『白い世界が続く限り』 第九話 【ブーツ選び】

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第九話
 あきふゆさんの車が山梨に入る頃にはずいぶん日も暮れてきた。実家のある韮崎まで来ると辺りはもう真っ暗で、たまに見かけるクリスマスのイルミネーションが綺麗だった。
「私の実家、この辺なんですよ」
 実家は国道から少し登ったところで桃とちょっと離れた所でお米を作ってる。この時期は剪定とかが仕事だけど、静岡のいちご農家に手伝いとかにも行っている。桃農家の年末頃は暇になるので静岡への手伝いは何年も前からこの時期の恒例になっていて、お兄ちゃんはそこで彼女を作って結婚したから、今年の冬は親戚の家の手伝いに行ってる事になるな。
 昨日はたまたまお義姉さんの出産準備とかのこともあってお兄ちゃんが帰って来てたけど、いちご農家のクリスマス前ってものすごく忙しいんじゃなかったっけな?
「へー。韮崎が実家なんだ。ゲレンデ近くていいねぇ」
 意識してみると確かに近いと思える。そう言えば山梨のスキー場ってどこがあるんだろう?確か富士山のあたりにあったような?
「河口湖だと遠いですか?」
「一応二つスキー場あるけど、あそこ行くなら長野に滑りに行きたいからなあ。それでもナックさんたちよりはマシかな」
「ナックさんたちは東京でしたっけ?」
「そうそう。都内じゃないからマシみたいだけど、帰りはいつも渋滞だって。」
 渋滞は嫌だなぁ。バイクだとあんまり気にならないけど、バレーボールの遠征とかでバスが渋滞にハマると大変だったもんなぁ。スマホや本があるから良かったけど、運転してればそんな事できないだろうし。
「さて、お店だけど任せて貰っていいよね。竜王少し過ぎるけど」
「あ、全然大丈夫ですよ。駅が有るところで降ろしてもらっても帰れますし。」
「いいよ、送るよ~めんどうでもないし」
 なんだか悪いなぁ。
「そしたら夕飯くらい奢らせて下さい、車まで出してもらっててさすがに……」
「んー。今回はあたしが誘ったし……因みに食べるとするなら何?」
「あきふゆさんは何が食べたいですか?」
「うーん、今日はマトモに食べてないからお米たべたいなぁ」
「お米ですか。じゃあ和食系か定食屋さんですか。」
「あ、ひとりで定食屋さんって行きにくいから定食屋さんいいなぁ」
 この一言で、私は後に地獄を見ることになるなんてこの時は気付きもしなかった……。

