ブライトン人物録1 酒と哲学

私の昔からの友人JとNというイギリス人男性(白人)が住んでいるフラットに引っ越した。

ある晩、Nはキッチンで料理している自分を発見し、話しかけてきた。初めてのまともな会話である。Nは哲学を読むのが好きなようで、二人で「哲学をする」とはどういうことか?等と議論して盛り上がった。

ひとしきり会話した後、Nはかなり酔っ払ったようだったので、自分は部屋に戻った。Nも自分の部屋に帰って寝た様子だった。ところが10分くらい経ってから、ノックの音がする。開けてみると、腕と胸が血だらけでNが立っていた。

「邪魔してすまないが、怖くなったもので。。。」

良く見ると、Nは顎を切っていて、そこから血が流れていた。どうやら、自分で転んで切ったらしい。でも、細いことはNは憶えていなかった。傷の深さを知りたかったので、少し水で洗ってもらったところ、かなり深い。自分は病院に行って縫ってもらう必要がありそうだと判断した。

ところがNは病院に行くことになかなか同意しない。一回は「行こう」と同意しても、その後に「いや、行く必要はない。」と抵抗するのだ。15分くらい、このような押し問答を繰り返しただろうか。自分も忍耐が限界に達し、「もう議論はしない。とにかく病院に行くぞ!」と彼を引っ張って行った。

病院の待合室で彼は泣いていた。自分への情けなさからなのか、私への感謝からなのか。医者は、やはり縫うことが必要と判断してNの顎を二針縫った。

フラットに戻って、Nと私と帰宅したJで三人、Nの部屋で話した。Jはすでに知っていたことであるが、Nは自分はアルコール依存症だと告白した。

「だから、タカ、俺に敬意は払わないでくれ。いずれ、失望するだろうから。」

話している最中も、Nはまた飲もうとする。私は「いや、飲むと出血が収まらないから、今夜だけはやめよう。」と言っても、あの手この手を使って飲もうとする。何度かワインを飲むことを止めることに成功はしたが、実は私が取り押さえていたワインの瓶以外にも、部屋に酒のストックがあるのだった。だから、自分が部屋を出た後は、何かは飲んだであろう。

後日、シラフの状態でNは自分に感謝の気持ちを伝えてきた。酒をやめる覚悟ができたのか聞きたい気持ちはあったが、やめておいた。

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