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アルバムを利く 〜その9


otis clay 「live again」1984年


曲目紹介


D-1 ①hard workin' woman
②here I am
③love don't love nobody
④a nickel and a nail
⑤precious precious
⑥holding on to a dying love

D-2 ①his precious love
②love & happiness
③ellie
④tryin' to live my life without your love


このアルバムについて


オーティスクレイは70年代にウィリー・ミッチェル率いる「ハイ」というレーベルに所属して活躍したソウルシンガー。そのオーティスクレイの来日公演の模様を収めた実況中継盤がこのアルバムだ。ぼくは中古レコードでこのアルバムを見つけた。詳細はわからなかったけどピンクとイエローのはじけたジャケットのセンスが気に入って購入した。

たましいの音楽


家に帰ってレコードをかけて仰天した。このレコードはぼくが初めて聴いたソウルミュージックのライブ盤だったのだ。
ロックミュージシャンがアルバム単位でコンセプトを表現する時代になってもソウルシンガーの主戦場はシングル盤だった(アフロアメリカンの人たちにとってLPレコードはまだまだ贅沢品だったのだろう)。LPレコードはアルバム単位で何かを表現するものというよりはシングル曲を集めたもの、という位置づけだった。当然プログレッシブ・ロックみたいなレコード片面20分で一曲なんてものは存在しない。
このアルバムを聴いてまず仰天したのは一曲が長いこと。シングルでは3分の曲がここではじっくり時間をとって歌われる。ジャンプナンバーのDISC-1①「hard working woman」から始まってDISC-2①のゴスペルなどを経てさいご自身最大のヒット曲DISC-2④「trying to live my life without you」で終わるこのライブアルバムは途中でスライストーン、サムクック、サム&デイブらのソウルの名曲を挟み込んで歌われる。これがほんとうのソウルミュージックの姿なんだ。目からウロコが落ちた。

たましいの生まれる場所


コーラスグループのスピナーズのジェントルなスローバラードDISC-1③をオーティスは張り詰めた声でアーシーにエモーショナルに歌いあげる。スピナーズのリードシンガーのフィリッペウィンの歌も素晴らしかったけどこのオーティスの歌声も素晴らしい。ぼくはもうすっかりこのシンガーの魅力に心を奪われていた。
圧巻はDISC-2③「ellie」。耳を疑った。英語で歌われているがこれはサザンオールスターズの「いとしのエリー」なのだ。後年レイチャールズによるカバー(ウイスキーのCM用の企画でした)が日本国内でヒットしたけど、このオーティスのバージョンのほうがぜんぜん素晴らしい。レイのバージョンは上手に雰囲気つけてカラオケしましたね…という感じだけど、オーティスはかすれた声を振り絞るようにして歌いあげる。
「愛してるんだ、エリー
 お前だけなんだ
 どんなに大切かわかってもらうためなら
 今夜世界のすべてをあげてもいい」
そして演奏を引き伸ばしてアドリブで歌う。
「2ヶ月前、オレはもう一度きみたちに会えるとは思わなかった。だけど魂の奥ではわかってたんだ。もう一度会えると。誰かがオレのために祈ってくれているから。
オレのために祈っておくれ。
そしたら同じことをきみのためにするよ。」
この時代、本国アメリカではもうソウルミュージックは時代遅れの音楽になっていた。どんなに心をこめて歌っても同朋のブラザーシスターたちには届かない。そんな状況の中で異国の地で、自分の歌の一言すら聞き漏らすまいと耳を傾ける肌の色の違う聴衆がいた。オーティスの驚きと感激はいかばかりだったろう。この演奏は単なるカラオケではない。ソウルを求めるものと与えるものの姿を記録したドキュメントだ。
ソウルシンガーは時間をかけて会場を盛り上げて温めてふだんは見えないところにあるぼくたちの魂を引きずり出す。魂は光り輝いて、そしてぼくたちはその魂の奥に救済への希望を持ち続けているのは自分だけではないと気づく。
これがソウルミュージックなんだ、とぼくは思った。なんだか泣いてしまいそうだった。実際にレコードを聴きながらぼくは少し泣いていたのかもしれない。
このアルバム、ライナーノートは日本のソウル評論の大御所、鈴木啓志先生が執筆されている。しかし鈴木先生はこの素晴らしい「いとしのエリー」の演奏についてひと言も触れられていない。あるいは先生にとってはウケ狙いで日本のポップスなんかカバーした演奏は評価の対象ではないのだろうか。
ぼくは自分が勘違いしてるんじゃないだろうかとそのあと何度もこのアルバムを聴いて、その度に感激して感動して目頭が熱くなった。そして自分で出した結論は、これが本物のソウルミュージックじゃないのなら別にソウルなんて要らない、ということ。ぼくはそう思うのです。

最後に


あとで知ったことだけど日本のソウルファンの間では78年の初来日のライブが最高でこの83年の再来日盤は「少し落ちる」という評価らしい。だけどぼくにとってはオーティスクレイという歌手は初めて聴いたこのアルバムで「決まり!」なのだ。
アナログレコードで購入したこのアルバムはその後引っ越しのときに売り払ってしまってP-VINEが CDで復刻したときに買い直した。そのCDもいまは廃盤になっていると思う。
このライブはアメリカのレコード会社からCD一枚に編集されて「soul man:live in Japan」というタイトルで出ているけど、もしも購入しようと思う方はP-VINEの完全版を探して手に入れられることを強くおすすめします。アメリカ盤には前述の「いとしのエリー」は入っていないのです。

おわり


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