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人類の進化とは

 いままで経験のない蕁麻疹が出た。

 夜になって頭が異常なほど痒みだし、これは異常だと思いつつも床に就くと、寝ている間に頭を掻きまくり、朝には蕁麻疹のような腫れが顔まで広がっていた。Twitterで「辛イオネル・リッチー」などとふざけてつぶやいてはいたが、実際は赤ん坊のように泣き出す寸前であった。その日は仕事で医者に行けず、市販薬も効果なし。夜は冷凍庫の保冷剤・アイスノン総出で寝つこうとするも痒みにはまったく敵わず、布団の上でずっとぐるぐる回転していた。とても眠れたものではないので睡眠は諦め、休日でもやっているという2駅隣の皮膚科に朝から駆け込んだ。医者はろくに観察しなかったが、蕁麻疹だと判断したようで、「治っても薬を飲み続けよ。症状が続く場合もある。大人で蕁麻疹は大体ストレス」とだけ言った。

 本当にストレスか?と首をひねるも、薬を飲んですぐ落ち着き、もらった分はすべて飲み切った。だが平和が戻ったのも束の間、3ヶ月後に地獄の蕁麻疹、再発。地獄の、と書くと大げさなようだが、まったく大げさでも笑い事でもない。今度は病院に行かぬうちに腫れは引いたが、ある朝おでこの異変に気づく。触ると妙に膨らんでいて、ふかふかしているのだ。恐る恐る鏡を覗くと、そこにはシロイルカが、いた。あのおでこが突出したイルカである。人間30年生きてきて、まさかいきなりシロイルカに変貌するとは思ってもみなかった。カフカの『変身』の世界である。ただ変身したのが毒虫でなく、シロイルカなだけに悲惨さや不条理が微塵も感じられてこない。眉間のシワには定評がある私だが、額が膨らんだことでシワが消え、人相が若干良くなってすらいた。

 シロイルカの行く末いかに!というところで話は全く変わるが、私は手を使わず耳を動かすということが出来る。読者の方にも同じことが出来る人がいるかもしれない。人間には不要で衰退していった機能らしい。私にはなぜ残されているのだろうと、たまに耳をぴくぴく動かしつつ考えてしまう。「昔はみんな動かせた」と中学の理科の先生は言っていたが、この「昔」とは「とても昔」を指すのだろう。親も我が子が耳を動かせることに頗る驚いていた。これが出来ることで聴力が抜群に良いなどあれば大変有難いのだが、あいにく初めて見た人をちょっと笑わすぐらいしか役に立たない。

 羨ましいのは、視力が落ちない(落ちにくい)という人である。人並み以上に目を使い、なぜ落ちずに済まされるのか。何かと画面を見がちな現代、皆そうなれば、これほど時代に即した進化もない。しかしそのような進化が起こる事はなく、視力が落ちないという人にも肩が非常に凝るとか、他に悩まされていることがあったりする。私は視力こそ悪いが、肩は全然凝らない。低気圧などにも影響されない。当たり前だが皆それぞれ何かしらに悩まされ、何かしらの悩みと無縁ということなのだろう。与えられたカードで勝負するしかないとは良く言ったものである。また若い頃の悩みが減っても、老化で悩みが増えるという場合もある。老化のせいかは知らぬが、私もこの歳で蕁麻疹が出てしまったし、その後も肌が赤くなり、微妙に痒いときがある怪しい状態になってしまった。こうした変化を迎えるのは少なからず、、、いや結構ヘコむ出来事である。

 最後にシロイルカのその後だが、数日して私の額は何事もなかったかのように元に戻っていた。鏡には眉間にシワのあるお馴染みの顔が映っている。ポケモンでいうところの、進化途中にBボタンが押されて、進化が止められたのだろうか。いまとなってはどちらでも良いが、もう蕁麻疹のような不条理だけは勘弁してもらいたい。

追伸、シロイルカはおでこ内の脂肪組織(メロンというらしい)を自在に操れるらしく、耳を動かせる私はやはり素質があったのだと思う。そのメロンで相手と意思疎通したり、コウモリのように反響定位が使えたりするらしい。そんなわざが覚えられるなら、やはり進化しておきたかった。


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