めていただく。

観光振興に取り組むという自治体の首長が数多いる中、投入した予算と見返りの効果、集客に成功した際に消費させる仕組みをどうするのか、整理立てて訴えている人を見たことがありません。観光集客という消費をさせるために仕掛けている事業で、収支を考えていないというのも、「経営がない」に通じるものがあります。

大きな湖水に面したとある市で、財政見直しの一環で夏の花火大会を止めたところ、売り上げが激減する飲食店やコンビニなどが音を上げて、市長に再開を懇願したとか。再開にあたっては、大会予算の主要部分を税金に頼る構造を改めることが条件。飲食店の店頭には募金箱が置かれ、ささやかながらでも受益者の努力が始まりました。いくら掛かっているのかを明示して、これに見合う成果を出すには各自何をするのか?人気があるから恒例行事とするのではなく、成果目標を明確にして作戦を考え、公民共に協働する。

花火が良く見える場所に有料席を設置するところも増えていますが、空地の所有者はそこを市に貸して徴収した駐車料金を大会経費に充てるといった協力の方法もある訳ですし、民間ビルの屋上に有料席を設置して売り上げを市に差し出すとか、公民協力して人気イベントを維持する工夫が、観光振興に経営の手法を持ち込むことなのではないかと思う次第です。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?