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連載小説【正義屋グティ】   第1話・スノーボールアース

~あらすじ~


半球の星『アンノーン星』に浮かぶ小さな島国に暮らしているグティレス・ヒカルは、幼い頃に母と海辺のデパートに遊びに行っていた。その際に起きた事件に母親が巻き込まれていることを知り、救出を試みるグティであったが力及ばず謎の男たちに母親が連れ去られてしまう。抵抗をしたグティは報復としてデパートの屋上から突き落とされ、一命をとりとめるもその後の検査で未知の病に罹っていることが判明した。しかしその日見た夢の赤い狼との会話を思い出し自分の正義を見つけ出した。『間違った人間を許さない』その正義を胸に刻み母親を連れ戻すため、国の定めた出来損ないの集い場である『正義屋』の道へと進んでいく。その先にあるものとは…

1.     スノーボールアース

100億年後 地球

「お父さん、お父さん」
それはある夏、太陽がすべてを溶かしつくすような暑さで僕ら人類を眺めている時だった。暑さのあまり非常事態宣言が出されたこの国では、人はおろか車や航空機までもが外で自由に行動することを阻まれる。それはこの親子も例外ではなかった。
「なんだい?裕也。今日は外に遊びに行けないぞ。なんてったって暑すぎるからな」
父はフッと鼻で笑い、引っ越しの準備を一切止めることなく我が子の甘い声に反応した。そして持ち前の筋肉で冷蔵庫を担ぎ上げた後、裕也の方に目をやってみる。
「違うよ!この本見てよ」
目が合った裕也は頬を膨らましそう言うと、『地球の不思議』という5歳にはあまりにも分厚い図鑑にペンを一本挟んで父に手渡した。父は可愛い息子のためだと運んでいた冷蔵庫を床に置き、すぐさま何の疑いもなく本を開いくと埋め込まれた赤いボタンに手を伸ばした。
「あー、この白い塊の事だな」
すると図鑑から宇宙の中に浮かんでいる謎の白い球体が投影された。
「そう!これが2億年前の地球って書いてあるの!絶対おかしいよ」
かわいい。父の頭の中でそんな言葉のみが浮かんでくる。が、何とかその気持ちを押し殺し父親としての威厳を見せるため必死に顔を作る。
「これはスノーボールアース現象と言ってな、簡単に言えば地球が氷で埋め尽くされたことを言うんだよ」
「なんでこうなっちゃったの?」
「それがな、前までは温室効果ガスの減少のせいだって言われていたんだけど…最近の研究によると、どうやら違うようでね」
父のぺらぺらと回っていた口は向かい風に吹かれたように勢いが弱まり、次第に声が聞えなくなった。
「お父さん?」
裕也は心配そうに父の顔を見つめる。
「あぁ、ごめんごめん。実はそのスノーボールアースの原因が外部の星からの液体を固まらせたものなんだよ。何がまずいって、地球外からの何物かによって地球は氷漬けにされたんだ」
「え?宇宙人!」
裕也のテンションは分かりやすく上がり目を輝かせる。そして、それと同時に裕也がこの出来事の重大さを理解していないことを父は感じた。
「そうじゃないだろ…」
父はそう一言こぼすと裕也の小さな肩に手をがっと伸ばし、その手と声を激しく震わし始めた。そして何を思ったのか口を大きく開け、鬼の形相で裕也の肩を握りしめた。
「裕也!俺が言いたいのはな、この宇宙の生物は自分なりの正義に囚われ、それを果たすために何の罪のない他人の事を痛めつけ、結果的に自分の心をえぐるという愚かな現実に目を背け続けているという事だ。お前にはそうなって欲しくないんだ!」
裕也は突然浴びせられた怒号に目を丸くし、涙を浮かべた。父はハッとし感情に身をまかせ自分の主張を我が息子に丸投げしていた自分を悔やみ、裕也のことを強く抱きしめた。
「僕、お父さんの言いたい事なんとなくわかる気がするよ」
裕也が父の事を思い無理やりと言っていいような笑顔を浮かべた。そんな顔を眺めているだけで父は何とも言えない複雑な感情が沸き上がっていき、目頭が熱くなってきた。父は気を紛らわそうと、窓際で苦しそうにへばり付いている蝉の顔を眺めその声を待っていた。次の瞬間、突然足元が激しい揺れに襲われ、地面が割れていくような感覚をは味わった。それから数秒もたたないうちにその揺れは地球全体へと広がり、白く分厚い氷が地球上の生物の身を包んだ。裕也もその一人だった。父は固く重くなったまぶたをやっとの思いで開けると、小刻みに震え体のあちこちが青く染まり始めている裕也を見つけ、動くはずも無い腕を裕也にさらに巻き付けようと努力した。それを続けていると、裕也の口がかすかに動き父はその言葉に思わず涙を流す。流れて行く涙が固まっていくのを肌で感じながら二人は息を引き取った。

