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対ポジショナルプレーとしてのマンマークプレスとその構造的弱点

はじめに

皆さんはポジショナルプレーってご存知ですか?
巷には色んな解説記事、動画、書籍で溢れかえってますがあえて雑にまとめると「攻守において効果的なポジションを取り続けることで相手より優位に立つことを目指す」スタイルのことです。古くはドリームチームと呼ばれた頃のバルサやファンハールのアヤックス(特に1994-95は圧巻)、最近だとペップの率いる(率いた)バルサ、バイエルン、シティはポジショナルプレーを志向しています。そしてそのサッカーに魅了され、影響を受けた指導者たちも指導しているクラブで彼らなりに解釈したポジショナルプレーを実践しようと日々努力しています。去年のカタールW杯でもアメリカやカナダなど(比較的)サッカー途上国とされる代表チームでもポジショナルなサッカーをやろうとしている姿を見て、サッカーがグローバルなスポーツであることを改めて実感したものです。
しかしそんなポジショナルプレーにも弱点があります。それはマンツーマンで来られると弱いということ。そもそもポジショナルプレーは適切なポジショニングにより数的ないし配置的優位を生み出すことが主な目的ですが、これはあくまで相手がゾーン守備であることが前提です。その前提をぶっ壊してマンツーマンでつくとあら不思議、数的優位も配置的優位も生まれず、各所に1対1が9〜10個できるだけの状況になります。そうすることでボールホルダーのミスを誘発したりアバウトなロングボールを蹴らせてボールを回収するといった状況を高頻度で作ることができます。
そんな「ポジショナルプレー殺し」としての地位を確立したマンマーク志向のハイプレス(以下マンマークプレス)ですが、もちろんこれにも構造的にどうしようもない明白な弱点が存在します。
本稿ではそんな「ポジショナルプレーの対策として生まれたマンマークプレスの対策(長い)」に触れていこうと思います。

マンマークプレスの対処法

①バルセロナ 〜王者の風格〜

マンツーマンは絶滅危惧種扱いだった現代サッカーに再びマンツーマンを復活させた監督は数人いますが、その代表格がビエルサです。ビエルサはアスレティックを率いていたとき、当時圧倒的な強さを誇っていたペップバルサに対してマンマークプレスを仕掛けます。以下、実際のフルマッチ動画とその解説図をご覧ください。

ビエルサのバルサ対策

そんなアスレティックに対してバルサはどう対処したかと言うと、「個で剥がす」という極めて王者らしい振る舞い。実際当時のバルサの主力級の選手達は全員ドリブルでプレスをかわしたり時間を稼げる個人キープ力の高さがあります。
バルサとアスレティックの対戦はこのシーズンあと2回(リーグ後半戦とコパデルレイ決勝)あるのですが、2試合ともバルサが勝利を収めているのは間違いなく個人個人の質で上回ることができたからだと思います。

勿論ペップも脳筋ではないので色々いじったりした部分もあるかもしれませんが、それでも根本的な解決策には至りませんでした。現在指揮しているシティでも同じようにマンマークプレスを仕掛けられることがありますが「結局個で剥がしてるだけじゃね?」感は否めません。
最近だとシティOBのコンパニ率いるバーンリーも、FA杯でのシティとの試合においてほぼオールコートマンツーマンでプレスをかけにいきました。シティはビルドアップ時にWMのような形になるので、4-3-3のバーンリーからしたらむしろハメやすくなってるんですよね。バーンリーのマンマークプレスは試合開始30分までは上手く機能していましたが、結局高く設定されたDFラインの裏をハーランドに突かれて失点。そこからダムが決壊したかのように失点を重ね、最終的には6-0。やはり1部と2部の実力差は大きいということでしょうか…

バーンリーのマンマークプレス①
バーンリーのマンマークプレス②

②ミラン 〜可変式システム〜

ネタバレになりますがこれから先取り上げるチームは、(1つだけ反論が来そうなチームがありますが)全てポジショナルプレーを志向しているわけではありません。このことから分かるように、マンマークプレスをしてくる相手にはポジショナルプレーじゃない方が間違いなく強いです。

戦術大国イタリアでマンマークプレスを基本戦術としている主なチームとして、アタランタフィオレンティーナ(以下ヴィオラ)が挙げられます。
直近でその2チームと対戦したミランが採った対応策は、可変式システムによってマークをずらすというもの。

ミランの可変システムvsアタランタ

これに関しては試合の画像があるとより分かりやすいと思います。

DFライン右ズラしの4-2-3-1
(右HBのカルルが右SBに)
DFライン左ズラしの4-2-3-1
(左HBのトモリが左SBに)

話は少し逸れるのですが、先ほど解説したバルサも可変でマークをズラそうと試みていました。戦術オタクのペップがこの程度のこと思いつかないわけないですからね。しかし、それに対しビエルサは後ろを余らせない、完全なオールコートマンツーマンで対応してきます。はっきり言ってイカれてます笑

