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【小説】「天国のこえ」5章・うつ病(3)

 「初めまして、こんにちは。今日はどうされたのかな?」
 ロマンスグレーで痩せ型の、優しい声色の医師が、私を出迎えた。何でだかはわからないが、白衣は着ておらず、ラフないでたちだった。
 「は、初めまして。よろしくおねがいします…」
 診察室はポップな色調で、ふわっとした座り心地のソファが備え付けられていた。
 (心療内科って、こんな感じなんだ)
 入口から奥まった診察室まで、ポップで明るい色に溢れていた。
 個人的に勝手な偏見があり、心療内科、とか精神科、とかは、もっと薄暗いイメージがあったので、素直に驚いたのだった。

 循環器科内科を出てから、会社近くに二件あった心療内科に、それぞれ電話をした。
 一件目は当日診ることができない、と断られたのだが、運良く二件目の心療内科は受け入れてくれた。
 その病院、「イワサキ心療内科」に到着した後、受付の女性から、問診票を渡された。
 心療内科なので、独特なチェック項目が多く、多少面倒に感じていたが、空白をとりあえず埋め、あとは診察室に呼ばれるのを待った。

 「息が思うように吸えなくて苦しいんです…。心臓もなんだか変に飛ぶし。吐き気もしたりします」
 私は、これから主治医となる「加藤先生」に、ぽつりぽつりと呟いた。
 「なるほどねえ…他には?」
 真っ白なアップル社製のパソコンが、カタカタと鳴る。
 「仕事はしてるんですけど…、えと、家に帰ったら何もできないというか…身体が動かなくなったりします。家事もあんまりできなくて…。身体が異様に重く感じたりします」
 私は思いつく限りの症状を加藤先生に話した。
 加藤先生は穏やかに頷き、
 「そうだねえ…抑鬱状態ってところかなあ。初回だからうつ病とは判断できないけど…今より少し楽なるお薬を出しますからね。それを飲んで、あまり仕事も無理しないように」
 (あ、お薬貰えるんだ)
 心療内科に行くなんて我ながら大袈裟で、追い出されるかもと思っていたから、医師の言葉は意外だった。

 睡眠導入剤と、向精神薬、抗不安薬などを処方され、私はぼーっと会社へと向かっていた。
 「うつ…私が?」
 昔からなんだって気合いで乗り越えてきた私が、まさか「うつ」と名のつく診断を下されるとは思いもしなかった。
 「でも、薬飲んでたら治るんだよね?」
 うつは心の風邪、なんていうし。
 私は気楽に考え、心療内科には行ったが、薬を処方してもらったことは黙っていようと思った。なんだか、同僚や上司に余計な気を使わせるのも申し訳ないし。

 それから私は、こっそり薬を飲みながら仕事をこなすようになった。

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