アンノーン星 現代

ザバーーーンという大きな波の音、柔らかい砂の感触、夏を感じさせる日光。グティレス・ヒカルはそんな自然の目覚まし時計によって目を覚ました。
「うーん」
グティはじんじんと痛む頭をさすりながら知らない景色に目をやった。足元を支配する熱々な砂浜の他はあたり一面、美しい海と太陽で埋まっていた。
「キレイだろ?」
グティは声の方向に素早く顔を向けると全身を赤い毛で覆い、殺意に満ちた怖い目にどんなものでも嚙み砕けそうな鋭い牙を持つ狼が仁王立ちでこちらを見ていた。
「ひぃ!何者ですか?!」
グティはあまりの信じがたい光景に目を見張り、無意識に後ずさりをした。
「ビビることはねぇよ」
赤い狼は少し微笑んでグティから目を背ける。
「俺はお前で、お前は俺なんだから」
「はぁ?」
この生き物は何を言っているのだ。グティは恐怖と困惑の色を目に浮かべながら、何とか姿勢を立て直そうと体を丸めるように座り込んだ。
「てめぇに言いたい事は一つだ、グティ。それは正義についてだ」
「正義?」
「あぁそうだ。お前にこれからの人生で意識してほしい事と重なるがな、自分が常に世界の主人公だという事を意識しろ。そしてその一度きりの人生で自分なりの正義を見つけるんだ。どんなに多くの人間に嫌われ、標的にされ、世間一般的に自分が間違っていようとも、その正義を全うしろ」
一通り言いたいことが済んだのか、赤い狼は左手に持つ緑色の液体の入ったカプセルをグティにちらつかせる。想像以上の展開の速さについていけないグティは一つでも多くの自分が持っている疑問を解消しようと弱弱しい声で質問を赤い狼にぶつける。
「それは一体?」
返事はない。すると狼はそのカプセルを海に向けものすごい勢いで投げつけた。少し待った後、グティの見えていた景色は一瞬にして溶け始め暗黒の世界が広がった。
「いずれわかるさ」
という、赤い狼の言葉を後にして…

3010年
「大丈夫ですか?意識があるなら何か応答をください!」
「これはまずいぞ!今すぐ正義屋を呼べ!」
男たちの慌ただしい声が耳に入ってくる。グティはハンモックのようなものに揺らされながらゆっくりと目を開けた。
「目が開いたぞ!生きている!僕、どこか苦しいところや痛いところはあるかい?」
するとグティの目に飛び込んできたのは水着姿の髭が生えた、だらしない中年男性が自分と太陽の間に顔を挟んでいる光景だった。
「あ、はい。じゃなくて大丈夫です」
グティのその言葉に張り詰めたビーチの雰囲気が一瞬和らいだ。奥には声を立てて泣いている女性がいる。声だけで分かる、あれはママだ。その推測が確信に変わったのはグティの母が担架の上で横たわっているグティを強く抱きしめた時だった。
「ヒカル、何してるの?!あんなにママと離れて海に入るなと言ったのに!」
「皆がいるだろ!ママっていうのやめてよお母さん!」
自分でも気にし過ぎだとは理解していたが、10歳にもなって『ママ』と言っているのが周りにばれたくなかった。
「そうじゃないでしょ!あんた海で溺れているところをこの方たちが助けてくれたのよ!お礼を言いなさい!」
母にそう言われ、グティは今さっきまで自分に置かれていた状況を思い出した。数時間前、グティは母と二人で海に行き、『更衣室から出たら待っていて』という母との口約束を交わした。だが、そんな約束がちっぽけに思えてくるほど、広大でさんさんと降り注ぐ太陽の光と融合し、いつも以上に美しく輝く海に心が吸い込まれていっていた。気づいたら自分がカナズチだということすら忘れてグティは海に飛び込んでいた。そして物の数秒でグティは高波にのまれ海の餌食になりかけたのだった。
「あ、ありがとうございます!」
グティは数秒の沈黙の後に担架から起き上がり、礼儀正しく頭を下げた。グティの母は自分まで申し訳なくなったのか、グティの頭に手を乗せ更に深いお辞儀をさせた。
数十分ほど経ち海はすっかりいつもの調子を取り戻していた。グティはというものさっきの出来事など気にも留めない様子で、海辺の巨大デパートのエレベーターから活気あるビーチを羨ましそうに眺めていた。
「正義…」
グティは先ほど見た映像を思い出し、そう口ずさむ。果たしてさっきのは夢なのか、だがそれにしてははっきりと覚えてい過ぎだ。グティの頭は先ほどの『夢』らしきものに思考を独占されていた。
「ヒカル、何つぶやいているの?あんたはおじいちゃんみたいなこと言ってないで、真っ当な職業に就きなさい。」
「なんだよ!おじいちゃんの事を馬鹿にするのか!」
グティは母に憧れである祖父の嫌味を言われたような気がし、頬を大きく膨らます。
「もー、困った子ね。じゃあママは上でお買い物するからヒカルはこの階でおもちゃでも見てなさい」
母はグティの面倒なスイッチを入れてしまった事に気づき、【おもちゃ売り場 八階】と書かれた案内板を指差しエレベータのボタンをもう一つ光らせた。
「ママは九階に行っているからねー大人しくしときなさいよ!」
グティの母はエレベーターから飛び出すグティに聞こえるほどの大声で呼びかけ、急ぎ目に『閉』のボタンに指をかけた。
「ママっていうなー!」
こちらも負けじと雄たけびを上げたが、既にエレベーターの扉は締まり切り九階のランプに明かりがともっていた。そしてグティのお目当ての商品を探す小さな冒険が始まった。
 
