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風日記③ マクベスとサステナビリティ

日常生活のなかで、仕事の最中でも、ふとした瞬間、頭の中で唱える戯曲の台詞がある。

明日、また明日、また明日と、
Tomorrow, and tomorrow, and tomorrow,
時は小きざみな足どりで一日一日を歩み、
Creeps in this petty pace from day to day,
ついには歴史の最後の一瞬にたどりつく
To the last syllable of recorded time;
昨日という日はすべて
And all our yesterdays have lighted fools
愚かな人間が塵と化す死への道を照らしてきた
The way to dusty death.

消えろ、消えろ、つかの間の燈火(ともしび)!
Out, out, brief candle!
人生は歩きまわる影法師、あわれな役者だ
Life's but a walking shadow, a poor player,
舞台の上でみえをきっても出場が終われば消えてしまう
That struts and frets his hour upon the stage,
白痴のしゃべる物語だ
And then is heard no more. It is a tale
わめき立てる響きと怒りはすさまじいが、
Told by an idiot, full of sound and fury,
意味はなにひとつありはしない
Signifying nothing.

リズミカルで、好きだ。

大学時代は演劇部にいた。在学中にはじめて関わった公演が『マクベス』だった。

魔女の予言によって野心にかられた将軍マクベスが、妻にもそそのかされ、王殺しをはたらく。プレッシャーと罪の意識により錯乱。彼を取り巻く復讐の連鎖により、結果的にマクベスは首を落とされる。

マクベスが虚勢をはりながら最後の戦いに挑もうとしている。するとマクベス夫人の死の知らせがとんでくる。そのあとにこの決め台詞が続く。

演出家・鈴木忠志は『世界の果てからこんにちは』という作品で、このシーンを使っていて、マクベス夫人の訃報からこの台詞までを一部変更して引用している。

日本の男                                  なにを騒いでいた?
子ども                                      日本が、父ちゃん、お亡くなりに。
日本の男                                  日本もいつかは死なねばならなかった、
                                     このような知らせを一度は聞くだろうと思っていた。
                             明日、また明日、また明日と……(さきほどの台詞に続く)

「夫人」が「日本」に置き換えられたことによって、鈴木氏の日本(人)論が見えてくるというか、現在を生きる私たちの過去・現在・未来を、ある意味悲観的ないし皮肉的にとらえているのがわかる。

1991年初演。2011年に再演。東日本大震災を経験した年に上演していると思うと、解釈がまた違ってくる。

何と闘っているのか、もはやわからない、やせ我慢している、気も狂わんばかりのマクベス。同情よりも共感にちかい感情を抱く。

彼はパートナーの死を受けて、人生とは何かを語り始める。この時ばかりは、我に返るというか、正気に戻った感じがする。

信じていたものが打ち砕かれる。妄想が消え、現実だけがそこにある。

マクベスは死んだ。あたらしい信念をうちたて、生き直す前に運命の渦にダイブした。そうするしかなかった。

一方で。

戦前/戦後、震災前/震災後、まじめ/ふまじめ、うつつ/まぼろし。

精神世界と現実社会を行ったり来たりしながら、わたしはこの国で、馬鹿みたいに懸命に生きている。

世界が舞台だとしたら、わたしたちにはあてがわれた役割や台詞があり、壮大で不条理な物語のなかで、「プレイ」し、退場する。シェイクスピアがマクベスに言わせたように、たしかにそれが人生なのかもしれない。

「サステナブルは死への挑戦」。まーさんがわたしにそう教えてくれたことがある。

いつか死ぬ。あるいは死を知らされる。死=圧倒的現実、これだけは信じられる。

それまでにわたしは、自分でじぶんの台詞を書こうと思う。

人生に対して悲観的にならなくてもいい。日本人というアイデンティティは正直どうでもいい。好きな言葉をつかおう。どうせみえをきるなら堂々と。幕が上がったのなら、下りるまで。

明日、また明日、また明日と……呟きながら、仕事をする。

つづく


《参考》
シェイクスピア「マクベス」第五幕第五場 小田島雄志訳(白水社)
鈴木忠志演出・台本集Ⅴ「世界の果てからこんにちはⅠ」

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