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事業継承を決断するまでに巡らせた思考

 事業継承の強みは、すでにある程度の顧客が存在していることです。
 その継承した事業が縮小しているにしても拡大しているにしても、これまでの売り上げを形成してきた顧客がいます。
 その顧客、もとい、ファンの心を掴んでいたものを考えていくと、おのずと自分のお店の強みが見えてくると思います。

 僕が栄月製菓を本格的に事業継承したのは、栄月製菓で働き初めて2年目の11月でした。

  僕はこれまでに「大切にしたいこと」を見つけ、軸にして、行動に移してきました。
 今回は僕の例をまとめていきます。あくまで僕と栄月製菓の例ですし、今後どのように作用していくかはわかりませんが、記録として残していきます。


強みを見出す

 まずもって、僕はただ単に衰退していく祖父の事業を憂いたので事業継承したわけではありません。
 祖父の事業に、魅力あるストーリー性を感じたから事業継承したのです。

店の名前が名刺になる

 山梨県大月市、人口約2万2千人の小さな町で50年以上にわたって営業してきた煎餅屋、「栄月製菓」。名前を出すだけで一定の大月市民には何者かわかってもらえるような小さな町です。これは田舎ならではのコミュニティに起因していることではあると思いますが、商売をする上でこれ以上ない後ろ盾でもあります。

 店の名前自体が名刺になる。事業継承の強みです。

主力商品がある

 栄月製菓の売り上げの8割は「厚焼木の実煎餅」という手焼きの煎餅です。
 厚焼木の実煎餅は、職人の手で一枚いちまい焼いた三枚重ね焼きの山椒の風味がする硬い煎餅で、これは山梨県でも郡内地域と呼ばれる県東部の、さらに大月市、都留市、富士吉田市などでしか認知されていないローカルなお菓子です。
 加えて、最も店舗が集積している大月市でさえ5店舗しかありません。

 高齢化が著しく進んでいる小さな人口規模というのは、それ自体が十分なリスクではありますが、そこで一定の利益が出ており生活ができており(祖父母は子ども3人を大学・専門学校まで通わせています)、同業他社の中でも魅力度の高い商品が提供できていたのではないかと見てとることができると思います。

 そういう意味で、栄月製菓には絶対の主力商品がある。大きな強みです。

若い後継者

 祖父母の知識では、ネット通販やSNSの活用は、はっきり言って無理です。

 僕が事業継承する以前から配送業務をしていましたが、電話で注文を受けて発送し、指定の口座にお金を振り込んでもらうというもの。送ったは良いものの一向に振り込みがされず泣き寝入りしたことも多かったそう。聞くだに、そりゃそうなるだろうなと思うほかないですが、ほとんどのお客さんはしっかり振り込んでくれていたそう。後年は送料を高くする、3000円以上では送らないなど対応を変えることで、そもそも配送を選ぶお客をフルイにかけていましたが。

 SNSに関しては、まあ、言わずもがなでしょう。日本テレビネットワーク協会と勘違いしているかもですね。

 それでも、市の観光協会の協力のもと、ふるさと納税の出品は行っていましたが、これまでの栄月製菓にないアプローチやアイデアを持ち込めることは、例えばネット通販であればそのまま販路拡大に繋がるので、直接的に強みになります。

強みを活かして軸を見出す

・店の名前が名刺になる
・主力商品がある
・若い後継者

 これらは事業継承する前から認識していたことではありましたが、認識しているのみであり、冒頭の通り、「事業継承することでストーリーとして語るに足る魅力がある」と感じていました。いささか一歩も二歩も引いた視点になってしまっていますが、この視点は僕が大学で小説の書き方を学んでいたことが大きく作用していると思います。
 でもこの視点、すごく大切になると思っています。

変えないことを決める

 さて、これらの、「もとから栄月製菓が兼ね備えている強み」を活かすのを考えるうえで、僕は変化させないことを明確に決めました。

 それは「手焼き煎餅をやり続ける」ということです。

 先に出した強みに絡めます。

「栄月製菓を継いだ若者が伝統的な製法で煎餅を焼いている」
 これを軸にし、大切にするべきだと考え、
「手焼き煎餅をやり続ける」
 と、決めたのです。

 まず、〈店の名前が名刺になる〉というのは僕がやっていく事業がそのまま認識されることと同義と考えられます。

これは地元大月での例になりますが、
「こんにちは、栄月です」「ああ、栄月さん」と、すぐに理解された場合、当店の主力商品の売上割合からして、煎餅屋の栄月というのはもちろん認識され、厚焼木の実煎餅の店ということまで認知がいくでしょう。〈主力商品がある〉というのは、そういう効果を生みます。
 その厚焼木の実煎餅が後継者のアレンジによっての商品性が変化したら、ノイズになる可能性が高いと考えました。〈若い後継者〉がいるということが悪い方に作用してしまいます。
 名刺に、「若い後継ぎが来て焼き方を変えた」という肩書きがつくのは、僕が今後お店をやっていくうえでマイナスになると考えたのです。

精神的に向上心のない者は

 僕には一級建築士として活躍している伯父がいます。事業継承する際、彼に繰り返し言われたことは「売り上げを上げようとしないことには現状維持もできない」ということでした。いまでも会うと同じようなことを繰り返し聞かされますが、ここ1、2年でようやく真に、実感をともなって理解できるようになっています。

 なんとはなしに、学生時代、授業で取り扱った夏目漱石の『こころ』におけるKのセリフが思い出されます。前後の文脈とか、関係ないんですけれどね。
 でも向上心がなければ成長はないでしょう。それは事業に関してもですし、技術に関しても。それから人間的にも。

 軸を大切に向上心をもってこれからも仕事に励みたいと思います。

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