日本は何故アメリカと戦争したのか?(13)日中戦争だけは日本の勝利で終わらせたいという思惑・その3・東条英機は駐兵問題の譲歩を拒否した

 前回の続き。
 これまで述べたとおり、石油禁輸後の昭和16年の8月~9月、近衛文麿は日米首脳会談により交渉を妥結したいと考えていた。
 ところがアメリカはそれを拒否した。正確には拒否では無く、日本が事前にアメリカの要求を受諾するならば、首脳会談に応じるという回答(昭和16年10月2日)。

 アメリカが何故そうしたのか?というと、それはアメリカの戦争準備が遅れていたからだった。そういう状況で日米首脳会談に応じた場合、ミュンヘン会談のように、アメリカは日本に譲歩しなければならなくなるかもしれない。アメリカはそれを嫌った。

 ではそのアメリカの要求とは何なのか?というと、要するにそれは『6月21日米国案』だった。それは日本に対し、日独伊三国同盟の死文化を求めるものであり、ハル四原則(領土保全と主権尊重、内政不干渉、機会均等、太平洋方面の現状維持)の受け入れを求めるものであり、中国に関する日本の要求を拒否するものだった。

 ところが日本は、そこまで受け入れることは出来なかった。だから結局、日米首脳会談は開かれなかった。

 しかしその後も総理大臣の近衛文麿は、交渉妥結を目指して頑張った。ここで近衛文麿が考えたのが、駐兵問題の譲歩。しかし陸軍大臣の東条英機が断固としてそれを拒否した。
 昭和16年(1941年)10月12日には、東条英機はこのように↓発言している。(『杉山メモ』より)

(前略)駐兵問題ハ陸軍トシテハ一歩モ譲レナイ、所要期間ハ二年三年テハ問題ニナラヌ、第一撤兵ヲ主体トスルコトカ問題違ヒテアル、退却ヲ基礎トスルコトハ出来ヌ陸軍ハガタガタニナル、支那事変ノ終末ヲ駐兵ニ求メル必要カアルノタ日支条約ノ通リヤル必要カアルノタ、所望期間トハ永久ノ考ヘナリ、(後略)

 その後、昭和16年(1941年)10月14日の東条英機の発言↓(これも『杉山メモ』より)

(前略)次ニ撤兵問題ハ心臓タ撤兵ヲ何ト考ヘルカ陸軍トシテハ之ハ重大視シテ居ルモノタ米国ノ主張ニ其儘服シタラ支那事変ノ成果ヲ壊滅スルモノタ満洲国オモ危クスル更に朝鮮統治モ危クナル帝国ハ聖戦目的ニ鑑ミ非併合、無賠償トシテオル支那事変ハ数十万ノ戦死者、之ニ数倍スル遺家族、数十万ノ負傷兵、数百万ノ軍隊ト一億国民ノ戦場及内地テ辛苦ヲツマシテ居リ尚数百億ノ国幣ヲ費シテ居ルモノテアリ普通世界列国ナレハ領土割譲ノ要求ヲヤルノハ当然ナノテアル然ルニ帝国ハ寛容ナ態度ヲ以テ臨ンテ居ルノテアル駐兵ニヨリ事変ノ成果ヲ結果ツケルコトハ当然テアツテ世界ニ対シ何等遠慮スル必要ハナイ巧妙ナル米ノ圧迫ニ服スル必要ハナイノテアル(後略)

 そして東条英機は、9月6日の決定に従って開戦決意に進むよう、近衛文麿に圧力をかけた。「戦争ハ心配タ」と言う近衛文麿に対して「アナタハ自分ノ身体ヲ知リ過キテル、相手ノ身体ヲ知ル必要カアル相手ニモ随分欠点ハアル」(『杉山メモ』昭和16年10月14日)。

 結局、両者の閣内不一致により第三次近衛内閣は総辞職、昭和16年10月18日、東条内閣が成立する。よく知られているが、昭和天皇はそこで国策の再検討を内大臣・木戸幸一を通して東条英機に伝え、東条英機も昭和天皇の権威は無視できず、甲案・乙案による最後の日米交渉が行われる。
 その甲案と乙案にも、やはり日中戦争関連の条項が含まれていた。駐兵問題については、外相・東郷茂徳は撤兵を主張、陸軍は永久の駐兵を強硬に主張、海軍は消極的に陸軍に同意、結局、永久に近い期限付きの駐兵(およそ25年)とアメリカには伝えるものと一応決まり、それが甲案の内容となる。ただし『杉山メモ』の記述では↓で、実のところ陸軍に撤兵の意思は皆無だった。

今迄通リ、但シ外交上ノ応接トシテハ所要期間ヲ概ネ二十五年ト応酬スルモ可、ト定マレリ
本件ニ関シテハ杉山、塚田ハ強硬ニ不同急ヲ繰リ返シ東郷ハ「撤兵スルモ経済ハヤレル否寧早ク撤兵スル方可ナリ」等現実ヲ忘レタルコトヲ主張セリ海軍モ駐兵ニ熱意ナク参本カ極力主張シ論議沸騰ス
総理ハ「永久ニ近イ言ヒ表ハシ方」ニヨリ年数ヲ入ルルコトヲ提議シ、九十九年、五十年、三十年、二十五年等ノ外交上ノ表現法ニ付二十五年ヲ採用スル如ク提議シ次長ハ二十五年ナトト年数ニ触レル弱気ヲ見セルコトニ特ニ不同意ヲ表明セリ (米ハ二十五年、二十年、十年テモ恐ラク受諾セサルベシトノ観測多シ)

 つまり、満洲と日中戦争については、日本は譲歩するつもりは無かった。それはそのためにアメリカと戦争になってもよいということであり、それは日本はアメリカに勝てるという判断(ないしその捏造)からでもあった。

 以上、太平洋戦争勃発には日中戦争が深く関係している。および日米交渉も。なのだが、その関係の仕方は込み入っており、これがまた厄介な話になる。


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