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クソくらえ、クローン病!

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「クソ喰らえ、クローン病!」第1話~キクラゲが食べたい

「クソ喰らえ、クローン病!」第1話~キクラゲが食べたい

 俺が世界で1番ダサいと思っている映画批評家のTwitterページを眺めていると、そいつが豚骨ラーメンの写真をアップしていた。実に旨そうだった、死ぬほど食べたい。だがその時、俺の瞳に映っていたのは艶やかに煌めく麺でも、意地の悪いまでに大量の脂が浮かんだスープでも、歯に切り裂かれるのを待つ極太のチャーシューでもなく、その脇にひっそりと置かれ、黒衣の貴人さながらの佇まいをするキクラゲだった。美しいキク

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「クソ喰らえ、クローン病!」第2話~俺のクソはデカくて硬かった

「クソ喰らえ、クローン病!」第2話~俺のクソはデカくて硬かった

 「クソ喰らえ、クローン病!」前話はこちらから

 クローン病に罹る前、俺のクソはデカくて硬かった。別に健康的なものだったと主張したい訳じゃあない。俺は相当の偏食家で(おそらくこれは自閉症スペクトラム障害に起因する)野菜や果物がほとんど食べれず、代わりに肉ばかり食べていたから、そのクソは"不健康なまでに"デカくて硬かった。ケツの肉を圧迫し、切り裂き、切れ痔を生みだすほどに。だが今振り返る、便器の底

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「クソ喰らえ、クローン病!」第3話~今そこにある腹痛

「クソ喰らえ、クローン病!」第3話~今そこにある腹痛

 「クソ喰らえ、クローン病!」前話はこちらから

 クローン病は腸が炎症を起こす疾患だ。肉の壁は爛れて、鮮やかな血が流れる。ゆえに腹痛という痛みからは絶対に逃げられない。俺の症状はまだまだ軽度だから激痛で動けなくなるというレベルではない。だがその疼きは常に腹に蟠りつづける、もはや存在しない時がない。地下世界でドス黒い肉体をうねらせる怪物さながら、腹のなかで腸が蠕動する。この蠢きが肉体の内奥から苦痛

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「クソ喰らえ、クローン病!」第4話~ヨーグルトの魔、あるいは食の罪悪感

「クソ喰らえ、クローン病!」第4話~ヨーグルトの魔、あるいは食の罪悪感

「クソ喰らえ、クローン病!」前話はこちらから

 クローン病の治療において、食事療法というものが薬物療法と等しく重要だ。そのため厳しい食事制限は症状が寛解に至るための鍵となる。この中で例えばファストフードに代表されるような、脂質まみれの不健康食は特に食べることを制限される。少なくとも大学生が自炊は面倒臭いとばかり毎日マクドナルドのダブルチーズバーガーを貪る、なんて生活はもう絶対に無理だ。俺の大腸内

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「クソ喰らえ、クローン病!」第5話~スリランカのカレー、スーパーの寿司

「クソ喰らえ、クローン病!」第5話~スリランカのカレー、スーパーの寿司

「クソ喰らえ、クローン病!」前話はこちらから

 クローン病の診断が下ったその日の帰り道、憔悴しきった俺は母親に付き添われながらタクシーで家へと運ばれる。大腸の内視鏡検査で地獄の苦しみを味わい、クローン病という最低の現実を突きつけられ、俺は完全に生きる気力を失っていた。まるで棺に入れられ、火葬場へと運ばれていく死骸とそんな悲壮な状況下で、瞼の裏側に痛烈に焼きついた光景、というか看板が2つあった。"

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「クソ喰らえ、クローン病!」第6話~己の足を愛せ

「クソ喰らえ、クローン病!」第6話~己の足を愛せ

「クソ喰らえ、クローン病!」前話はこちらから

 クローン病は大腸などの臓器以外にも、予期せぬ場所に苦痛をもたらす。こいつが俺にブチかましてきたのは予期せぬ右膝の関節痛だった。数週間ベッドで寝たきりで過ごしていたことは何度も書いているが、ある時からトイレへ行くために歩く際に痛みを感じ始めた。右膝の関節で熱い、弾けるような苦痛が疼いた。最初の方は微かなもので我慢できたのだが"これはちょっとまずいかも

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「クソ喰らえ、クローン病!」第7話~4月1日、血便記念日

「クソ喰らえ、クローン病!」第7話~4月1日、血便記念日

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 2021年を以て、俺のなかで4月1日は血便記念日になった。いつものようにトイレで下痢便を噴射したのだけども、いつもと違ったのはその下痢が血便であったことだ。赤黒い液体にドス黒い粘った滓の群れ、紛うことなき血便。だが俺の肛門から血便が噴射されることは、悲しいことにそう珍しいことではなかった。第2話で書いたように、かつて俺のクソは不健康なまでに硬くてデ

