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楳図かずおの『ウルトラマン』

ほとんど漫画は読まない。だが子どもの頃、いちばん好きだった漫画家は楳図かずおだった。いまでもそうかもしれない。とくにあの怪奇漫画は、私の心をとらえてはなさなかった。

いちばん好きな楳図漫画はどれか、といわれたら、迷うことなく『おろち』と答える。なかでもいちばん好きなエピソードは、「ステージ」である。「ステージ」は、いわゆるホラー要素がまったくないのだが、人間の憎しみや復讐をテーマにした人間ドラマと言うべき文学的傑作で、何度も読み返した。『おろち』については、別の機会に書くかもしれない。

20代の頃だったか、古本屋さんで、楳図かずお『ウルトラマン』という漫画を見つけた。楳図かずお先生がウルトラマンを漫画にしていたのか、とその時初めて知って、ぜひ読んでみたいと思ったのだが、希少なものだったらしく、高値がつけられていて、買おうかどうしようか迷ったあげく、結局買うのをあきらめた。
ところが最近、そのことを思い出して調べてみたら、安価に入手できる形で復刊されていることを知り、さっそく読んでみることにした。

20代の頃、古本屋さんで、表紙だけを眺めていたときは、
(楳図先生も売れない頃は、怪奇漫画のタッチとは違う、ヒーローものを描いていた時期があったんだなあ。)
と勝手に思い込んでいたのだが、実際に読んでみるとさにあらず。
これ、立派な怪奇漫画じゃん!!!
ということがわかった。
というか、このときすでに楳図先生は、怪奇漫画の第一人者として確固たる地位を築いており、「怪奇漫画を描く楳図先生なら、怪獣漫画も描いてくれるだろう」という出版社の目論見のもとに、楳図先生のところに依頼が来たんじゃないだろうか?
「怪奇漫画」と「怪獣漫画」って、たしかに一字しか違わないけど、全然違うジャンルじゃね?
しかも読んでみると、バルタン星人とかジラースとかレッドキングとかメフィラス星人とか、テレビ版で有名な怪獣が登場するのだが、
(あれ?バルタン星人の回って、こんな話だったっけ?)
というくらい、楳図ワールド全開の展開なのである。子どもの頃に読んでいたら、あまりにこわくてトラウマになるよ!
ジラースの回なんか、途中のホラー的展開に力を入れすぎちゃって、予定のページ数が足りなくなって肝心のウルトラマンとの戦闘シーンが大幅に省略されたらしく、「ウルトラマンがそのあとジラースをやっつけたのはここに書くまでもありません」という文字による説明で終わっているのである。
そんな雑な終わり方ってある???ま、おもしろいんだけど。
調べたところによると、楳図先生の『ウルトラマン』の連載は、本放送の開始とほぼ同時期に始まったそうである。つまり、まだウルトラマンについてあんまり情報がないときに漫画執筆を依頼されて、円谷プロからもらった資料だけでストーリーを膨らませて漫画を描いたらしい。たしかに、いきなりウルトラマンとバルタン星人のラフスケッチが送られてきて、「これで漫画を描いてください」というのだから、楳図先生としては開き直って楳図ワールド全開のホラータッチの漫画に仕上げるほかなかったのだろう。
読み進めていくと、自分の子どもの頃の記憶にあるテレビのウルトラマンのストーリーとはまったく異なる世界観で描かれていて、何というか、パラレルワールドを体験した気分になる。
それにしても牧歌的な時代である。いまだったら、テレビとタイアップして漫画を描くとなったら、テレビのイメージを損ねないようにとか、テレビのストーリーをコミカライズするとか、そういった理由で、事前に周到に情報を漫画家に渡して、プロダクションも内容についてチェックしたりすると思うのだが、そうではない。まだテレビ放送の内容も決まっていない段階で、キャラクターについてのだいたいの資料だけを渡して、これでなんとか漫画を描いてください、と依頼して、漫画家もよくわからないもんだから、自分の世界観でむりやりストーリーを作り上げる。で、せーの、で完成した作品は、テレビと漫画では似ても似つかないものになるのである。
もう、こんな作り方をしていた時代には、戻れないんだろうなあ。だとしたら、楳図かずおの『ウルトラマン』は、コミカライズという概念とはまったく異なる手法を用いた、今後二度と生まれない、貴重な作品といえるのではないだろうか。

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