ピケ「なん…だと…」

閑話休題。アタランタには勝利を収めたミランでしたが、同じようにマンマークプレスを仕掛けてくるヴィオラには敗北を喫しました。
理由はシンプルにヴィオラのプレス強度が高くフィニッシュの質も良かったからかもしれませんが、もう1つ明らかなのはボールを収めてくれる人がいないということ。

ヴィオラの超攻撃的マンマークプレス
可変式でプレス回避…が、ダメ。

アタランタ戦で活躍したジルーはヴィオラ戦に関してはパフォーマンスが明らかに落ちていましたし、レオンは累積で出場停止になっていました。怪我明けで大ベテランのイブラはフル稼働は厳しく、彼に敗戦の責任を負わせるのは酷な話です。
このようなミランの弱点を解決したのは、偶然にもお隣のクラブでした。

③インテル 〜古くてシンプルな解決法〜

インテルは昔からあまり変わったことはしないチームです。クラブ名の通り国籍問わず良い選手を揃えて、やるサッカーは低い位置にブロックを作ってロングカウンター、フィニッシュはFWの個の力任せ。これをつまらない、アンチフットボールだ、なんて言う人も一部おられるかもしれませんがこれも立派なスタイルの1つです。そこに貴賤はありません。
インテルはつい先日マンマークプレスを仕掛けてくるレッチェと対戦し、2-0と勝利を収めました。この試合を注意深く観察していると、シンプルだけど効果的なマンマークへの対処法が3つもありました。それがFWに放り込むDFの攻撃参加ポジションチェンジです。

インテルの主なプレス回避パターン
先制点を生んだDFの攻撃参加
2点目を生んだポジションチェンジ

そもそもマンマークプレスというのは、先述の通りボールホルダーの時間的・空間的・心理的余裕を奪うことでミスを誘発するか、ロングボールを蹴らせてそれを回収するのが狙いです。しかしガタイの良い、多少アバウトなボールでも収めてくれるポストプレーの上手なFWがいたらどうでしょう?言うまでもなく、プレスをかける意味がなくなってしまいます。インテルにはそういうことを可能にするCFが揃っていました。余談ではありますがアタランタと対戦したウディネーゼも、バックスからの質の高い楔のパスをポストプレーの上手いサクセスが収めまくっていました。
インテルの得点シーンは、それぞれマンマークプレスの弱点が露呈したと言わざるをえませんね。1点目は攻撃参加するDFに対して、2点目はポジションチェンジしたIHのバレッラとWBのダンフリースに対してマークがあやふやになったところを突かれました。2点目なんかは仮にレッチェがゾーンで守っていれば、発生する確率が低い(ゼロではない)ミスなのではないでしょうか。

インテルの古典的なマンツーマン対処法とは打って変わって、新しくて奇抜な形を見せてくれるチームがイングランドにいます。それがブライトンです。

④ブライトン 〜特殊なデゼルビ式ビルドアップ〜

今プレミアで「面白いサッカー」をしているのはどこか?と聞かれたら(英国人はともかく)日本のプレミアリーグファンはブライトンと答える人が多いと思います。戦力的にはBIG6やニューカッスルらに劣るものの、小気味良くショートパスを繋いでボールを前に進めていくデゼルビのサッカーに魅了された方も多いのではないでしょうか。最近は三笘の影響もあってかなりファンが増えた印象もあります。

格上のリバプール相手にもボールを持てるブライトンを見て、当然他のチームは対策を考えます。それがブライトンのダブルボランチに対するマンマークです。偶然にもFA杯で対戦したストーク、直近のリーグ戦で対戦したウェストハムの両チームともそれをやってきました。ウェストハムはパケタとソーチェク、ストークはベイカーとローレントをボランチのマンマークを担当しましたが、ことごとくプレスをかわされ、上手くハメれたシーンはほとんどありませんでした。理由は明らかで、ブライトンのビルドアップのやり方は極端に中央に人がいるので必ず誰かしら空くようになってるからです。

ストーク戦
ウェストハム戦
ブライトンのビルドアップ

ブライトンの(≒デゼルビの)ビルドアップの主な特徴は「密」と「疎」のエリアの使い分け、言い換えると中央に人を集めサイドは孤立させるところです。これによって中央はボールを前進させる際のリスクを減らせますし(もしミスしても人がたくさんいるのでゲーゲンプレスですぐ取り返せる)、サイドはドリブル突破に定評のある三笘、マーチの個人能力を活かすことができるという、まさに一石二鳥のゲームモデルです。
当たり前の話ですがマンツーマンは人をマークするので、こちらの配置を相手に委ねることになります。ブライトンのように配置が特殊なチームが相手だとどうしても「どこまでついていくべきか」の判断に迷いが生じてしまい、結果的にプレスが中途半端になってかわされるシーンがストーク、ウェストハム両チームとも散見されました。この2試合、ブライトンは無失点であるという結果が「ブライトンのボール保持の安定ぶり」と「デゼルビ式にマンマーク対応は向いていない」ことを物語っていると思います。
先のアスレティック、アタランタなどに比べるとボランチの2人に対してだけなのでかなり緩めの対応ではありますが、ブライトンのビルドアップは正統派ポジショナルプレーと違いマンマークをかわすことを前提に仕組みができていると考えたため取り上げました。逆にブライトンのサッカーはポジショナルプレーを志向するチームより「低い位置でのブロック守備」に弱いというデメリットもあります。要は高い位置からプレスをかけにきてくれた方が助かるということです(CBのダンクのボールの持ち方なんか特にプレスを誘ってるように見えますよね)。
これから先、そんなブライトンに対してオールコートマンツーを仕掛けるチームは出てくるのでしょうか?

