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偽9番(false nine)の分類学

はじめに

早速二度目の投稿になります。俗に言う「筆が乗ってきた」ってやつかもしれません。
本稿を書こうと思った動機は、ネットの海を泳いでいて偽9番(false nine)という言葉が割と意味内容がぼんやりとしたまま使われているなと感じたことがあったからです。
他の誰でもなく自分の頭の中を整理するために、もう一度「偽9番」という概念についてより深く、厳密に考えていこうと思います。
まず手始めに一般的な定義から進めていきましょう。

偽9番の一般的な定義

そもそも偽9番とは何か?この疑問に関して、ペップ・グアルディオラがシンプルかつ明確な解説をこちらの動画でしてくれています(3:25〜あたり)。

要するに「CBが(FWを)マークしに行くのに10m前に出ないといけないこと」だそうです。難しいことは何1つ言ってないあたり、流石ペップです。
一般論として、最終ラインに常にいるべき選手はCBです。「DFリーダー」なんて言葉があるように、3〜5人のDFのうちCBの誰かがDFライン全体の指揮を任されます。一方でCBは相手FWをマークし、仕事をさせないという仕事もあります。マークすべき対象であるFWが10m以上降りていったときCBはマークしについて行くべきかラインの最後尾に留まるべきか、迷いが生じます。その迷いを利用して中盤で数的優位を作ったり空いたスペースに他の選手が走り込んでシュートチャンスを作る、というのが偽9番の主な狙いです。
このポジションの代表的な選手は世界中誰もが知っているメッシですね。そしてメッシの偽9番初お披露目となったのが2008-09リーガエスパニョーラ第34節、エル・クラシコと呼ばれるレアルマドリーとの試合です。この大一番で新しいポジションを試すペップもなかなか狂ってます。大一番という意味では同シーズンのCL決勝(対マンチェスターユナイテッド)でもメッシは偽9番としてプレーしています。

どちらの試合でも、最初は一見エトーがCFでメッシは右WGのように見えます。しかしキックオフからしばらくするとポジションを変え、メッシが真ん中に移動します。これによってマドリーとユナイテッドのCBたちは大パニックに陥ったのが容易に想像できます。特に最初の動画のインタビュアーであるユナイテッドOBのファーディナンドは、CL決勝で2回も同じ目に遭っているのでぶっちゃけトラウマでしょう。
また偽9番は守備面でのメリットもあります。現代サッカーではフィールドプレーヤー10人全員で守備を行なうのが基本であり、それはFWの選手たちも例外ではありません。特にWGの選手は自陣深い位置まで下がって守備することも時には必要で、役割としては4-4-2のSH(サイドハーフ)とほぼ同じと言えるでしょう。そのためメッシをWGの位置で起用してしまうと守備で走ることで体力の消耗が早くなるというデメリットがあります。しかしメッシをCFの位置で起用するとどうでしょう、守備時の負担や仕事量は明らかに減り、その分攻撃時に思う存分体力を使うことができますよね。後述するトッティが加齢に伴って本職であるトップ下ではなくCFでプレーすることが増えたのも、守備面の負担やリスクを考慮した結果だと思われます。

とまあここまでは一般的な偽9番解釈で、ここから先が自分の考えも交えたオリジナル偽9番解釈が始まります。Twitterで「偽9番」とツイート検索していると、中盤に(10m以上)降りる動きをしておらず、ただ「本職FWではない選手がCFを務めている」状態に対しても「偽9番」という言葉を使用している人も一定数いる気がします。別にこれを批判したいわけではなくて、「中盤に降りる動き」も「本職がCFでないこと」もどちらも偽9番を満たす条件であると個人的には考えています。何なら中盤にも降りず、本職CFであるにもかかわらず「これもある意味偽9番と言えるのではないか」といった起用法も存在します(詳しくは後ほど)。

