『白い世界が続く限り』 第四話 【初めの記録・初めの記憶】

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第四話
「へ~、経験あったの?上手いじゃん~」
 あれから何度か初心者コースを繰り返し滑って慣れてきた頃、最初に別れたナックさん達と合流した。後ろから私の滑りを見ていたようで、褒められて素直に嬉しい。
「と思うじゃん?初めてだって。」
「ほ~。まぁ初めてでも滑れちゃうのがスキボの魅力だよね~。」
 リフト乗り場で順番を待ちながらナックさんとあきふゆさんとで話をする。しおてんさんはみつまるさんが用事がある言うことで、一旦別れてセンターハウスの方に二人で向かっていた。
 私たちは初心者コースも大丈夫という事で、初心者コースから滑って今日のイベントのメインコースとなる隣の第四ゲレンデに向かう事になっていた。
 とは言え、やっぱり不安はある。
「そっちのゲレンデ、わたし大丈夫でしょうか?」
「ん?ぜんぜん問題ないよ!初心者コースと斜度はそう変わらないから。真っ直ぐで平らで、むしろ滑れるなら初心者コースより滑りやすいゲレンデだよ。」
「そうそう。スキボにはうってつけ~」
 二人がニヤニヤしている。背の高いトナカイと背の低いサンタの取り合わせは何となく合ってる気がする。
「そういやナックさん、山頂コースどうだった?」
「ん~?さすがに雪はまだ少なかったけど良かったぜ~!あとでいくかい?」
「もっちろん!」
 2人は仲が良さそうに感じる。そこでふと思い立って私は提案してみた。
「あの、次リフトはひとりで乗ってみたいです。練習に……」
 練習……と言うのは取って付けた理由みたい。今日はこれまであきふゆさんやしおてんさんのサポートありでリフトに乗ってたけど、ひとりで乗れるようになれば、あきふゆさんもナックさんたちと山頂コースに行くことが出来るはずだ。……ずっと私の付き添いと言うのも何となく申し訳ない。
「お~、大丈夫そう?」
「多分……先に乗るので何かあったらよろしくお願いします。」
「おうよ、シカバネは踏んでやるぜ!」
 あきふゆさんになら踏まれても痛く無さそうだ。
 あ、そう言う趣味じゃ無いから。

