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こんなお仕事をしています★その5 小説家としてのお仕事

ちょっと気恥ずかしいのですが、

私は、小説家という

お仕事もさせていただいています。


学研から発売されている、
「5分後に意外な結末」というシリーズ本があります。

Amazonでは、このように紹介されています。
「累計430万部突破、朝読人気ナンバー1の人気シリーズ。全30編を収める短編集。読書好き、読書嫌いもページをめくる手が止まらない。全編、意外な結末を保証! 」

5分後

こちらの本のシリーズで、20篇ほど書かせていただいています。

その中の一編を、公開させていただきます。

とても短い、 ショートショートです。


具のない味噌汁     

作 おかのきんや


「 人生の危機って、何の前触れもなく、
こうして突然訪れるんだ……」

一人の男が、そうつぶやいた。
郊外の団地に、妻と2人で暮らす絵描きがいた。
彼は貧しいながらも、明るい妻のおかげで、幸せな家庭生活を送っていた。

 ところが、そのささやかな生活が、突然終わろうとしていたのだ。


 その日、彼が画廊を訪れると、オーナーから突然こう言われた。
「 あなたの絵は、センスが古い。もう、家では扱えない。今、飾ってある絵も、全て持ち帰って欲しい」  
 その言葉が、前触れだったかのように、挿絵の仕事をしていた出版社からも、 「連載終了」の宣告をされた。

 絵の収入も、原稿料も入らなくなり、彼は無収入となった。会社員と違い、自由業である彼には、退職金も、失業保険もない。細々と蓄えた貯金を切り崩しても、数ヶ月で限界が来る。このままでは、どうやりくりをしても、家賃も払えなくなってしまう。心配と緊張からか眠れない夜が続いた。
追い詰められた彼は、ある決意をした。


「 初心に戻って、一からやり直そう。自分が心から楽しめる絵を描こう。あと少しだけ、好きな絵を描くことに集中しよう。もし、それでも道が開けなかったら、絵を描く仕事はキッパリと諦め、どこかの会社に就職しよう」

 彼は、妻にその覚悟を打ち明け、これからしばらくの間、生活費を切り詰め、一緒に苦労してもらうことをお願いした。

ある日、買い物から帰ってきた妻が、小さな箱を取り出した。そして包装紙をいそいそとはがし、うれしそうに、箱から「あるもの」を2つ取り出し、彼に見せた。

それを見た瞬間、彼は愕然とした。それは数万円はしそうな、料亭で使うような輪島塗のお椀だったのだ。

「 1円の無駄遣いもできない時期なのに、なんで、こんな高価なものを買ったのかなあ。節約しなくちゃいけない事情もちゃんと説明したのに。こんな状況になった責任は僕にあるよ。でも君にも協力してもらわないと困るんだ!」
 彼は激怒し、妻をなじった。
 ところが、妻が涼しい顔してこういった。
「これから、うちは貧乏になるんだよね」
「うん……」
「 そうなると、おかずも買えないから、ご飯とお味噌汁だけの食事ということもあるかもね。それどころか、お味噌汁の具を買えないこともあるかもしれないわよね」
「そ、そうだね。 そういうこともあるかもしれないけど、だから何なの?」


「 これは、食事の事だけじゃなくて、あなたのお仕事のこと言っているの。あなたの覚悟はわかるけど、切羽詰まった気持ちで挑戦すると、その切迫感が絵に出て、いいものにならないと思うの。あなたの絵は、他人を幸せにするためのものでしょ?こんな時こそ、豊かな気持ちになったほうがいいかも。だからこれを買ってきたの」
 言葉を失った。そして、彼の目から、ひとつぶの涙がこぼれ落ちた。
「…… ありがとう」
彼には、 その言葉を伝えるだけで精一杯だった。それでも、妻は彼の思いを受け取った。
「ま、そういうこと」
妻はいたずらっぽい笑顔でウィンクした。

 職人が丹精込めて作った輪島塗のお椀でお味噌汁を飲むと、具が何も入っていなくても、とても豊かな気持ちになれた。
 彼は、そのおかげで、新たに売り込むための作品を、明るい気持ちで、のびのびと描くことができた。そして、そのすがすがしい気持ちが、彼の作品の新境地を開いた。

 そしてその作品は、彼が一流の絵描きとして認められるきっかけとなった。


        おしまい。

                 


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