五月病

 大河から枝分かれしたクリークに架かった小さな鉄橋に、砂塵のように小さく揺蕩う儚げな羽虫が集り、石に弾ける雫が忙しなく鼓膜を揺らす。
 気温変化の激しい時分に胸を悪くして食欲を失くした私は、それでもと気持ちばかりの栄養剤を買い込み、叱られた子供のように首を垂れて、急かされるようにただ歩みを進める。学校に行かなくてはならない。義務感は焦燥を招いて、休養する足を失くしてしまった。靴底から伝わる地面の凹凸は焦燥に拍車をかけて、ついに止まることもなく、行くべき場所へとひたむきに向かう。照り返しは不眠の眼を刺激して、首を通って、未端まで供給される。それでも足は、歩くことしか知らぬ荒野のラクダのごとく、舗装されてはいるがしかし単調な道のりを進む。見上げる空に翳りはなく、死のごとくのさばった生への渇望、それでいて屍への憧憬を浮かばせるものをより一層増長させる。
 川を蒸発させる夏日に不似合いな青白い空に、しかし太陽は不在だ。肩にのしかかる鉛のような空気は淀みなく、それでいて流れもなく不穏に、大儀そうに居座る。空を飛ぶ鳥も、橋に集る羽虫も、立ち並ぶアパートメントの数々も名前を持たない。キュビズム的な世界にいて、それでも描かれることのない猥雑な雑踏に過ぎない。
 かつて咲いた花は枯れることを知らなかった。都市部で流れる流行歌が易々として生き死にを唄い、切迫する病床に空きができたことに喜び希望に照らされて、ついに部屋の片隅で前転して見せる少年。額に大粒の汗を浮かべて、拭うでもなく、ただ行進する私の世界は明るい。
 氷雨に散った花のような生活の抜け殻が沈殿し、重心を重くした自意識は揺蕩うことを知らない。惰性と慣性の相違を知らぬ男が空き瓶に灰を落とし、脂に塗れた右手を洗うことはなく、また使うこともなく、所在なげにだらりと垂れるそれに幾何かの気まずさをもって、しかし男は言葉を知らず、悲哀に身を焦がして音もなく鳴咽する。権利と義務が与える実りを知ることもなく、漠然と描いた桃源郷に身を委ね、香の灰に自らを重ねる。
 一天は雲すら浮かばず、しかし日は進む。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?