スイスの寿司のはなし

 スイスに行った。 
義母がスイスに移住することになり、それを機にスイスに行くことが増えた。
今回は日本からマルタへ帰る便がスイスエアであったことがきっかけで、どうせなら義母に会いに行こうとチューリッヒからマルタへの便は捨てて、ジュネーブからマルタの便をとり寄り道することにしたのだ。私は義母をとても尊敬していて好意がカンストしている。いつか義母について書いてみたいけどもまたの機会にして、とにかく美しく強く憧れの女性とだけ記しておく。
チューリッヒから鉄道で三時間かけてジュネーブに着いた頃には23時も近く、夫と私はへとへとになっていた。しかし義母がホームまで迎えにきてくれて彼女の姿を見たら嬉しくて犬のように飛びつく私。前も美しかったがスイスでのびのびと暮らしているからかより一層美しくなった彼女が笑顔で迎えてくれた。2月生まれの彼女に遅い誕生日プレゼントと称して彼女の雰囲気によく合うユーカリの落ち着いた緑と、淡いピンクの大輪(名前はしらない)の花束を送ったら少し照れくさそうに笑ってくれてそれも嬉しかった。良かった、花屋を見つけることが出来て。
その後は三人でキャリーケースを押しながらホテルに向かった。
彼女が事前にチェックインしてくれたおかげでとてもスムーズで、風呂好きの私にシャワーだけじゃ嫌だろうと家の風呂まで使わせてくれた。なんという至れりつくせり。頭があがらないばかりである。
夜も深いのになにも食べていない私たちにパスタを作ってくれ、シャンパンを開け、彼女の夫が帰宅したら快く迎えてくれ、本当に恐縮である。いつか恩を返せるようになりたいなと会うたびに思うお二人で甘えすぎな自分を心の中で叱咤区するのであった。
今回のスイス滞在は三日間で、丁度時計のエクスポが開催されていてジュネーブ中が時計の広告でいっぱいだった。
私たちは二日目の昼を小籠包が美味しいとおすすめの中華屋、夜はカフェドパリより美味しいとおすすめされたステーキハウス、最終日は無理をいって彼女の夫の店である寿司屋に連れて行ってもらった。
彼の寿司を食べるのは二度目で、前回は夜、今回は大変申し訳ないことに昼営業が終わった営業時間外にお邪魔した。予約してなかったことで本当に申し訳ないことをしてしまったがそれでも彼の寿司を食べたかったのだ。
七月に日本に帰国する私たちは二人で飲食店を営むのはどうかと計画を練っていた。短いなりに飲食経験のある私と数字に強い夫で一緒にビジネスが出来たらいいねとずっと話していたからだ。しかし日本で馴染みの寿司屋に料理の試食をしてもらった際厳しい言葉を頂いたのである。
「俺は自分が納得したものじゃないとお客に提供することは出来ない。もっと勉強して一個一個を丁寧に作った方がいいんじゃないか」
ガツンときた。ぐうの音も出なかった。
努力を怠っていた自分をすぐに見抜かれたのである。
スイスで寿司屋を営む彼は日本の食材を取り寄せることが難しい海外でも素晴らしい評価を得て数多の賞をとり、もはやスイスの顔といっていい。海外でも誰もが納得するクオリティの食事を提供できる彼の料理を今一度食べて勉強したかったのだ。
まずはイサキの煮つけ、針生姜を上に装った美しい盛り付けで皮までとろとろで凄く柔らかく、魚の旨味が煮汁に染み込み優しい味だった。次に茶碗蒸し。北海道の栗入れた具だくさんの茶碗蒸しは出汁が絶妙なバランスで卵の黄色と具材のコントラストが綺麗だった。そして寿司。最初に鱸、カンパチ、鯖の脂の乗った魚たちが現れ、お米は柔らかめだ。優しい酢の酸味が食欲をそそる。そして海老、貝、まぐろの赤身、中とろ(筋をひとつひとつとっているそうで信じられないほど柔らかい。)雲丹、アナゴ、ネギトロ巻き、最後にもう一度中とろ。
ぽんぽんとリズムよく出てくる寿司は感動の嵐でどこをとっても妥協のないものだった。
最後に彼の母が手作りしている味噌を使った油揚げの味噌汁。
最高に美味しかった。

 妥協しないで美味しさを追求すること、愛する人に食べてもらうという気持ちを忘れないこと。
常に意識を強く持っていないとダレた料理になってしまいそれは料理に出てしまうのかもしれない。
私はいつかプロフェッショナルになれるのだろうか。道は限りなく遠そうだが自分のすべきことを自分のペースでやっていこうと思う、そんな食事になった。

2023/04/01


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