30分ほどたった頃、グティはお目当ての商品である【勇者!炎の剣】と書かれた遊び道具にしてはそこそこ鋭い剣を見つけ、九階に向かおうとしていた。
「きゃぁぁぁあああああああああ」
すると突然、先ほどのグティの雄たけびなど比べ物にならない程の大声で誰かが悲鳴を上げた。
「なんだ?!」
グティは危険だとは分かりつつも興味本位で声のした九階まで上っていく。グティは荒くなっていく吐息をなだめながら一段一段と駆け上がり、遂に九階に到着した。
「え?!」
グティは目を疑った。そこには覆面の男に銃口をこめかみに付けられ、がくがくと震えている母の姿があった。
「あ、あ、あ」
グティは足をピタリと止め、餌を待つ金魚のように口をパクパクさせる。
「逃げて、ヒカル!」
母はグティに気づいたのか決死の思いで言葉を絞りだした。
「誰が、喋っていいといった?死ぬぞてめぇ!」
大柄の男は母の胸ぐらをつかみ悪魔の形相で脅迫をする。グティは操り人形のように母の言いなりになり、非常階段で1階まで下ろうと懸命に走る。
「はぁ、はぁ、はぁ」
このまま逃げてはいけないという正義感が、降り注ぐ恐怖の雨に圧倒されていた。
『自分がこの世界の主人公だと意識しろ。』
「え?」
ちょうど三階まで下った位だ。フラッシュバックのように赤い狼がグティに語りかけ始めた。グティは突然奪われた視界によって、階段から踊り場まで転げ落ちた。
「うわぁあああああ」
そして真っ先に両手が地面に付き、自分の体を丸めこむようにゆっくりと座りこんだ。その衝撃でずり剥け赤に染まった自分の両手をまじまじと見つめる。
『その正義を全うしろ。』
ドクンと心臓が高ぶるのに気づいた。そしてその瞬間グティは上を見上げ血まみれの手を顔にこすりつけ、パチンと一発両頬を痛めつける。
「俺の正義を全うしてやるよ!」
グティは立ち上がり拳を天高く掲げると今さっき自分が下ってきた階段を上り始めた。自分でも何が起きたのかわからない、でも後悔だけはしたくないという思いでただひたすら無限に続くように感じる階段を上った。『正義』という大きな疑問を解消するためにも…。
「ママは?さっきの女性はどこですか?」
グティは階段を上り終えるとすぐさま近くの男性に尋ねた。
「あの人なら…ってそんな血だらけでどうしたんだよ?今すぐ救急車を…」
「そんなんどうでもいいから、早く場所を教えやがれ!」
グティは目を血走らせ狩人のような目で男を睨みつける。
「あぁ、あの人なら今さっき覆面の人に連れられて屋上にいったよ。」
突然ガキに怒鳴られ困惑したのか男はエレベータを指差しグティに返答した。グティは礼の一つもせずに、黄色いテープで封鎖された上へと続く非常階段に突っ走り、屋上の重いドアを開けた。
「わっ!」
屋上の真上にはヘリコプターが宙に浮き、そのせいで今にも吹っ飛びそうな風がグティにダイレクトに当たる。グティはゆっくりと歩き出し、Ⓗのマークの中心に付くと美しいビーチ一面が視界に入ってきた。
ピーンポーン
グティの母たちを乗せたエレベーターが屋上に到着し、グティはとっさに身構えた。こわい、どうしよう。そんな10歳の少年の心など構いもせず、ドアがゆっくりと音を立てながら開き中から母と屈強な3人の男が現れた。
「ヒカル!何やってるの?!逃げなさい!」
母の頬には涙がキラキラと流れ、身振り手振りでここがいかに危険な場所かをアピールをしている。
「このやろぉおおおおお!」
グティは拳を見せつけ覚悟を決めた顔をし、小柄なサングラスをかけた男目掛けて走り出した。
バンッ
隣にいた太った覆面の男が放った一撃によって、グティの威勢の良い声は突如として消え母の悲鳴へと変貌した。
「きゃぁぁぁあああああああああ。ヒカル!しっかりして!」
その鉛玉はグティの右ひざに命中し、コンクリートの地面が徐々に血に染まっていった。母は遂に我慢の限界を迎えたのか、サングラスの男に一発拳を入れる。だが、無情にも他の二人の覆面男にっよて、力づくでひざまずかされた。
「おい、くそ女!俺らの目的はこのガキじゃなくてめぇの親父だ。分かってんのか?!…これは俺を殴った報いだ」
男は飛んだサングラスを定位置に戻し、グティを抱きかかえ屋上の隅までのそのそと歩いて行く。
「ヒカルに何するの?!」
母は目を見張り、男に怒鳴る。サングラス男はそんな事気にせず、屋上に設けられた小さく錆びれた柵をグティをおぶりながら乗り越えた。
「おい、ガキ。お前の最後の言葉をあの女に聞かせてやれよ。」
母を押さえている男たちは大声で笑い、やれ!やれ!とヤジを飛ばす。母は体の全ての力が抜けたかのように地面に横たわり、何も言わなくなった。
「僕の正義を見つけました」
グティがかすれた声を出すと辺りは再びプロペラの風の音のみとなり、架空のスポットライトがグティに当たった。
「ほう。正義屋が来たら厄介だ。早く済ませろよ」
正義屋という言葉が男から出た時、わずかながら場の空気に電流が走ったような気がした。膝の出血からして時間がないと悟ったグティは遠くの水平線を見つめ話を続ける。
「それは…この事件にかかわった奴ら全員への復讐とママの救出だ。僕はテメェらみたいな『間違った人間』を許さない!それが僕の正義だ!」
グティのセリフが終わると、男はグティを屋上から投げ捨て去っていった。
「ヒカルゥゥゥウウウウウウウ!!!」
グティが落下中に感じたのは母の悲鳴に対する複雑な感情と、首に感じた強い痛みだけだった。
 

