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みかんの色の野球チーム・連載第36回

第4部 「熱狂の春」 その8

 
 
 9回の裏、報徳学園の攻撃は、クリーンアップから始まった。
まず3番の米田に、吉良がデッドボールを与え、ノーアウト一塁。
「ぶっ」
 和尚がビールを噴き出したが、続く4番の安田をセンターフライに打ち取り、
「ふう」
 と、ひと安心。
 ホッとしたのも束の間。次打者への初球を吉良が投じるのと同時に、一塁走者の米田が二盗を決め、さらにサードゴロの間に三塁へ進んだ。
 ツーアウト、ランナー三塁だ。
 テレビの前に、もう浮かれる者はいなくなった。
 ここで打席に入った6番の大西、吉良のドロップの落ち際を思いっきり叩くと、打球はグングン伸びて、右中間を真っぷたつ。三塁から米田が生還して、報徳、1‐1の同点に追いついた。
 さらにツーアウト二塁で、こんどはサヨナラの大ピンチ。
しかし、続く7番打者の佐藤に、吉良、渾身のドロップを投じ、レフトフライに打ち取って、何とか同点で切り抜けた。
「ああ……、せっかくの1点リードが、水の泡じゃあ……」
 ビールの泡を口の周りに付けて、カネゴンのとうちゃんが嘆いた。
 
 試合は、ついに延長戦へ。
 10回の表、津久見の攻撃。
 先頭打者の5番前嶋が、フォアボールを選んで出塁した。
「いいぞーっ! ユキにいちゃーん!」
 ヨッちゃんの歓声とともに、再び活況を見せ始める観衆たち。
 続く6番の山口、一塁前にきれいにバントして、前嶋二塁へ。
「さあて、帰せよーっ!」
 その期待に応えて、7番の広瀬がレフト前へ打球を飛ばし、前嶋、三塁ベースを蹴ってホームイン。バックホームの間に、打者走者の広瀬も二塁を陥れた。
 津高、再び、2‐1でリード。さらにワンナウト二塁で、追加点のチャンスだ。
「よっしゃーっ! もう1点! もう1点じゃあーっ!」
 しかし、そこまでの期待には沿えず、後続の2打者が凡退。1点のリードにとどまった。
 
 そして10回の裏、報徳学園の攻撃。
 テレビの前に、もうビールやジュースを手にする者はいない。
 こんどこそ、吉良よ、抑えてくれ。みんなの顔が、そう言っている。
 報徳ベンチは、この回先頭のピッチャー森本に代えて、ピンチヒッターに住谷を起用。その住谷を、吉良、またしてもフォアボールで出塁させてしまった。
「あああ……」
 頭を抱えこんだのは、カネゴンのとうちゃん。
 次打者の送りバントが成功して、ワンナウト二塁。報徳、再度の同点チャンスを迎えた。
 打順はトップに戻って、吉田。吉良のドロップを引っ掛けて、セカンドゴロに倒れるが、この間にランナーはサードへ。チャンスは、ツーアウト三塁と化した。
 15人が、固唾を飲んで、見守る中。
打席に入った報徳の2番太田に、吉良、腕も折れよ!とドロップの連投。
太田のバットが、三度、空を切った。
 かくて、熱闘に終止符が打たれたのである。
 
「やったーっ! やったーっ! こんどこそ、やったーっ!」
「勝ったーっ! 勝ったーっ! やっとこさ、勝ったーっ!」
「決勝のホームを踏んだのは、やっぱりラッキーボーイのユキにいちゃんじゃったあーっ!」
「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」
「とうとう津高が、決勝戦に進出じゃあーっ!」
「ビールを飲めーっ! ジュースを飲めーっ! ぜーんぶ飲めーっ!」 
「さあて、甲子園じゃあーっ! 甲子園に出発じゃあーっ!」
「バスの発車は、何時じゃあーっ!」
「今夜の7時じゃあーっ! 津久見駅からじゃあーっ!」
「甲子園球場に着くのに、どれくらいの時間じゃあーっ!」
「15時間じゃあーっ! たったの15時間じゃあーっ!」
「ビールが要るのうーっ! 酒が要るのうーっ! 焼酎も要るのうーっ!」
「チョコレートも、キャラメルも、ガムも、煎餅も、饅頭も要るのうーっ!」
「将棋も、トランプも、花札も要るのうーっ!」
「坊主も要るのうーっ! なんまんだぶ! なんまんだぶーっ!」
「なんで、坊主が要るんかーっ!」
「相手の高知に、お経を上げちゃるんじゃあーっ!」
「そいつは、なかなか、いい考えじゃあーっ!」
「なんか、遊びに行くみたいで、ワクワクするのうーっ!」
「バーカ、遊びじゃ無えーっ! 津高の応援に行くんぞーっ!」
「そうじゃあーっ! みんなで、津高の応援じゃーっ!」
「明日も勝ったら、優勝ぞーっ!」
「この、津久見市が、日本一ぞーっ!」
「なんとまあ、おおごとに、なったのおーっ!」
「いいか、7時に、津久見駅ぞーっ!」
「分かった、7時に、津久見駅じゃあのーっ!」
「遅れるなーっ! 7時に、津久見駅じゃあけんのーっ!」(※注) 
 
 金子電器店球場は、これをもって、解散。
 ついに、本物の甲子園球場へ、みんなで乗りこむのだ。
 私の心は、どこまでも舞い上がっていた。
 この世に生まれて、12年と11か月。
九州の外へ出て行くのは、初めてのことなのだから。
 
 
 
(※注)「津久見人どうしの会話はまるで喧嘩をしているみたいだ」という第三者の証言を、筆者は何度か耳にしたことがある。たしかに言葉は荒っぽいかもしれないが、それは決して喧嘩をしているのではなく、むしろ仲よしであることの表れなのだ。


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