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「クソ喰らえ、クローン病!」第8話~ラトビア、予期せぬ祝福

「クソ喰らえ、クローン病!」第8話~ラトビア、予期せぬ祝福

「クソ喰らえ、クローン病!」前話はこちらから

 今まではクローン病に罹った故の絶望感などそういう負の感情についてばかり書いてきたが、たまには希望について書かせてもらってもいいだろう。肉体的・精神的疲弊によってベッドから動くことができなかった時、メールが届いた。ラトビアの文芸編集者であるVilis Kasims ヴィリス・カシムスからだった。メールにはこう書いてあった。

 "久しぶりだね。やっと

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「クソ喰らえ、クローン病!」第9話~運命の内視鏡検査、待合室編

「クソ喰らえ、クローン病!」第9話~運命の内視鏡検査、待合室編

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 思い出したくないことがある。だがこの最悪の出来事こそを、俺は書くことで供養がしたい。あの運命の時間、大腸の内視鏡検査の時だ。

 家の近くにある小さな病院で血液検査をした際、血液に異常が見られた。赤血球や血小板が異常に多く、身体の炎症レベルを示す、普通は0.3が基準値のCRP値が9をブチ抜いていたのだ。医者はもしかすると血液か骨髄の病気かもしれない

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「クソ喰らえ、クローン病!」第10話~運命の内視鏡検査、ケツ穴ブチこまれ編

「クソ喰らえ、クローン病!」第10話~運命の内視鏡検査、ケツ穴ブチこまれ編

「クソ喰らえ、クローン病!」前話はこちらから

 待合室からやっと出られたはいいが、検査室の椅子でまた待つ羽目になる。この時の俺は"大腸に何か異常でてほしいな、そうだったら骨髄に異常はない訳だろ。まだマシだわ"とそんな甘っちょろいことを考えていた。皮肉だな、お前の願いの通りになったよ、クソ最低な形でだがな。
 何だかんだで名前が呼ばれて部屋に入っていくんだけども、部屋の内装を想いだそうとするだけで

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「クソ喰らえ、クローン病!」第11話~やってやれ、クローン病文学

「クソ喰らえ、クローン病!」第11話~やってやれ、クローン病文学

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 俺は例えば小説家だとかダンサーだとか、そういう芸術家/アーティストみたいな肩書は他称ではなく、絶対に自称であるべきだと思う。他称というのは自分の外にいる他者、もっと言えばある種の権威的存在にお墨付きをもらうってことでしかない。だが実際、芸術家としての立脚点はどこまで行っても自分と自分の作品でなければならない、それ以外には有り得ない。だから自分で自分

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「クソ喰らえ、クローン病!」第12話~4月7日から8日にかけて

「クソ喰らえ、クローン病!」第12話~4月7日から8日にかけて

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 4月7日の午後6時にガスが止まった。父親から風呂が沸かせないと言われて、母親の気が動転してしまう。狼狽しながらも色々と確認するなか、俺の家だけじゃなく近隣一帯でガスが止まっていることが発覚する。母親は隣人たちと相談した後にガス会社に連絡、すぐに作業員がやってくる……実を言えば、この風景を実際に見ていた訳じゃあない。俺はクローン病の調子が悪くてベッド

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「クソ喰らえ、クローン病!」第13話~コリコリ、コリコリ

「クソ喰らえ、クローン病!」第13話~コリコリ、コリコリ

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 クローン病だと診断されて厳格な食事制限が始まってから、俺の口のなかに様々な食べ物の感触が思い浮かぶようになった。今後一生食べられないとは言わないが、格段に難しくなった食べ物の数々だ。読者に尋ねたいが、俺の場合に一番思いうかぶ食感っていうのは何だと思う? ぜひちょっと考えてから、視線を動かしてくれ。考えたか、じゃあ答えだ。もちろん色々思いうかぶが、1

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「クソ喰らえ、クローン病!」第14話~ひからびてカラカラになった大腸

「クソ喰らえ、クローン病!」第14話~ひからびてカラカラになった大腸

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 前のコブクロ話の続きだ。クローン病だとか潰瘍性大腸炎でTwitterを検索すると、病の当事者たちが思い思いの言葉を呟いていることが分かるだろう。患者数の少ない難病ではありながら、実際にはこんなにも多くの患者がいて自分のことを語っているのには驚かされる。ある側面で、こんなにも仲間がいるのかと勇気づけられる。だが一方でこの病気がもたらす苦境というやつを

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