4種類の偽9番 〜あなたはどれ派?〜

① 中盤に降りてくるし本職CFではない

これは偽9番という概念を最も厳密に定義したものになります。「狭義の」偽9番と言ってもいいかもしれません。
代表例は、先述した通りメッシです。またこのタイプは一番ポピュラーであるが故に歴史もかなり深いです。一説によると、元祖偽9番はハンガリーのナーンドル・ヒデクチという選手です。

遅攻の時もヒデクチはトップの位置に固執せず、少し下がってプスカシュやコチシュなどと連係していた。もともとヒデクチのポジションはインサイドフォワードで、所属クラブのMTKでCFが欠場した時に代役を務め、その際に偶然生まれたコンビネーションが偽9番の発端だったという経緯がある。当時のハンガリーは代表強化のために、めぼしい選手をホンブドかMTKに集中させていた。MTKのアイディアはすぐに代表へ持ち込まれた。

「不確実なサッカーで再現性を追求する、意外と古い「パターン攻撃」の歴史」より一部抜粋

ちなみにハンガリーの中心選手だったプスカシュはレアルマドリーでも偽9番のディステファノと共にプレーし、ヒデクチと似たような関係性のユニットを形成していたそうです。当時は10人全員が連動して動くゾーンディフェンスなんてなく「人をマークする」という意識が今以上に強かったので、対戦相手が混乱し、守備が崩壊したのは想像に難くないですね。

他にこのタイプの選手は「空飛ぶオランダ人(英:Flying Dutchman)」ことクライフ、ローマの王様トッティ(スパレッティ、エンリケ、ガルシアが監督のとき)、リバプールのフィルミーノ、スペイン代表でのダニ・オルモ(EURO2020イタリア戦)やアセンシオ(カタールW杯)などが挙げられます。デブライネもマンチェスターシティやベルギー代表でたまに偽9番を務めることがあります。いずれもボールコントロールに秀でており、シュートやスルーパス、ドリブルでチャンスメイクできる選手ばかりです。

② 中盤に降りてくるが本職CFである

最近のCFは昔に比べ、ずーっと最前線に張っているわけではありません。前線からのプレッシングや、ボールがある方のサイドに流れて楔のパスを引き出す動きは今や欧州トップリーグのほとんどのFWが多かれ少なかれやっていることでしょう。そしてごく稀に、中盤に降りてきてゲームメイクまで参加してしまうFWがいます。
このタイプの代表的な選手はレアルマドリーのベンゼマ、スパーズのケイン、アーセナルのジェズスですね。今となっては現役時代の姿は見る影もありませんが元イングランド代表のルーニーもこれに当てはまるかもしれません。ペップがシティの監督に就任してからはあのアグエロも、状況に応じて偽9番のように振舞っていました。
ベンゼマ、ケイン、ジェズスに関しては海外の人が作った解説・プレー集動画があったのでそちらをご覧ください。

②タイプのメリットは、①に比べてチームの得点力が落ちる心配がないということです。メッシは自分1人でも周りを使ってもバンバン点を決めることができるので問題ないですが、「ポゼッションを安定させたいがためにMFの選手を偽9番として起用し、その結果点が取れなくなる」というのは割と偽9番あるあるなのではないしょうか。現代サッカーにおけるFWは年々こなすべきタスクが増えているとは言え、結局のところ一番大事なのは点を決めることです。点も取れるし中盤にも降りれる選手がいたらわざわざ本職MFの選手を最前列に置く意味はないですよね。2023年現在の時点だと②タイプのFWは本当に希少種で重宝される存在ですが、この先サッカーの戦術が発展していく過程でどんどん増えてくるかもしれません。

③ 中盤に降りてこないが本職CFではない

このタイプはどちらかと言うと守備重視で、カウンターを主体とするチームによく見られます。日本のサッカーファンの8割が理解してくれそうな例は2010年南アフリカW杯での本田圭佑でしょう。本職はMFであるものの、自慢のフィジカルと得点力を活かしてCFも卒なくこなせることを証明しました。
もう1人紹介したいのが、(当時)エバートンのネイスミスです。2013-14のエバートンにはルカクというゴッツいFWがいたのですが、プレミアリーグ第33節アーセナル戦ではネイスミスがCF、ルカクは右SH(WG)としてプレーしています。