※追記
上記で紹介したストークとウェストハムはダブルボランチのみの限定的なマンツーマンでしたがプレミア第27節の対戦相手だったリーズはブライトンの2CBに対して2トップでプレスをかけるという、より密度の高いマンツーマンを採用してきました。

ブライトンに対するリーズのハイプレス①
ブライトンに対するリーズのハイプレス②

リーズの2トップはコースを限定するだけの守備を行うシーンもあるので厳密に言うとマンツーマンではないかもしれませんが、それでもブライトンのビルドアップ部隊に対してここまでプレスをかけたチームはなかなかなかったのではないでしょうか。実際にリーズのプレスはブライトンのミスを誘発し、ショートカウンターを発動する場面が多く見られました。しかし最終的なスコアは2-2のドローと、成功とも失敗とも言えるような結果に。ブライトンの今後の動向にも注目していきたいですね。

⑤レッチェ 〜やられたらやり返す〜

サッカーは対戦相手との相性によって勝ったり負けたりすることからよくジャンケンに例えられますが、個人的にジャンケンと違うのは「あいこでも勝負がつく」ところだと思います。似たようなスタイルのチームがぶつかっても様々な要素が絡み合って勝敗がつきます(勿論つかないこともある)。
これは筆者自身の主観によるところが大きいので賛否両論あると思いますがサッカーは「自分たちが普段やってることをそのまま返されると困る」チームが多いと思います。これは少し想像したら分かる話で、ポゼッション主体のチームは引いてブロックを作る相手と対戦する方が慣れてるし、カウンター主体のチームはボールを持って主導権を握ろうとするチームと対戦する方が慣れています。ボールは1つしかないので自分も相手もポゼッションする(または引いてブロックを作る)なんて状況は絶対に生まれません。そのため、自分たちと似たスタイルのチームと当たるとたとえ戦力的に優っているチームでもあっさり負けることがあるのがサッカーの醍醐味です。

マンマークプレスの代表的チームであるアタランタに、彼らが普段やっているようなマンマークプレスを仕掛けて倒したチームがあります。それが、インテルの章でも取り上げたレッチェです。レッチェはアタランタに対して積極的にハイプレスをかけ、アウェーにもかかわらず1-2で勝利しました。
これまで守備面で取り上げることの多かったアタランタですが、そもそも攻撃時にはどのような特徴があるのでしょう?その答えはパスマップが教えてくれます。

アタランタのパスマップ

これは少し前のデータのため、現在は他クラブに移籍していない選手もいますがプレー原則はさほど変化がないので問題ありません。
このパスマップを見て分かる通り、アタランタはサイドにめちゃくちゃ密集しています(ブライトンと対照的ですね)。HB、WB、DH、CFの4人でダイヤモンドを作り、そこから崩していくのがアタランタの主な攻撃パターンです。
しかしこれが有効なのはゾーンで守ってくる相手だけ。マンツーマンで守ればマークのズレも数的優位も生まれません。

アタランタ対レッチェ
レッチェのプレス
サイドで数的優位が作れない①
サイドで数的優位が作れない②

サイドで数的均衡状態になると途端に攻め筋がなくなるアタランタ。それでもホイルンドのポストプレーなどでチャンスメイクしていましたが、ビハインドの状況を覆すまでには至りませんでした。インテルのようにもっと割り切って放り込んでもよかったのかもしれません。

おわりに

このように、サッカーの戦術というのはあるものに対して対策が生まれ、その対策の対策が生まれ、そしてその対策の対策の対策が…とイタチごっこのように発展してきました。そのため昔流行っていて現在廃れたものでも、少し改良するだけでたちまち復活することもあります。実際サッキ・ミランの登場により4-4-2ゾーンが主流になった後はゾーンとマンツーの折衷案である3-5-2や3-4-3が出てきたりしたものの、モウリーニョがチェルシーで4-1-4-1による練度の高いブロック守備を見せると世の中ゾーン守備一色になりました。それから約10年間、2014年のブラジルW杯でオランダが5バックによる迎撃守備を見せるまでマンツーマンは化石扱いされていました。

中の人は新しい守備戦術が大好きなので、マンマーク志向のハイプレスが主流になり、その対抗策として再び新たな形のゾーン守備が生まれてくるのを今から楽しみにしています(気が早い)。

参考文献

質の高い戦術分析に定評のあるspielverlagerung.comから記事を2つほど紹介させていただきます。最近更新されてないけど忙しいのだろうか…


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