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咳止めクライシス なぜ調剤薬局から「すべての咳止め」が消えたのか?

「患者さんからお電話です」

事務員さんが私に伝える。
(咳止めだろうな…)
とボンヤリ考えながら電話に代わる。

「咳止めってありますか?どこに処方せんを持っていっても無くて…」
「申し訳ないのですが、本当に入ってこないんです…」
「そうですよね…」

今週に入ってから、何度も繰り返したやり取り。
別の患者さんが薬局に入ってくる。処方せんを持っている。

「あのー、この薬って揃いますか?」

アスベリン錠。
咳止めだ。

「この咳止めだけ、無いですね。医師に確認して無しにしてもらえば他は揃うのですが」
「じゃあ無しでも大丈夫です」
「分かりました」

医師に電話する。

「アスベリン錠の在庫がありません。患者さんには了承を頂いたので、削除していただけませんか?」
「じゃあ変更でも良いのですが、何ならありますか?」

「何も、無いです…」


これがいま、調剤薬局で働く薬剤師の日常です。

現在、咳止めが手に入りません。

アストミン錠、アスベリン錠、メジコン錠、リン酸コデイン錠。
小児ならアスベリン散、メジコン散、アスベリンシロップ。
漢方なら麦門冬湯、あとは…

って回りくどいですね。
単刀直入に言います。

全部です。
全ての咳止めが入庫しません。

なぜそんなことになっているのか?
薬剤師として、その舞台裏も分かっている私が解説します。

どうして咳止めが無くなったの?

咳止めが無くなった根本的な理由は実は「コロナウイルスの影響」です。

え?コロナウイルスは落ち着いたのに?
と思いますよね。
むしろ、「落ち着いたから」今の状況があるとも言えます。

話は今年の8月に遡ります。
ニプロESファーマ株式会社の担当者さんが薬局に来られました。
咳止めの中でもかなりのシェアを誇る「アスベリン」のメーカーさんです。
(ちなみに、小児に処方される咳止めの多くが「アスベリン」です)

下に文書を載せてありますが、かいつまんで言えば、
「コロナによって受診控えや、感染への対策が行われたことにより、ここ2年間アスベリンが全然使われなかった」
「だからアスベリンの生産量をかなり落とした」
「コロナが終わり、感染症が爆発的に増えた」
「急に生産量を増やすことはできないため供給できなくなった」
という説明を受けました。

最大シェアのアスベリンが不足したことにより、代わりに他の咳止めが処方され続けるようになります。
そしてついに10月、全ての咳止めが根絶されてしまった、というわけです。

出典:ニプロESファーマ株式会社HP

つまり今回の騒動、ひと言で言えば
アスベリンのメーカーがやらかした
ということになってしまいますが、メーカーの気持ちも分からないこともないんです。

2021年と2022年は、本当に咳止めが出なかったんですよ。
長年薬剤師をやっていますが、インフルエンザの薬を調剤しない冬なんて初めての経験でしたし、
風邪で受診する人もほとんど見掛けませんでした。

ニプロESファーマに対して、
「計画性が無さすぎる」「どう責任取るの?」
と非難したくなる気持ちもわかります。

しかし使用量の少ない状況で、同じように薬を作り続ければ期限切れになって大量廃棄になるだけです。
もしアスベリンがごっそり廃棄になったら会社が傾くでしょうね。

とはいえ経営判断のミスなわけですから、責任問題は発生しますし、実際大変なクライシス状態にはなっているのですが、
もともとの問題としてはこういった「タイミングの悪さ」が大きいと思います。


以上が、今回の騒動の真相です。
ここから2年間は、同じような状況が続くでしょうね。
感染症がまん延する冬が恐ろしくて仕方ないです。

ちなみに一つだけ豆知識を述べておくと、
「圧倒的に足りない」というだけで「新たに作っていない」わけではないので、
月の始めには(少しだけ)入ってくる場合が多いです。
上旬に受診した患者には咳止めが出せるけど、下旬には出せない」というおかしなことになるかもしれません。

医師におかれましては、本当に咳止めが必要な(肺炎・気管支炎リスクのある)患者さんだけに処方していただけると幸いです。
少なくとも「ちょっと咳も出るんですよね」という患者さんに対して咳止めを処方する段階は、とうに過ぎていることはご理解いただきたいです。

普段は趣味の読書をもとに考えたことを発信するほか、主に子育てに関するニュースに対して所見を述べています。
よければ他の記事も読んでみてくださいね。

それでは。

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