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Vol.9 公用語は日本手話—Social Cafe Sign with Meと「働くこと」について

世の中で生まれているあたらしい働き方、"Good Job!"を見つけ出す取り組み、Good Job! project。2017年までのアワードで受賞した団体の今を取材しています。

Vol.9となる今回取り上げるのは、東京のSocial Cafe Sign with Me(以下、Sign with Me)。公用語を日本手話とするスープカフェとして2011年12月に誕生しました。

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公用語が、日本手話! そんなスープカフェが生まれた背景や、聴覚障害者が「働く」ということに関する課題、これからのことについて、オーナーの柳匡裕さんに伺いました。(2020年7月16日収録)

公用語を日本手話に。 その理由とは?

—Sign with Meについて、簡単に教えてください。

まずひとつは、働く人の公用語を日本手話としたスープカフェです。
誤解されやすいのですが、お客様も日本手話を使わなければならないというわけではありません。あくまでもスタッフ間のコミュニケーションは日本手話とするという意味です。手話でオペレーションを回すといえば理解していただけるでしょうか?

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豊富な種類のスープや、スイーツが人気

ふたつめは、 Sign with Meは、当事者による、当事者の雇用創出事業でもあります。
私は、前職は障害者専門の就労支援をしていました。当事者として聴覚障害者を主に転職支援(就労支援)していたのですが、そこでみた現実は非常に厳しいものでした。障害者雇用促進法というのがありますが、企業は聴覚障害者を戦力として採用するのではなく、CSRというか社会的責任という視点から採用する傾向がありました。普通は戦力として採用するところを、単なる数字合わせとして採用というところに、すごく違和感を感じたんですよね。果たしてちゃんと支援しているんだろうか?と。

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オーナーの柳匡裕さん

―個人の能力を生かしたり成長をサポートしたりする視点が、少ない?

戦力ではなく、数字合わせで採用というところからスタートしていますからね。
ちょっと古いデータですが、定着率や退職理由を調べたことがあります。
上場企業50社くらいに、突撃してヒアリングしたんです。建前ではなく本音を頑張って引き出しました。彼らはCSRの大切さを説いていましたが、本音は「採用したくない」でした。特に聴覚障害者。
それは退職データにも如実に表れていました。障害者雇用で入った方が退職する理由のほとんどは、体調による理由でした。でも、聴覚障害者だけ他の障害者と異なっていました。「給与、仕事内容、人間関係が理由で退職」という数字がダントツに多かったんです。逆に、体調を理由とする人はほぼいませんでした。
これは正社員率、平均給与、昇進率という数字からもわかります。
まず正社員率は、ほかの障害者が60%以上に対して、聴覚障害者は40%を切っていました。昇進率はさらに低く、ほかの障害者が40%なのに対して聴覚障害者は、10%もありませんでした。結果として平均給与は、ほかの障害者が平均30万円近くなのに対して、聴覚障害者は18万円くらいです。

なぜこういうことが起きるのか。
ビジネス用語で「PDCA」というのがあります。

Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)の 4段階を繰り返すことによって、業務を継続的に改善していくことなんですが、これには前提条件があるんですね。それは、同じコミュニケーション方法が取れること。そして、問題意識の共有が図れていることが絶対条件なんです。この時点でもう我々はつまずいているんです。

これらの問題を一挙に解決する方法を考えた時、日本手話を公用語にすればよいと思い立ったんですよね。

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「働きがい」のある職場を作る

ー公用語を変えることで、働くことにまつわる、課題も解決していく。

はい。PDCAを回せる環境を作りたかったんです。

なんで、PDCAにこだわったのか?それは、意思決定に関わってほしかったから、関われるようにしたかったからです。

―今、Sign with Meで働かれている方は、他の職場を経験されている方が多いですか?

そうですね。

ーそういった方は、他の職場からきて、どういった感想を持たれますか?

日本手話を使ってくれるところで働いた方もたくさんいました。でも、ほとんどの職場は聴者主体なので、どうしても音声が先行する。だから、結果だけ手話で伝えてもらっていたという人が多かった。意思決定に関わること、物事が決まるプロセスに参加できない問題が常につきまとっていたんですね。働く人の公用語を日本手話にしたことで、物事が決まるプロセスも共有できるようになった。

当法人はろう者だけじゃないんです。聴者もいます。つまり、ろう者とか聴者とかの区別はしてない。区別するのは、手話を使う人か、使わない人かだけなんです。そういう環境作りを徹底しました。

これがほかの、聴覚障害者を多数雇用している事業所との違いですね。例えばスターバックスとか。スターバックスは共通語という概念です。公用語と共通語は似て非なるものです。
*手話が共通言語となる国内初のスターバックス サイニングストアが2020年6月に東京・国立市にオープンし、注目を集めた。プレスリリースはこちら 

―意思決定に関わることで、「働きがい」も生まれていく?
働きやすさと、働きがいというのも、似て非なるものだと思います。
働きやすさは、どちらかというと制度的な要素が大きいんですよね。時短勤務とか。でも働きがいは、シンプルにいうと権限移譲、つまりエンパワーメントがあるかどうかだと思うんです。
そこを、大事にしています。

