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次男が犬になった日

我が家にワンコがやってきた。
息子たちはずーっと前から犬を飼いたがっていたので、ブリーダーさんに連れられてきた犬を見た瞬間に『ついにきた!!』と歓喜の声を上げた。まさに黄色い声。ジャニーズのライブが始まる時に暗転したライトが点いた瞬間のファンの歓声と一緒だった。

「きゅわぁぁぁぁあああーーー!!」

息子たちの目はこれでもかと言わんばかりに輝いていた。もちろん僕と嫁も目を蘭々とさせた。犬ってこんなに可愛かったけ??僕らは犬のあまりの可愛さに平常心を失った。

犬種はパグ。これは長男が選んだ。
普段は周りの意見に合わせる長男だが、絶対にこれだけは譲れないと言ってパグを選んだ。いつも次男に譲ってばかりの長男がここまで主張するのは珍しい。なので長男はパグを優しく抱きしめて「超可愛いぃぃ!」と言いながら蕩けた表情をしていた。

パグちゃんは生後2ヶ月しか経っていない赤ちゃん犬で、サイズは両手に収まるくらいに小さい。歩き方もまだヨチヨチと頼りない足取りだ。ブリーダーさんから渡された母親の匂いがついた毛布に包まるとふぁぐふぁぐと鼻を鳴らしながら安心した顔でうたた寝をする。その様子を全員でうっとりと眺めていた。

「赤ちゃんってやっぱり可愛いよね」と母性本能をくすぐられた嫁がすっかり母親の顔をしている。長男が小3になり、次男も今年小学校に上がったので、段々と親の手から離れているのを最近よく感じるらしい。自分のことは自分でやるし、自分たちの世界で勝手に楽しく遊んでいる。まだまだ親離れの歳ではないが、嫁はそれを少し寂しくも感じているようだ。
そこにやってきたのが子犬だ。母性本能だって刺激されるはずだ。ブリーダーさんに言われたとおりドッグフードを水でふやかして柔らかくしてあげたり、そこら辺でおしっこしちゃうので「ほらほら、そこじゃないぞぉ〜」と世話を焼いている姿を見ていると息子たちがまだ赤ちゃんだった頃を思い出す。

僕も母性本能がついつい爆発してしまったみたいで自然と赤ちゃんに喋りかけるようにパグちゃんに話しかけちゃう。
「どうしたんでちゅか〜?お腹が減ってるのかなぁ〜?よぉ〜しよし〜歯が痒いんでちゅかぁ〜?いいぞぉ〜ほらはぐはぐはぐぅ〜可愛いでちゅね〜」

なぜ人は赤ちゃんを見ると自分まで赤ちゃんのような喋り方になってしまうのだろうか。しかしそれがとても気持ち良い。大人になってこんなにアホになれる時間はない。大人は無条件に力を抜いてアホになれる瞬間を求めているのかもしれない。子犬を前にした時だけを大人は心の鎧を外すことが許されているのだ。パグちゃんもそんなアホになった僕の顔をペロペロと舐めてくる。最高にわかりやすい犬の愛情表現に僕の心も蕩ける。

我ら家族は完全にパグちゃんに心を持っていかれた。世界の中心がこのパグちゃんになった日である。ペットを愛している人たちは多分この気持ちに共感することだろう。世界は犬(または猫)を中心に回っているのだ。
餌を食べたら喜び、おしっこをそこら辺でしちゃったら「しょうがないな〜」と笑いながら処理して、うんちをしたらお尻を優しく拭いてやる。パグちゃんパグちゃんパグちゃん。家族みんなでパグちゃんの一挙手一投足に熱視線を送った。

昼にパグちゃんを迎え入れて、一日中パグ一色で染まった我が家だったが、変化が起こったのは夕食後の出来事だった。次男が急に犬になったのだ。
「くぅ〜んくぅ〜ん」と鳴き始めて、人間の言葉を発さなくなった。「お?どうした?」と僕が聞くと「ふぁぐふぁぐふぁぐ」と言いながら四足歩行をしている。完全に犬になっている。僕がよぉ〜よしよしと頭を撫でてやるとお腹を向けてパグちゃんのマネをする。でもパグに比べるとかなりデカいのであまり可愛さを感じない。僕の周りをぐるぐる回ったあとに、嫁の元へと駆け出す。座っている嫁の足の上に乗って腹を出す。完全に犬になりきっているので犬語で話す。

嫁と僕はすべてを察して視線を送り合った。

『こいつ、、、犬に嫉妬してやがる!!』

次男はこの6年間、我が家の赤ちゃんポジションでずっとキープしながら甘やかされてきた。実際に超可愛がられていた。末っ子は可愛がられると世間では言われているが、我が家も例外ではない。まだまだチンチクリンの次男を嫁も可愛がっているし、長男も次男を子分のように面倒を良くみている。次男は生まれた時から今日この時まで家族の中で優遇されてきたのだ。その確固たるポジションを1匹の犬によって揺るがされているのを肌で感じているのだ。

四足歩行で部屋の中を走り回りながら、時折僕と嫁の元に駆け寄ってきて、ハァハァと鳴く次男。
いつもだったら可愛く感じるところだが、子犬のパグちゃんに比べると圧倒的にデカくて、客観的な可愛さでは言ったら完全にパグに負けている。しかし6年間かわいいかわいいと言い続けて育てられた次男にも意地がある。腹を見せ、ベロを出し犬のマネを続ける。

『こいつ、、、必死やな!!』

僕と嫁はそう思ったが、次男は今戦っているのである。新参者のパグに負けないようにめちゃくちゃ可愛いアピールをしているのだ。
下の子が生まれると上の子が寂しがっていじけるので親は気をつけなくてはいけないよ、と育児書にはしつこいくらいに書かれているが、どうやらペットがきた場合にもそれは起こるらしい。次男の必死の可愛いアピールを見ながら僕は感じた。

かつて長男も乗り越えたこの『さらなる可愛いものの出現』という試練を、次男がどう乗り越えるか楽しみである。

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