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フリースタイルバトル

数年前、会社の先輩が突然フリースタイルバトルに出る、と言い出した。ものすごい角度からの発想だなと思ったが、少年のように目をキラキラさせていたので、へぇ、いいじゃないですかと話を聞いていた。

どうやらYouTubeでバトルを見るのにハマったらしく、鎮座ドープネスやばいよな!とか呂布カルマのパンチライン半端ないよな!とかで熱をあげていた。

とは言うものの、見るのとやるのでは天と地の差。さすがに無理があるので冗談だろうと話半分に聞いていた。しかし、具体的な試合日程をすでに調べあげていて、お前もその日来れる?と誘われた。


え? おれもいくの?

っていうか、本気でやるの?

どうやら本気のようだった。行くのはやぶさかではないとして、どんなことになるのか皆目見当もつかなかった。

いつですか?と聞くと、来週。とこれまたとんでもないアンサーが返ってきた。ウソでしょ?素人が一週間でステージに上がろうとしてんの?どんな自信なの?

ちなみに先輩がラップしているのを見たことはないが、絶対にやったことがないことだけは分かっていた。そのトーシロが一週間で仕上げると言っているのだ。この時点で負けは確信していたが、怖いもの見たさのような好奇心が駆り立てられ、帯同することとなった。

打ち合わせを兼ねてカフェに行く。具体的な戦略や、どんな語り口なのかを聞いてみた。すると先輩は紙にさらさらと何かを書き、こんな感じでしょ?と渡してきた。

バイブス上昇中

さすがだな、と思った。相手の力を引き出そうとするリリックに好感が持てるし、かつ、純粋にバトルを楽しもうとしている。なにより、バイブスが上がってきているのだ。この夏、サマーと同じことを2回言うところも良い。その後もラップへの熱い思いをぶつけられ、カフェを出るまでの間、いいっすねぇとしか発言できなかったのを覚えている。

後日、練習がてらカラオケに行こうという話になった。愚かにもここで気付くのだが、この企画は先輩と自分だけの間で始まったものなので他に繋がりがないし、自分もやったことなどない。何を言いたいかというと、練習のしようがないのだ。サンドバッグだけ叩いて試合に出るボクサーのようなものである。


結局その日、普通にカラオケをして店を出た。


まぁフリースタイルなんで当日頑張ってください。という何も言ってないに等しい労いの言葉をかけた。大丈夫、あれだけバイブスが上がっているのだから。

当日。先輩はごりごりのラッパーな格好で来た。ラルフのシャツに、エビスジーンズ。胸ポケットにはレイバンのサングラス。首もとのゴールドチェーンが眩しい。キマってますね、と言うとドヤ顔で、だろ!?といった。気合いパンパン、やる気満々。早くやらしてくれといった感じである。

試合まで時間があったので、外で時間をつぶすことにした。渋谷には珍しい空き地の様なところに座り、いよいよですねと話していると、若手キッズ5.6人が同じ空き地に現れた。おそらく同じイベントの参加者であろう。

ちらちら見てくるので、まさかここで一戦あるのか!?と思った。そういう文化があったとしても不思議ではない。なにせこちらは素人なので、そんなことを知る術もない。すると、ゆっくりキッズ達がこちらへ近づいてきた。


やばいやばいやばいやばい!
と小声で呟きながら先輩は顔を背けている。自分はセコンド役なので何とも思わなかった。そしてとうとうキッズ達が目の前まで来て、その中のリーダーらしき人物が先輩に向かってこう言った。

あの、この間川崎のサイファーにいませんでした?


ん?なんか様子が違うぞと思っていると、先輩は顔を向き直して、


あぁ、行ったかな。

と答えた。するとキッズ達は興奮した様子で、おぉーッ!!という歓喜の声を上げた。


おれらもあの日行ったんです!!
あのバトルマジで凄かったです!!
またお会いできて光栄です!!


なんのこっちゃ、と思いながら先輩を見る。
すると先輩はしたり顔で、

あれね。良かった?と言った。

キッズ達はさらに沸いた。中には握手してくださいという者もいた。ひとしきり盛り上がった後、では今日も頑張りましょうね!!と元気に挨拶され、キッズ達は会場に向かっていった。

当然、先輩に問いかける。


知り合いですか?なんかすごい尊敬されてましたけど。


いや、知らん。


え?だって川崎がどうとか。

行ってない。そういうことになってるみたいだな。


ウソでしょ?あの場で、あの感じで、即興で返したの?


フリースタイルかよ笑 


恐れいった。やるやるとは聞いていたがここまでとは。そして同時に、試合もこれはいけるんじゃないかという感触があった。

定時になる。先輩は先程までポケットに入れていたサングラスをかけると、会場の薄暗い階段を降りていった。出場者と観戦者はここでお別れとなる。ぶちかましてください、と声を掛けると、任せとけと息巻いた。

何試合か終わり、とうとう出番がくる。
ステージに上がってくると、ひりひりとした独特な緊張感が伝わってきた。すぐさま先攻後攻が決まる。先攻。いよいよ始まる。空前絶後のラップバトルが!!


レディ!ファイッ!

ズビズビズビズビ…


○%×$☆♭#▲! %△#?◎&@□!



終わった…。思った以上に早かった…。

とにかく大声で何かを訴えているが、何一つ聞き取れない。勝負は先攻の1バース目で決まったのだった。

対して相手は、

似合ってないぜそのサングラス、場内はおれのファンクラブ、と小気味良いライムでフロアをロックしていた。私は、何も聞き取れないのに相手をしてくれてありがとうと思った。

2バース目。


□&○%$☆*! ◇%×$サングラス♭#■!
 


か、改善の余地なし…。もはやサングラスの所だけ聞き取れたリスニングテストみたいになってしまっている。しかも最初より声が小さくなっているではないか。 



かくして激闘は終わった。握手をして両者がお互いを讃えあう。相手はどの部分を讃えてくれたのだろう。ジャッジに入る。フリースタイルバトルは歓声の大きさで勝敗を決める。私は、

思いっ切り後攻に声をあげた。


試合が終わり、先輩とフロアで落ち合う。残念でしたねと声をかけると、あぁ、でもやりきった!と甲子園球児のような顔をしていた。
楽しもうぜサマーとはこのことだったのだ。

やりきったなら良かった、としみじみしていたが、あることを思い出した。そして、早くここを出ましょうと促し急いで階段を駆け上がっていく。

おいアンタ!!というキッズの声が響いていた。

                
                  fin.     

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