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「感動ポルノ」ではない。当事者が、当事者のロールモデルを発信していく。

―Good Job! Award 2016への応募のきっかけ、動機を教えてください。
これは、「こういうのがあるからぜひ応募してはどうか」と、人に勧められたんです(笑)。もともと、コンクールとか賞がつくものにはあまり興味がありませんでした。ただ、勧めてくれた人に、社会に発信する意味で大事と説得されて。当法人の、企業理念のひとつに「当事者による当事者のロールモデルの発信」というのがあります。それに合致することもあって応募しました。

これまで当事者ロールモデルって、マジョリティ側が「感動ポルノ」的に加工して発信することがほとんどでした。だから本質からかけ離れることがしょっちゅうありました。
Good Job! Awardは、当事者自ら発信できる場としてうまい具合に機能したように思います。


―実際、Good Job! Award 2016 に入選されて、何か影響はありましたか?
実績を残せたという意味では、エポックメーキングにはなったかなとは思います。ただ、まだまだコンクール自体の知名度がまだそこまで高くないので…すみません。こちらはビジネス視点で常に動いているので手厳しい言い方になってしまいますが…。コンクール自体の存在意義は、非常に高いものだと思っています。

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sign with meでは、毎月、様々な分野で活躍する聴覚障害者をゲストを招いた手話おしゃべり会「Beer cafe」も開催していた(2020年4月以降は開催休止中)

選択肢を「創る」自由。「どうしたらできるか」を考えられる子を育てたい。

―いま、一番大事にしていることは何ですか? 

選択の自由って言葉ありますよね。あれって私たちはまやかしだと思っています。大事なのは、選択肢を「創る」自由。だから学習塾も作ったんです。放課後等デイサービスの制度を利用し、手話で学習できる場所を作りました。

―選択肢を創る可能性に気づくには、子どもの頃からの環境も大事ですか?

本当に大事です。なぜかというと、Sign with Meで働こうと入ってくる人たちは、残念ながら「福祉漬け」になってしまっている人がほとんどなんです。もちろん、今までの職場に不平不満をもって転職してきた人たちです。でも彼らは、「してもらう」ことに慣れきってしまっている。どうしたらできるかという思考がすごく弱いんですね。 そういう環境にいることが多かった。自分もそうでした。

これをいつも、冷蔵庫に例えて説明しているんですが、子どもって学校から帰るとまず冷蔵庫の中見るじゃないですか。「何があるかなー」って。で、お母さんだったら、冷蔵庫の中のものをどう料理しようかという発想、思考になるんですよね。
つまり、「何が与えられるか」に意識がいく人と、「何ができるか」に意識がいく人の違いなんですよね。「福祉漬け」になってしまうと、前者になりがちなんです。だから不平不満を表明しやすい。変えられる可能性に気づけない。

「あ〜とん塾」で大切にしていることは<成人の当事者をロールモデルにしながら、「ろう」として生きる誇りをもって、生活上の課題を自ら解決していける力を持った子どもたちを育てる>ことです。
自分で変えていく、どうしたらできるか考え、生活上の課題を自ら解決していける力、が重要なんですね。

「自分で考え、自分で動く、そして責任を持つ」には、情報が不可欠

―今後、Sign with Meがチャレンジしたいことは何でしょうか?

自律できる集団として「ありがとう」を言われる存在を追求していきたいと思っています。自立じゃなく自律です。

―自律というと?
「自分で考え、自分で動く、そして責任を持つ」ことです。
すごい当たり前のことなんですが、意外とこれができている大人って少ないですよね。ろう者はなおさらです。それを追求できる組織にしていきたい。
今、Sign with Meはようやく中学生になったところ。中二病も目立ち始めてますけどね(笑)。ここから本当の意味で大人になっていく。
「それがやっぱり自分で考え、自分から動く、そして責任を持つ」。それが大人だと思っています。

―「自分で考え、自分で動くそして責任を持つ」ことができるようになるために、大切なことってなんでしょうか?

やはり「情報」ですね。
本当に、私たちは情報がないです。特に、偶発的な情報というものがが、足りないんですよ。
たとえば、知らない人が近くで怒られていても、どんなふうに言われ、どんなふうに返しているのか。そんなことがまったくわからない。聞こえていれば、自然と入ってくるような情報ってあって、それで人は引き出しが増えていく部分もあります。これを偶発的学習といいます。

私たちは意図的学習はできます。でも偶発的学習がしにくい。だから気の利いた言葉なんて知らない。
コミュニケーションを円滑化させるスキルが低いんですよね。信頼関係を作るのが大変だから、受け身にならざるを得ないことが多い。なので情報こそが命って常に感じています。子どもも大人もも、情報を得ることで、考える力をより育てていけると思います。

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店内の黒板に書かれた、お客様からのメッセージ

(構成、text:井尻貴子)

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Social Cafe Sign with Me
HP: http://signwithme.in/
FB:https://www.facebook.com/scswm/
instagram:https://www.instagram.com/swm2011/
twitter:https://twitter.com/scswm

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