 自分の順番がきて少し緊張する。もう何度か経験しているとおり、合図を見て前に進んで、立ち止まって椅子が来たら座る。それだけのはずだ。
「はい、どうぞー」
 リフトの方が前を合図してくれた。少しワタワタしながら前に……わ、もう椅子が来そう!
 と、椅子がゆっくりになった?おかげで所定の場所で立ち止まると椅子が後ろに、座るとふわりと私は浮かんだ。
 ちょっと不安になって後ろを振り返ると、二人がGJ!ってな感じで親指を立てて反応してくれた。
 良かった、乗れた。
 少し安心すると周りを見る余裕がうまれる。少し重みを感じる足にはスキーボード。短い板だけど、最初よりずっと頼もしく感じる。正直、長い普通のスキーよりも安心感がある。
 持て余すしか無かった感じだもんな、長い板は。曲るにしても止まるにしても踏ん張らないと出来ないからスピードを出したいとも思わなかったし、リフトでのあの重さはブーツの痛みもあって苦痛に感じた。
 ちゃんとブーツを合わせてくれたお陰もあると思うけど、違和感が全然無い。なので余裕の感じ方が全然違ってる。
 空中にぷらぷらと釣られて周りを見る。高さのおかげで見渡しが良いし気持ち良い。余裕があるお陰でこうしたひと時もいい感じ、なんだかひとりでリフトに乗るのも悪くない。程なく降り場に到着して、今まで通りに降りることも出来た。
「いーじゃんいつみん!もう一人前だね!」
 一人で乗って降りれたのであきふゆさんが褒めてくれる。
「そうですね。これで独りになっても大丈夫そうです」
 私はニコリと返す。
「そうだ、今更だけどいつみんは高いところは大丈夫?ここのリフトは比較的低いけど、リフトが高いところは高いのがダメな人だとキッツイみたいだから」
 高いところは……あんまり意識したことないな。
「高所恐怖症とかは多分ないかと……あきふゆさんは高いところはダメなんですか?」
「なら良かった。実はね、あたしはまだ大丈夫だけど、しおさんは高いところはダメなんだってよぉ」
 人が居ない所で思わぬ暴露。
「そうそう。リフトでやたら話し掛けてくるのはそれが理由かもね~。」
 ナックさんがニヤニヤ笑っている。確かにリフトの上でたくさん話を聴いた。
「え?スキーってリフトも高いし、高いところから滑りますよね?」
「滑る分には平気みたいよ~。前に誘って夏に登山に行ったときは面白かったなぁ、せっかく山頂に到着しても怖いからって立てないの。いい眺めなのにここまで来てなにしてんの?って感じでさ~」
 多分この二人はその光景を冷やかしながら見ていたんだろうなぁ。
 そんな話も聴きつつ、初心者コースから第四コースへは、コースを横切るように滑る必要があるそうで、ナックさんたちが先導してくれることになった。なんでも行き先を間違うと地形的に板を持って少し登らないとならないらしく、それはちょっと大変なんだそうだ。
 赤い板を履いたナックさんがすいっと前を滑っていく。それを見て私もついて行くと、途中でクルッと回ったり後ろ向きのままで滑ったりと、ナックさんはとても自由に滑る。
 グラトリって言うんだっけ。なんかすごいなぁ。例えるならフィギュアスケートのような軽やかさ。スキーであんな動きが出来るなんて、動画では凄く驚いたけど、実際に見てみても凄い!
 話によると、既に今の私でも技の幾つかは出来るらしい。けど、とりあえず私は滑るので十分な気もする……。
 ……やっぱりその内できるようになりたいかも。
 ナックさんについていくと、初心者コースより明らかに広くて長いコースが現れた。そこはとても盛況で、リフト待ちも初心者コースに比べてとても長い。
「いやぁ、流石に混んでるねぇ。」
 追いついたあきふゆさんがその光景を見て応えた。
「まぁ、まだ山頂コースが空いてるからマシじゃないかなぁ。」
 少し広い所で三人でコースを眺める。
「いつみちゃんは大丈夫そうかな~?」
「多分…大丈夫?」
 自信はないけど、多分。
「よっし、まずは滑ってみるか~。降りてくればしおさんたち二人とも合流するっしょ」
 と言うわけで早速リフト待ちに並ぶ。ここは待っている人数だけで五十人くらいは居そうだ。その中にはもちろんサンタやトナカイの格好の人も多く、みんな楽しそうだ。
 ふと目をやるとリフト待ちの列の少し離れた広い所で、ゲレンデのスタッフさん達が準備をしていた。多分クリスマスイベントの為のものだろう。今回の参加者は参加賞に抽選会に参加出来る事になっていて、賞品には佐久穂高原スキー場の一日券などをもらえるらしい。
 そう言えば車のない人って、どうやってスキー場まで来るんだろう?
「え?足がない場合?ここだと最寄り駅からの路線バスかスキーツアーかな?確か甲府からも出てたはずだよ。」
「他のスキー場だと専用のバスが往来してる場合もあるね~。有名どころはだいたいあるよ~」
 とのことだ。もしリフト券が当たっても無駄にならなそう。
「何?ひとりで行こうとか考え始めた?」
「いや、そう言うの知らないんで何となく……」
「まぁいつみんなら、前もって都合訊いてくれればあたしがいくらでも迎えに行くよ!」
 ありがたいお話だ。
「じゃ、じゃあその時は相談します」
「ぜひぜひ!」
「いいなぁ~。俺も誘われたいなぁ~」
「ナックさんは年齢が倍くらい違う女の子に期待しないの!」
 え?そんなに違うの?
「え~。まだしおさんと違って40にもならないのになぁ~」
 え?しおてんさんって四十代なの?
「そうそういつみん。ナックさんには今高校生の娘居るから。誘うならそっち誘ってあげてね」
「もれなく俺がついてきます。あとみつまるも~。」
 なんだか笑顔で返すしかなかった。

