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【小説】「天国のこえ」6章・駅ビルの占い(1)

 「社内メール室」
 それは、個室の入り口に取り付けられている銀色のプレートに、明朝体で書かれている文字だ。
 私はため息混じりにひとりごちる。
 「疲れたなあ…」
 個室の中にぽつんとひとつだけある、あまり洗練されてないデスクの上には、私の昼食であるシーザーサラダと、鮭のおにぎり、ペットボトルの烏龍茶が広げられていた。全て会社近くのスーパーで買ったものだ。

 私には、社内に席が三つ用意されていた。
 前年度まで、それぞれ派遣社員に頼んでいた仕事だったのだが、所謂人件費削減のため、「三つの仕事くらい、ひとりで回せるのではないか」と、今の部署の課長の提案で、私がその三つの仕事を回すようにと白羽の矢を立てたのだった。
 そのため、ぐるぐるとそれぞれの仕事をするために、私は忙しなく働いていた。その忙しさから解放される昼休みは、誰と昼食を共にすることなく、一人っきりで「社内メール室」に閉じこもって黙々と食べることが癒やしになっていた。

 「社内メール室」は、端的にいえば、会社の全ての郵便物、宅配の荷物などを管理する場所だ。部屋の中は大きな輸送用のバッグや段ボールが積み上げられている。
 場所は地下にあり、薄暗く、郵便物などに関する用がなければ、ほぼ誰も立ち入らないところだった。

 黙々とシーザーサラダをつつきながら、私はオレンジ色の本「天国のこえがきこえますか?」をぱらぱらと開きながら、ため息をつく。
 「…講演会楽しかったなあ…」
 空先生の、柔和な笑みが脳裏に浮かぶ。
 本もいい。だけれど、もっと色んなことをじかに会って教えてほしい。天国からのプレゼントの受け取り方もまだわからないし…天国のこえがきけるものならききたい。
 「サトリ」を開くことができれば、私はもっと楽に人生を歩めるのに。

 心療内科に通い始めて、ふた月が経とうとしていた。
 「うつ」状態は、自分でもわかるほど、悪化していた。
 きちんと処方された薬を飲んでいるのに。楽になるどころか、身体がどんどんボロボロになっていくのがわかる。
 まず、苦手だった朝が更に起きづらくなった。たぶん、睡眠導入剤の影響だろう。…とはいえ、飲まなければ夜通し眠れず、もっと辛い朝を迎えるだけなのはわかっていた。
 他の薬は、日中に頭が鈍化するものが多かった。
 特に社内メール室の仕事なんて、責任重大。ぼーっとした頭を抱えているとはいえ、ミスは許されない。

 私は、いまだ誰にも心療内科の薬を飲んでいるとは、明かせていなかった。
 別に、普通に働いていれば、ミスもしなければ、それを明かす必要性を特に感じなかった。
 きっと薬を飲み続ければ、いつかは治るのだから、と私は思い込んでいた。

 「今日は業者さんが早く来てくれるといいな。早く上がりたい…」
 社内メール室に荷物を受け取りに来てくれる業者さんは、毎日マチマチの時間にやってくる。なので、定時に上がれることはほぼなかった。

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