人生を肯定する物語

 よしもとばなな「デッドエンドの思い出」を読んだ。人生を肯定するために必要なものの一つが物語であるということを、改めて感じた。
 この小説を読むきっかけは、上白石萌歌さんのラジオだった。そのラジオにゲストでよしもとばななさんがいらっしゃっていて、上白石さんが最も大切な本の一つとして取り上げていた。以前から、少しではあるが両者に興味があったし、よしもとさんの優しくて、底の深い世界に潜りたい気分だった。
 私の想像以上に、底の深い話ばかりであった。そこにある心の傷に改めて触れた。読んでいて辛いと思うときもあった。しかし、そこにあるちょっとした欺瞞や否定、弱さ、淋しさ、意地、プライド、強がり、憎しみを、これでもかというくらいに優しく肯定してくれた。“読む“ことで、少し心の傷を癒すことができた。自分を少し大切に思えるようになる気がした。
 特に好きな物語は、「おかあさーん!」である。偶然、薬物をもられた食べ物を食べ、薬剤性肝障害になる。心身共に状態が悪くなるが、自分の心の傷や人生の一回性に気付きながら、徐々に回復し、自分やその人生を肯定できるようになっていく。最後に、

でもどこか遠くの、深い深い世界で、きっときれいな水辺のところで、私たちはほほえみあい、ただ優しくしあい、いい時間を過ごしているに違いない、そういうふうに思うのだ。
よしもとばなな デッドエンドの思い出 文春文庫 2006 p134

と、うまくいかなかった、別れてしまった人とのことを書いてる。これに、私は救われた。

 この本はケアであり、中動態の世界感である。意志がないから責任もない。なるべくしてこうなる。生産性とは無縁である。
 読んでいて、昔の辛かった過去がなぜか懐かしく思えた。私はこの本を何度も読み返すことになると思う。その度にどう感じるかが楽しみである。
 

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?