もしトップ下のオズマンが2008年頃のスパレッティ・ローマにおけるペロッタのように積極的にゴール前に飛び出してくるタイプであればネイスミスも中盤に降りてきたかもしれませんが、残念ながらそうではありません。ネイスミスのCF起用は「ネイスミスをFWとして使う」ことより「ルカクをサイドで使う」ことの方が重要だと思われます。ルカクはああ見えて空中戦より地上戦、ワンタッチシュートより自分で持ち運んでシュートの方が得意なのでこの采配はドンピシャだったと言えるでしょう。マッチアップの相手もメルテザッカーやフェルメーレンのようなフィジカルの優れたCBたちからフィジカルに不安のある左SBのモンレアルになったことで"質的優位"を生み出すことに成功しました。またネイスミスは本職中盤の選手らしく積極的に守備をし、アーセナルのCB-ボランチ間の供給ラインを絶つことに尽力しました。ちなみに当時エバートンの監督だったマルティネスはベルギー代表でもルカクをサイドで起用し、その代わりにデブライネを偽9番にすることがありました。

またカウンター主体のチームに限らずメルテンスアザールターラブトなどドリブラータイプの選手をトップに配置すると③タイプになりがちです。ナポリ時代のメルテンスの試合(ユベントス戦)がこちら。本職WGの選手らしくサイドに流れるシーンはあるものの、ほぼ9番としてプレーしていると言っていいでしょう。

また先発起用だけでなく試合終盤のパワープレーにも目を向けると、タッパのあるMFがCFとしてプレーするのを一度は見かけたことはあるのではないしょうか。筆者はスペインが2013年のコンフェデにてハビ・マルティネスをCFにしてきたときは、流石にビビった記憶があります。

※追記 〜どんなものにも例外はあるよね〜
このパートの冒頭にて、③タイプの偽9番の特徴として「守備重視でカウンター主体のチームによく見られる」「ドリブラータイプ」の2つを挙げましたが、推敲中に例外的な選手を思い出してしまいました。アヤックスのクドゥスです。
アヤックスは今も昔もボール保持に強みがあるクラブであるため本職MFのクドゥスも中盤に降りてパス回しに参加するのかと思いきや、CLのナポリ戦を見る限りどうやらそうでもないようで、普通に最前線でのポストプレーなど9番としての仕事を全うしていました。筆者はアヤックスを追いかけてるわけではないので、もしかしたらクドゥスも格下クラブ相手には中盤に降りるプレーをやることもあるのかもしれません。
有識者からの情報提供、お待ちしています。

④ 中盤に降りてこないし本職CFである

「いやそれただのFWやんけ」っていうツッコミが聞こえてきます(幻聴)が、もう少しだけ待ってください。ここでピックアップしたいのは「基本的に最前列にいるが、カウンター等で2列目の選手たちがゴール前に来たら譲ってあげる」という心優しい選手たちです。このタイプは「元からそういう動きを得意とする」というよりかは「チーム全体のバランスを考えた結果そうなってしまった」と考えるのが適切でしょう。FWよりMFの方が得点力がある場合にこういう悲しい現象が起きてしまうだけで、本来は純粋な9番タイプの選手ばかりです。

具体例は1998年のフランス代表のギヴァルシュです。当時のフランスにはジダンがおり、完全にジダン中心のチームでした。そのためフランスがボールを持つとギヴァルシュはサイドに流れてジダンが運ぶスペースを作ったり、困ったときのボールの避難場所として機能しました。なんならギヴァルシュはジダンがカウンター要員として前に残ると下がって守備までしてました。1982年の"シャンパンサッカー"と評された頃のフランスも、2トップなので偽9番とは言い難いものの、将軍プラティニがボールを持つとシクスとロシュトーがサイドに流れるという動きをしばしば見せていました。もしかしたらエメ・ジャケ(1993〜1998年のフランス代表監督)はここからアイデアを盗んだのかもしれませんね。
また2012-13のチェルシーにおけるトーレスもこのタイプに当てはまります。チェルシーの場合はマザカール(マタ、アザール、オスカル)と呼ばれる豪華なタレントが揃っていました。
フランスはFIFAがW杯のフルマッチ(クロアチア戦)を上げてくれており、チェルシーはフルマッチはありませんでしたがトーレスのプレー集があるのでそちらをどうぞ。

