「あんたが芸能人やったら撮られてんで」
母はよく、私がだらしのない行動をすると
「あんたが芸能人やったら今の撮られてんで」
と脅してくる。
一応断っておくが、私は芸能人ではない。
奈良県出身の28歳・会社員である。
テーブルに一度落としてしまったお肉を食べれば、「あんたが芸能人やったら撮られてんで」
風に煽られ倒れている自転車を知らんぷりして横切れば、「あんたが芸能人やったら撮られてんで」
レジ袋をケチり、荷物を両手に抱えてコンビニを出れば、「あんたが芸能人やったら撮られてんで」
という具合いだ。
カシャッ
『意地汚く落としたお肉を食べる元気モリ子氏(28)』
カシャッ
『倒れた自転車に気付かぬふりをし、先を急ぐ元気モリ子氏(28)』
カシャッ
『レジ袋代をケチり、荷物を両手に足で戸を開ける元気モリ子氏(28)』
私は「別に芸能人ちゃうし」と鼻で笑って応えながらも、いつも内心少しだけドキッとしている。
「まぁあんたがそれでええならええんちゃう?お母さん関係ないし」と、母もまた少しだけニヤリと笑う。
母はよく分からない人だ。
今も「母は○○な人だ」と書こうとして、しっくりくる言葉が見つからなかった。
優しい人ではあるけれど、しっかり人の悪口を言うし(母は嫌いな人を全員「う○こ」と呼ぶ。名前を出して悪口を言っているとふとした時にボロが出るかららしい。)、真面目な人ではあるけれど、食後によく変なダンスを踊っているし、明るい人ではあるけれど、「お母さんにだって影はあんのよ…あんたには分からんやろうけど…」と伏し目がちに訴えかけてきたりもする。
いい加減にして欲しい。
しかし、ひとつ言えるとするならば、
母はいつも自分の言動に自信を持っている、
と思う。
言い方を変えれば、
いつ撮られても良いと思っている。
それはただ物事の善悪ではなく、
嫌いな人を「う○こ」と呼んでいる瞬間も、
母にとっては撮られても良い瞬間なのだ。
なぜだかそんな心意気を感じる。
そしておそらく、私にはそれがない。
母に脅されるようになってから、
私は居もしないパパラッチの目を気にするようになった。
朝起きた瞬間から、「大人気アイドル・元気モリ子(28)」としての一日は始まる。
わかっている、何も言うな。
顔を洗って歯を磨き、
調子の良い時には風呂にも入る。
申し訳程度のベッドメイクも忘れない。
窓際に置いている青ネギの水を換え、私自身もお水を一杯いただく。
昨日よりも少しだけ伸びた青ネギに微笑むと、朝ごはんの支度に入る。
「どんなに忙しくても、朝ごはんは欠かしませんね。(微笑)」
某百均で買った緑色のランチョンマットに、チーズトースト・ヨーグルト・バナナ・プロテイン・コーヒーを並べ、丁寧に両手を合わせる。
「好き嫌いはありませんね。本当に、両親に感謝です。(微笑)」
一連の写真を撮り、「えらいやろ」というメッセージと共に母へと送ると、「ええんちゃう、知らんけど、そんなことしてる暇あるんやったらちゃんとお墓参り行きなさいや」と返ってきた。
そんな話はしていない。
母の突拍子のない一言で、私は一瞬のうちに
「青ネギに水をやり、朝から丁寧な暮らしをする元気モリ子氏(28)」
から、
「仕事を理由に墓参りに行っていない元気モリ子氏(28)」
へと見出しが大きく変わってしまった。
何かがおかしい。
思えばこれまでネガティブなスクープが多かったのは、この女のせいではなかったか。
「お年寄りに席を譲る元気モリ子氏(28)」
「忘れ物の指輪をインフォメーションに届ける元気モリ子氏(28)」
「友人の相談に徹夜で乗る元気モリ子氏(28)」
「最後の一つを子どもに譲る元気モリ子氏(28)」
これまでたくさんの素敵なスクープがあったはずなのに、不思議と揉み消されてきた。
いつも頭に残るのはネガティブな見出しばかりで、何か大きな力がそうさせてきた。
それが今はっきりしたのだ。
全てはこの女や!
この女が私の見出しを書き換えてたんや!
あんたが裏で嫌いな奴らを「う○こ」呼ばわりしてることリークしたんぞ!
「そんなことよりこないだお母さんがあげたスイカちゃんと食べたか?早よ食べやな傷むで」
慌てて野菜室を覗くと、萎びているとしか表現のしようがないスイカがひっそりと眠っていた。
先日母に会った際、今年初のスイカをお裾分けしてもらったのだ。
しかもちょっと良い小玉スイカである。
恐る恐る切ってみると、中もまた萎びている。
匂いを嗅ぐと、どちらとも取れる香りがした。
わざわざこんな重たいもんを持ってきてくれた母にも申し訳がないし、もちろんスイカとスイカ農家の方にも申し訳がない。
しかしお腹は壊したくない。
ここは悪いがごめんなさいして、母には「もちろん頂きました!美味しかったよー!」と嘘をつくか。
「嘘をつき食べ物を粗末にする元気モリ子氏(28)」
その時、そんな見出しが頭をよぎった。
私は一か八かでスイカにかぶりついた。
私は一流芸能人らしかった。
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