〈目次〉  


第一章              
【第2話・出来損ない】 【第3話・小さな誓い】           
【第4話・カタルシスの民】【第5話・意地悪な】    
【第6話・宝探し】              【第7話・慟哭】          【第8話・優等生】         【第9話・冤枉】    【第10話・沸点】                 
第二章  
【第11話・若きコンプレックス】   【第19話・ロボバリエンテ】    
【第12話・緑眼】         【第20話・標的】     
【第13話・デパートの悲劇】    【第21話・本当の】
 【第14話・四年ぶり】           【第22話・あぶないよ】
【第15話・溶暗】         【第23話・ヒーローレスキュー】
【第16話・打開策】        【第24話・残痕】
【第17話・赤レンガの刺客】    【第25話・串刺し】
 【第18話・紫電】         【第26話・逆寄せ】

第三章
【第27話・浪命の交換】      【第35話・赤の進軍】
【第28話・華の所長】    【第36話・共倒れ】
【第29話・血の正体】    【第37話・おにごっこ】
【第30話・檻と銃口】         【第38話・司令官】
【第31話・失敗作】         【第39話・鬼の反乱】
【第32話・いとまごい】      【第40話・少女の決断】
【第33話・僕と後輩】             【第41話・そのふたり】
【第34話・ブルーサファイア】

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