見出し画像

【留学&出版就活】アメリカから就活体験記!〜前編〜

こんにちは、ほっかいろです。2022年9月から7ヶ月間カリフォルニア大学アーバイン校に留学していました!

大学4年生の秋から5年の春までの留学だったので、現地で日本の就活を経験しました。今回は、そんな私の就活体験をご紹介します!ご参考になれば幸いです!


【8月】運命を感じて参加した物流系の夏インターン in Japan

通常は大学3年生で就活をしますが、私の所属する阪大外国語学部は交換留学をすると自動的に1年留年するシステムだったので、就活は4年生から始めました。

「将来特に何したいってないな〜」なんて呑気に考えていた私は、7月初旬、OneCareer主催のオンラインでの企業説明会で、商船三井の魅力に取り憑かれました。

「日本の物流を支えながら自分も世界に羽ばたけるなんて!運命だ!海運で働く!」

何にでも容易く運命を感じてしまう私は、我こそは海運で働くために生まれて来たんだと思い込み、夏インターンは海運を含めた物流系に応募しまくりました(笑)

結果、海運大手3社のインターンとその他の企業10社くらいの1Dインターンに参加できました。大満足な夏休みでした。

【9月】留学開始&ボスキャリ準備 in US

9月、アメリカでの留学生活が始まりました。人生どうにかなるという信条を胸に、これから就活真っ只中になるという時期にアメリカに行くという大変クレイジーな決断をしました。

そしてこの時期、現地の日本人留学生の間で囁かれるのが、、、そう!ボスキャリ

アメリカに留学してるからそりゃ行くっしょ!っと考えていた私は、ちゃっかりとLAXからボストン行きのフライトとホテルを予約しました。

「海運に行きたいけど海運会社ボスキャリに全然来やへんやん〜」って毎日ボスキャリのWebページを見ながら思ってました。

【10月】ボスキャリ事前選考開始 in US

さて、10月になるとボスキャリの事前面接が本格的にスタートします。行きたい海運会社はないけど面接の練習になるから何個か受けてみよう!ということで私は5社くらい受けることにしました。

面接は全てオンライン。日本時間に合わせて、アメリカの大学の寮(Arroyo Vista)一階の自習室にこもり、夜中面接を受けていました。正直めちゃくちゃ寝不足でしたが、そこはアメリカンなジャンクフードを食べて解決🌟

【11月】ボスキャリブッチ!in US

ボスキャリの面接を受ける中で1社、日本のモビリティを支える企業の最終面接に進めることになりました。最終面接の場所はボストン。

が!!!!!

何を思ったであろう私は、「第一志望群じゃない会社(ほんまに失礼ごめんなさい)のためだけにボストンに行くなら、代わりにずっと夢やったNY旅行に行く方が人生楽しいやん♪」と思い、ボスキャリに行くのをやめました。(アホです。くれぐれも真似しないでください!笑)

こうして面接を辞退し、予約してたホテルをキャンセル、ボストン行きのフライトを延期して、NYのホテルを取りました。フライトの都合上、ボストンも旅できることに!12月のNY・ボストン旅行で心ウキウキ✌︎('ω'✌︎ )

ということでボスキャリで内定を得ることもなく、運命だと信じてやまない海運会社の冬インターン(オンライン開催)にちょこちょこ応募して11月は終わりを迎えました。

ちなみにボスキャリは大手から内定貰える人も一定数いるので、行きたい企業があればしっかり対策して受けるのがおすすめです!

【12月】夢のNY旅行と書籍編集者との出会い in US

12月は私の就活の転機になった月でした。まず、運命を感じていた海運業界の方にOB訪問をした時、社員の方がある重要なことを教えてくれました。

「海運の仕事は何かを生み出す仕事ではない。できて当たり前ということを前提に仕事するんだよ。それが好きかどうかはあなた次第。」

厳しくも頼もしい口調で話してくださったその方の目には、一種の情熱が宿っていました。彼女の情熱とは反対に、私は自分が感じる運命とやらに違和感を覚えました。

「自分、ほんまに海運会社で働きたいんかな?なんか違う気がする。」

そんな違和感を感じた私は、モヤモヤが消えないままNY旅行に出かけました。

NYの摩天楼
タイムズスクエア

結論、NYに来て大正解でした。「私は自分がやりたいことをして生きたい!」と思わせてくれる力がNYにはありました。

マンハッタンで働くサラリーマン、ストリートパフォーマー、ウォール街で働く人々、タイムズスクエアに集まる世界各国からの観光客、この街の人々から感じる活気は、唯一無二のものでした。

さて、旅行からアーバインの寮に帰った私は「自分がやりたいことって何?」という疑問に立ち返りました。こちとら何せ6月から海運こそ我の運命の業界だと信じてやまなかったものですから、海運で働く自分の未来に違和感を感じた手前、やりたいことがわからなくなっていたのです。

ここで私が外国語学部に入ったきっかけをふと思い出しました。

「せや、自分、言葉が好きなんや。言葉に関わる仕事に就きたい。」

そう考えた私は、以前出版社に勤めていた叔母に連絡しました。「言葉に関わる仕事がしたいので、知り合いの編集者を私に紹介してください!お願いします!!」

叔母は承諾してくれ、知り合いの現役の書籍編集者と記者を3人紹介してくださりました。

夜な夜なアメリカの寮の1階の勉強室にこもっては書籍編集者や記者の方のお話を聞かせてもらっていました。叔母に紹介してもらった3名が、また他の書籍編集者の方に連絡を繋げてくださり、計7名に話を聞くことができました。

どの方も、言葉と真摯に向き合っているとても素敵な方ばかりでした。中でも、1人の書籍編集者の方が「編集という仕事は言葉と著者・読者の人生に向き合う仕事だよ。」と語っていらっしゃったのが印象的でした。

著者と読者と言葉に向き合う仕事。そんな仕事につけたら幸せだなと感じました。この瞬間、私の出版就活が幕を開けました。


ここまで読んでくださりありがとうございました!後編に続きます!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?