この頃(ディマッテオ政権期)のチェルシーはトーレスの貢献度が地味に高く、試合によってはベッカムばりのクロスを上げることもありました。ディマッテオはCLのGS第5節ユベントス戦にてトーレスを外してアザールを偽9番起用しましたが、相手CBのプレッシャーを受けてくれる人柱トーレスがいなくなった影響で明らかにパフォーマンスを落としていました。いなくなって初めて気づくありがたみってありますよね。

この他には日本代表の前田遼一なんかも似たようなタイプでした。前田は半端ない人が代表のスタメンに定着すると姿を消しましたが、それ以前のザックJAPANにおいては本田、香川、岡崎といった日本の豪華な2列目の選手たちを活かすため、脇役としてのプレーに徹してくれていました。前田がいない代表戦はしょっちゅう敵陣のペナ前あたりで渋滞を起こしていたので、彼の代表での貢献度は地味に高かったと言えるでしょう。

まとめ

以上の内容を図にしてまとめるとこんな感じになります。

偽9番タイプ別分類表

最後に注意していただきたいのが、前の記事でも言ったようにこの分類はあくまで理念型に過ぎないということです。一応①タイプにカテゴライズしたトッティですが、このタイプの選手の中では比較的中盤に降りる時間が少なく9番として振舞うシーンが多々見られるため、③タイプだと定義する人もいるでしょう(そもそもトッティは同じ偽9番でも監督によって起用法が微妙に変わってくるので意見が割れて当然)。また②タイプのベンゼマも、BBCが揃っていたときのマドリーでは中に入ってきてCFと化すロナウドと入れ替わるようにサイドに流れる、という④で解説したような動きをすることもあるわけで、1人の選手が複数のタイプに当てはまる例はザラにあります。

なるべく選手たちがそれぞれ一番当てはまりそうなものに分類することを心がけましたが、「いやこの選手はこっちじゃない?」という意見もお待ちしております。某サッカーゲームみたいに簡単に「この選手のプレースタイルは○○だ」と断定できないのが現実のサッカーの奥深さですね。

参考文献

サッカーの戦術史を学ぶ上で絶対外せない教科書2冊

多分ネットにある記事で一番しっかりした偽9番の説明。これを読めば本稿を読む必要は正直あんまりないです←

余談オブ余談 〜サッカーと関係ない分野から得られる知見〜

もはやサッカー全然関係ありませんが、本稿のインスピレーション元は現代政治学の名著、ロバート・ダールの『ポリアーキー』です。ダールは自由民主主義という多義的な概念を「自由化(公的異議申し立てがどの程度許されているか、政治的競争がどの程度活発か)」と「包括性(選挙権を持つ人々の割合、政治参加の広がりの度合い)」の2つの次元から分析し、これら両方を十分に満たしている政治体制をポリアーキーと定義しました。

簡潔にまとまったポリアーキーの図
「ダール『ポリアーキー』を読む」より引用)

偽9番の分析・分類も「中盤に降りてくるかどうか」という"動き"と「本職がCFかどうか」という"ポジション"の両面から行なうべきではないかと考え、本稿を執筆するに至りました。一見サッカーとは関連性がなさそうな分野でも、考え方やモノの見方で参考になるものはそこら辺にたくさん転がっていると思います。
興味が湧いた方は『ポリアーキー』も読んでみてください(只今絶版中なので重版希望)。

※追記
なんと3月15日に重版になってました。圧倒的僥倖…!!
興味のある方は是非今が買うチャンスです笑

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