『白い世界が続く限り』 【幕間 はらぺこ侍の定食屋行脚】

前話まではこちら

幕間

 ごきげんよう、視聴者の諸君。はらぺこ侍だ。今日はリクエストのあった山梨の定食屋『こうふ食堂』に来ている。デカ盛り系食レビュアーとして山梨デカ盛りの話は聞いていたが、噂通りのものだった事を先にお伝えしておこう。
 
 店はまあよくある定食屋の店構えで、これと言って特徴は無い。住宅街にあるので地元民が多いかと思いきや、駐車場のナンバーを見ると県内外から大勢来ているようだ。
 店内はこれもよくある雰囲気で、まったくここが拙者を満足させる店と思えない。メニューを見るとごく普通のラインナップでごく普通の値段だ。気になったのがやはり山梨、ほうとうと鶏もつがメニューにある。カツ丼と煮カツ丼が並んで書かれているが、これには何か違いがあるのだろうか。
 私がメニューを物色していると、姉妹とおぼしき二人が入店して私の隣の席に座った。女性が来るというのは、定食屋として評価が高い事を意味する。地元の娘達だろうか。
 拙者はまず前菜に餃子とあんかけ焼きそばを注文した。これの伴はもちろん烏龍茶だ。常々言うが、中国三大発明は紙、火薬、羅針盤ではない、餃子、ラーメン、烏龍茶だ。
 烏龍茶が直ぐに出てくるあたりはさすがと言えよう。寒い時期だが氷で冷やされた烏龍茶は変わらずにうまい。
 ほう、隣の姉妹はラーメンライスと煮カツ丼を頼んだようだ。煮カツ丼は気になっていたからありがたい。
 雰囲気を楽しみつつ待っていると餃子が届いた。いや、待て、これは餃子か?枕の間違いではないのか?
 一口で食べる事はできない大きさ、箸で持ち上げるとずっしりと重さを感じる。ここまで大きいとタレに付けて食べるより、上からタレとラー油をかけてしまった方がいいな、拙者はさらにテーブルコショーを餃子には使う。視聴者の皆も使ってみるといい、飛ぶぞ。
 かぶり付いた肉感はむしろハンバーグだ。肉汁が野菜の水分と極上のスープとなって、皮に閉じ込められている。うまい。タレの酸味がキリッと味を引き締め、コショーが香りを増加させている。そう言えば皿を手に持って餃子を食べる経験はあまり無いな、この手にずっしりとくる重さのほとんどが旨さの塊だと思うと、かぶり付く勢いも増すと言うものだ。
 このタイミングで運ばれたあんかけ焼きそばだが素晴らしい。山梨はその由来について山成し、山で成しているという意味から山梨と名が当てられたそうだが、まさにここにあるのはあんかけの山だ。皿から溢れていて器のサイズ感を間違っている。
 そうそう、この定食屋はほぼ全てのメニューで大盛りができるが、通常メニューでこの大きさ……これは大盛りが期待できる。フランチャイズの定食屋の違いも解らないような大盛りと同じに思ってはいけないだろう。
 このあんかけだけで、一日の野菜の必須摂食量を優に超えているな。健康になってしまいそうだ。
 おもむろに野菜を纏わせて麺を頬張れば……うまい、これは烏龍茶が進む。中国では主菜となる餃子だが、餃子を頬張った口にあんかけ焼きそば……うまい、旨味が増して最高だ!おかみさん、烏龍茶のお代わりだ!
 お、隣の姉妹にも注文が届いたな。大きな姉には拙者が違いに気になっていた煮カツ丼だが、ほほう、丼が大きい。カツもあれは二枚カツだろう、十分な量で頼もしい
 ちいさな妹の方はラーメンライス。そうだ、ラーメンとライスだ。この二つをバランス良く食べる黄金比は一対一、つまりラーメンとライスは同じ量でなければならない。器の縁までなみなみと盛られたラーメン、同じ重量はあるであろうライス。レンゲは用意されているが使わないのが流儀だろう。左手にライスのどんぶりを持ち、ラーメンをかきこむのが正しくラーメンライスを楽しむ方法なのだから、やはりこの定食屋はよく分かっている。とはいえ、あの小さな妹にはラーメンだけでも十分な量ではないだろうか。
 さて、拙者も前菜に次いでメインを頼もう。少しラーメンライスに意欲をそそられたがこのメニューにあって気になってしまったもの、オムライスだ。もちろん大盛にするのは忘れない。数ある定食メニューにあってひとつだけの洋食メニュー、これはつまり、自信の一品に違いない。
 拙者は残りの餃子やあんかけ焼きそばを楽しみながらオムライスの到着を待ちつつ隣の姉妹を見る。二人とも勢い良く食べ始めていたが、先に箸が止まったのは妹だ。麺が増えるなどと不思議な事を言っているが、時間が経てば更に増えるぞ。
 初めは勢いもあった姉の方は半分くらい食べてピタリと箸が止まった。ここから見える丼の断面図はこれも一対一。素晴らしい、まだ普通のカツ丼一杯くらいの分があるし最後までバランス良く楽しめるぞ。デカ盛りはバランスが何よりも大切なのだ。
 妹は、ラーメンの攻略に作戦を定めたようだ、ライスはほぼ手が付けられないまま何とか食べ進めている。姉の方は頑張って食べているが、丼の奥の味噌汁に気づいていないな、一口啜れば口がリセットされて再び美味しく食べられると言うのに。
 いやいや、余所見はいけない。真摯に目の前のメニューを味わおう。あんかけ焼きそばには味変の楽しみもある。お酢をかければサッパリ食べられる。
 腹も半分程度は落ち着いたところで前菜は完食だ。烏龍茶が口を洗い流し、次の準備を促してくれる。
 隣の姉妹は。ダメだなあれは、完全に箸が止まっている。姉の方はあとカツが二、三切れという感じだがご飯がだいぶ残っている。ようやく味噌汁の存在に気づいたようだがもう遅い、少しだけ口を付けて置いてしまった。
 妹は限界を超えてラストスパートと、一心不乱にラーメンを掬い上げるがその量は一本、二本。その小さな身体で十分頑張ったと思うぞ。
 そうして観察していると、食べ終わった餃子とあんかけ焼きそばの皿が片付けられて大皿がテーブルに乗せられた。ほほう、中華鍋の半分ほどの大きさのオムライスとは素晴らしい。
 オムライスは冷めてしまうとおいしくない。熱々のうちにスプーンで頬張る。うまい、純粋に洋食でなく、ケチャップ味のチャーハンと玉子という組合せが期待を裏切っていない。大盛りに恥じぬ量、どれだけ大きく頬張ってもオムライスは減っていく様子を見せない。
 またこの味噌汁がいい。気取らずに流し込めるぬるい味噌汁は最高だ。姉も初めからこの味噌汁に気づいていたならきっと完食出来たであろう。いまはふたり、カツ丼はタッパーに、ライスはおにぎりにして貰って持ち帰る準備をしている。その顔はもう十分と言うのがわかる、デカ盛りはこうでなければならないな。
 さて、拙者も残りを楽しもう。今日の満足感は星四つに値する。山梨にはまだまだデカ盛りの店があるようだから、楽しみが尽きないな。

 しかし、煮カツ丼はわかったがカツ丼は何だったのだろう。これは再び行かねば。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?