三千世界

一面薄い橙色の花畑真ん中に女がいる。その女は黒く真っ直ぐな髪を靡かせて突っ立っている。ずうっとずうっと突っ立っている。花々が風に揺られてさわさわと揺れる音は、さながら浜辺を連想させた。一面の花は波だった。その美しい光景に恍惚としていると、不意に突風が吹いた。穏やかだった波は豹変し、荒々しい水しぶきを上げる。彼女は平衡を保てずに崩れ落ち、波に呑まれてしまった。私は彼女が溺死する光景をじっと見つめていた。風は吹き止み、また穏やかな波が訪れる。気がつくと彼女の死体は浜辺に打ちあけられていた。私は、彼女の色が紫色になって、微生物に分解されて、消えてしまうまで、ずうっとずうっと見ていた。

花畑に橙色の花がまた一輪咲いた。ナガミヒナゲシという花だ。その花は塩水の一滴となって大海原を蠢いている。ふいに目線を遠くにやると女が立っていた。黒く真っ直ぐな髪を靡かせ、こちらに微笑みかけていた。私は死してなお蠢く彼女を煉獄の様な人だと思った。私は彼女の為に祈った。そして彼女は私の為に祈るのだ。

あとがき


中学三年のとき、塾の国語のテキストで萩原朔太郎の詩についての批評文だったか、物語かが載っていた。そのなかに黒猫がおぎゃあおぎゃあと鳴いているという有名な詩がのっており、私の受験期の沈んだ心にハマってしまった。それから私はネットで萩原朔太郎短編集を買い、勉強の合間に読んでいた。この詩はその頃に作っていたものだ。なぜかナガミヒナゲシに惹かれていたことは覚えている。なんでだろうなあ。たぶん、通学路に生えていたナガミヒナゲシが綺麗だったんだろうな。話は変わるが、萩原朔太郎短編集の中に、北原白秋が出版に寄せて書いた文が載っている。その文はこう始まる。

萩原君。何と云つても私は君を愛する。さうして室生君を。
「月に吠える」抄 序

私はこの北原白秋の文章がこの詩集で一番好きかもしれない。いや萩原朔太郎も素晴らしいのだが!!

まあ何がいいたかったのかと言うと、萩原朔太郎はすげえと言うことだ。是非読んでほしいと思う。

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