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2023春分日記

春分の日は、スーパーで小ぶりなぼた餅と桜餅のセットを買った。彼岸や重陽はなぜか和菓子が食べたい気持ちになる。ほうじ茶を淹れた。変わった茶器を持っている。急須が要らず、直接茶葉とお湯を入れ、ぴったりとは合わないようにつくられている蓋の隙間から茶葉を濾すように飲む。手軽に喫茶習慣がつくよう、お下がりを譲られたものだ。大切なものだからめったに使わず、習慣となるような期待にも添えていない、久しぶりに食器棚から引っ張り出してきた。

蓋付き茶碗と蓋置が二客と湯冷ましで一揃い

こういう形の茶器を見たことがない気がして調べてみると、これに注ぎ口がついていれば宝瓶に似ている。もしくは、大陸に由来のあるらしい蓋碗の、茶托のないものとも言えそうだ。しかし、蓋碗から茶托を除いただけにしては洗練されている意匠である。調べてみると、すすり茶、しずく茶あたりがヒットして、そこに出てくる画像にこれと似た形状のものがぽつぽつ見られた。贈り主も釜入り茶を好み、一回につききっちり三杯飲むうえ、出涸らしはご飯にのせて出汁をかけてお茶漬けにすると言っていたから、たぶん九州のほうの喫茶習慣だろうと思う。もう九年も前の会話を思い出していた日。

曇りの日は心も体も弱ってしまうが、雨さえ降ってしまえば湿気が肌になじみ、心地よく感じるようになる。濡れそぼる桜には同情するけれども、営みには雨が必要ということだろう。今年の桜は早かった。咲き始めから満開まで数日しかなかった気がするし、雨の週にぶつかっていた。通勤途中に一週間くらいかけて開花を見守るのが楽しみなのに。
この雨がやんだらしゃっきりしようと決めて、それまでは存分に落ち込んでいることにする。夜など何にもしたくなくて、YouTubeとかを眺めては(あっ今日初めて笑ったかも)というような感じでやり過ごしていた。オモコロチャンネルにはたいへんお世話になりました。

昔、機会があって自衛隊のプールを使わせてもらったことがある。深いところで五メートルくらいあり、それが珍しくて底まで潜ったりしてみた。五メートルもあると底に着く前に苦しくなるが、途中で引き返すのも容易ではない。底までたどり着けば蹴りあがることもできると思う。とにかく底まで行かねばならないのだ。それまでに死なないことが大事というか……。そういうふうに言い聞かせながら。

観光客が増えたこともあり、週末は家に閉じこもるくらいがちょうどいいかもしれない。家にいるので、昼食は自作することになる。ちょっと美味しいものを娯楽の気分でつくるとよい気分転換になる。たらこパスタ、牛肉のクリーム煮、サーモンの漬け丼。『羊をめぐる冒険』の主人公が山小屋で暇に任せて料理をしまくる描写が思い出された。あれほど手は込んでいないしお洒落でもなく、ましてや山に閉ざされているわけでもないけれど、頭を整理するためにキッチンに立つ必要性はよくわかる。それに、料理がたくさん出てくる物語は好きだ。
作り置きをしたいときはあいかわらず春キャベツを買っている。春キャベツとしめじとベーコンを、クリーム煮用に買っていた安い白ワインの余りで、にんにくをたっぷり入れて蒸し焼き風にしたら、なぜか、昔母が作ってくれて好きだったアサリの白ワイン蒸しの味がしてびっくりした。わたしがアサリと認識していたものは、ほぼ白ワインとにんにくだったことが判明。

混み合う週末を避け、仕事終わりに京都駅のえき美術館でミュシャ展を見た。体さえ動けば、気分転換に出かけていくことも大事だと思う。ミュシャ展は開催のたびに出かけていった頃もあったし、主なコレクションは見慣れた作品ばかりだけれど、ふと、連作装飾パネルの「一日:朝の目覚め、昼の輝き、夕べの夢想、夜のやすらぎ」と「四季:春、夏、秋、冬」をなんとなく見比べていて気付いた。四つの時を表現した四人の少女は、背景の雰囲気から一見、四季を表現しているようにも見える。春のパネルのようにも見える目覚めたばかりの少女は、どこか遠くをぼんやり見ているように見えた。
春は目覚めの季節なのだから、寝起きで思うように動けなくても仕方ないのかもしれない、とそのとき思った。

それから友人の展示にも行った。Rie Yamamoto「鹿の会」、鹿の角とテキスタイルを使ったオブジェなどの展示。鹿の角は三月頃に自然と脱落するというから、この時期に開催されるのにこれほどぴったりな展示もないと感心する。モチーフにゴタンダの短歌を使ってくれたものもある。

服を脱ぎ小さな舟に乗り込んでどこにも行けずに茹で上がる夜/月波

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京都での気ままな暮らしを綴っています。日記ですが、毎日書けないので二十四節気ごと、つまり約15日ごとにつけています。それで「二十四節記」と…

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