 第四リフトは初心者コースのリフトと違ってコースと平行に延びていて、気持ち速度も初心者コースのリフトより速そうだ。乗るときに割と勢いよくふくらはぎに椅子が当たってびっくりした。
 あきふゆさんと再びリフトに揺られると、あきふゆさんが話し掛けてきた。
「どう?楽しめてる?」
 私は直ぐに肯定した。
「いきなりだったけど楽しめてるなら私も誘った甲斐があったもんだ。ふふふ。あ、スキボ発見!」
 あきふゆさんの言葉に視線を追うと、ゲレンデにスキーボードを履いてる人を発見した。
「スキボもさぁ、増えたけどまだまだ少なくてねぇ。見つけると嬉しくなるんだよね」
 確かにこうして空から見ると多くがスノーボードで、長い板のスキーヤーも半分くらいいる。スキーボードは少なくて探せば見つかるくらいだ。
「スキーボードって少ないんですか?」
「うん、色々事情があるみたいでね。今履いて貰ってるそのしおさんとこのスキボは気にならないけど、普通のはそのままだとイマイチ滑りにくくてね。」
 あきふゆさんがちょっぴり残念そうな顔をする。
「そうなんですか。何が違うんです?」
「ん~。簡単には違和感かな。普通の板は結構違和感強いのよ。履き比べると直ぐ判るくらい」
「そうなんですか。違うものなんですね。」
「やっぱり最初のフィーリングって大事じゃん?それが悪い方に感じやすかったみたい。私は最初からこの板だけど、長いことやってたナックさんとかはかなりショックだったみたいよ、GR板との出会いは」
「あきふゆさんは最初からスキーボードだったんですか?」
「最初は当然みたく地元の仲間に誘われてボードやったけどね、ぜーんぜん滑れなくて。お尻は痛いし手も捻挫したし。で、心折れて仲間と別れて休憩してたらなんかスゴいのが滑ってるのを見ちゃってね。それがスキーボードとの出会い。」
「それがあの動画?」
「そうそう。たまたまそのゲレンデでしおさんのGRがイベントしててさ、で色々訊いたらやりたくなって、仲間とは泊まりで来てたから次の日にGRのイベントに混ざって、色々借りてってのがあの動画」
「そうだったんですね。あきふゆさんって結構積極的?」
「んー。かもね。どっちにしろ仲間と一泊二日で来てて次の日もボードってのは無理そうだったし、その時にナックさんたちにも出会ったしね。あの瞬間に冬の過ごし方が変わった気がするなぁ」
 私もそんな気がする。
「そだ、いつみんも動画撮ってあげるよ!きっと良い記念になるから!」
 と言うことでリフトから降りた私に、スマホのカメラが向けられる事になった。

「はーい、いつでもいいよー。」
 第四コースはとても真っ直ぐなコースで、その山頂で私はドキドキしていた。初心者コースが滑れるようになったとはいえ第四コースは初めてだし、周りはスキーもボードも上手な人たちばかりで急に気が引けてきた。
 ちょっと怖いかも。
「ちょーっとナックさん!邪魔!入ってこない!」
 小躍りしてるナックさんが確信犯的に撮影の邪魔をしてきてるみたいだけど、そんな精神状態なので気にならない。
「ん~?邪魔なんてしてないよ。」
「確実にしてるって!」
「はっはっは~そうだいつみちゃん。いつみちゃん?」
「は、はい!?」
「この辺ボーダーとかで混み合うから少し下に移動して始めようか」
 確かにコースの始まりのところはボードの人達が座ってギコギコと板を装着してるから混んでる。
 ナックさんがそう言って人の少ない少し下った先に降りて手を降ってくれた。
 釣られて少し降りていく。そしてナックさんの所で止まると、ナックさんがまた話し掛けてきた。
「さ、もう滑った。あとは自由だよ、じゃあね~」
 ナックさんがニコリとしてすーっと後ろ向きのまま離れて滑って行ってしまった。
「あ。」
 躊躇していた私、さり気ない気づかいに何となく気がついた。私は気持ちを新たに白い世界に進んで行く。
 初心者コースとは違う広がり。段々と頬に感じる風が気持ち良くなってくる。
 なんて言うか、解放されてる。広いゲレンデを滑るって、こんな気持ち良さなんだ。こうして経験するまで、滑る事がこんなふうに感じるとは思わなかった。日常生活では決して味わえない感覚、遮るものの無い自由な感覚。
 それが意のままに動いてくれるスキーボードだからなおのこと!最初の小さな恐怖感は全く薄れてる!右に左にとただただ滑るだけだけど、感じるのは気持ち良さ!止まったらもったいないって感じるそれは、撮影されてることとか、サンタの恰好だとか、今日が初めてのスキーボードだとかを忘れて、自分の中に生まれた新鮮な快感だった!
 上から見て何とも遠いと感じた第四コースは、物足りなくなるように感じるくらいあっと言う間に麓まですべりきってしまった。
「よーし最後に記念撮影!はいポーズ!」
 ガラにもなくピースしてしまった。後で見せて貰った私の写真は、私じゃないくらい笑顔だった。
 
 
 
 

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