 山梨だと割と見かけるスポーツ量販店に到着した。ここはバレーボール時代にも何度か来ているので割と馴染みのお店だ。
 その店の一階の奥はスキー用品がびっちり!いつもそちらは見向きもせずに二階のバレーボールのコーナーに行ってたから意外と新鮮に見えた。
「山梨だとスキー用品はだいたいここだよね。他もあるけど種類は多分一番多いと思うよ。」
 奥の棚にずらりと並ぶ板やブーツ、あちらにはスキーウェアもたくさんあって目移りしそうだ。
「そして……あ、あったあった。」
 あきふゆさんに導かれて行くと、少ないけどスキーボードが売られていた。だけどしおてんさんのブランドのものは無さそうだ。
「スキーボーダーって、買うつもり無くても確認しちゃうんだよね。」
「これらは今日履いたのと違うんですか?」
 見た感じ……デザインが安っぽいと言うか値段を見ても安い気がする。私が今日借りた青い板でも四万円くらいと聞いていたので、値段を見比べると不思議なくらい安く感じる。
 それか、あの板が高いのかな?
「こういうのはねぇ、まあ量産品だから安いのは当たり前、スキボのいいやつはだいたいお店に無いんだよねぇ」
「え?じゃあどうやって買うんですか?」
「しおさんのとこのはオンラインショップか、確か東京とか山梨にもお店に出てるけど、他の海外の板とかはネットで買うかネットオークションだねぇ」
 そうなんだ。でも山梨にもお店あるのか。
「その山梨のお店っていうのは?」
「昭和の方にあるんだけど、スキー専門店だしそっち行くなら時間ある時の方がいいから、また機会見て案内するよ。」
 昭和か。だとすればアパートから近いかな?
「今日はとりあえずだしね。さすがに今日は買わないでしょ?見るだけならこっちかな?って。」
「お気遣いありがとうございます」
「って、専門店はあたしが緊張しちゃうってのと、イマイチ場所覚えてないんだけどね。ははは。」
 あきふゆさんがそう言いながら一台スキーボードを手渡してきた。
「うわ、軽い……」
 渡されたスキーボードは、デザインは正直魅力を感じないけどびっくりするくらい軽かった。
「でしょ?それが一番手に入れやすいスキーボードみたい。ビンディングがプラスチックで軽くて安いけど、デメリットもある。」
 言われて値段を見ると確かに安い。重さも明らかに軽さを感じるほどだ。
「デメリットって言うと?」
「スッゴい乗りにくい。真っ直ぐすべるのも大変なくらい」
「え?それってどうなんですか?」
「詳しいことはあたしも知らないんだけどさ、こういうのって工場で沢山作ってそのままお店に並んでるらしくて、仕上がりが良くないんだって。」
 それが普通かどうかは分からないけど、スキーの板ってそうなんだ。
「その分安いし、しおさんのいうチューンすればだいたい良くなるらしいけどね。とはいえ安いからって初心者におすすめしないよ。」
「安かろうってヤツですか?」
「まぁそんなとこ。くわしいことはしおさんにきいてみるといいよ、あの人、基本なんでも応えちゃうから」
「頼もしいですね。」
「スキボ愛がスゴすぎるのよ。スキボの為に起業するってよっぽどだよ。お陰であたしもスキボ楽しめてるんだけどね」
 全然想像つかないけど起業かぁ。わたしって、どんな仕事するんだろ?目標も無く適当な会社に就職出来るように大学で経営を学んでいるけど、今の自分はスゴくうっすら、自分の足がやりたい事の方に一歩踏み出しているような気がした。

 ブーツのコーナーは板の並ぶ奥にずらりと並んでいた。正直、どれも同じに見える。
 値段はピンキリって感じかな。高いやつはとても買えそうな値段じゃない。
「すいませーん!」
 あきふゆさんが近くに居た店員さんに声をかけると、続けてこう言った。
「友達の足の実寸と幅を測って欲しいんですが?」
 店員さんが一瞬「え?」って顔をしてあきふゆさんを見たのをわたしは見逃さなかった。見た目で妹とかと思ってたら友達と言ったから予想してなかったんだろうなぁ。
 しおてんさんが26cmあたりでと言ってたからそのサイズで、と思ってたけどキチンと測れるみたい。少し伺うと、足のサイズは別に専門店でなくとも簡単に測って貰えるそうだ。
 木の枠に足を置いてサイズを計ってくれる。26.2と25.9?右足の方が少し大きくて幅はちょっと広めみたい。
「どんなブーツをお探しですか?」
 店員さんが幾つか出してくれるみたいで、訊ねてきた。それにあきふゆさんが答える。
「初心者向きで硬くないヤツってどれですか?」
「だとすれば……初心者向きだとこのあたりですかね。」
 店員さんがそう言って幾つか出してくれた。
「スキーの靴下とか持ってこられてます?」
「靴下ですか?」
 そう言えばあきふゆさんに言われて、店に着いた時に替えの靴下に履き替えてた。だけどこれ、バレーの時の靴下なんだよね。
「バレー用ですけど履いてきてます。」
「ああ、バレーのなら大丈夫ですね。」
 話を訊くと、ブーツ合わせの時はスキーの靴下が良いらしいけど、似ているバレーボール用とかサッカー用でも良いみたいだ。
 因みに無い場合は貸してくれるとのこと。……靴下はあんまり借りたくないなぁ。
 とりあえず一足履いてみる。なんだかふかっとしていてあったかく感じる。ブーツの上のモケモケとした装飾があったかそうな性能を感じさせる。
 でも締めてみるとなんかブカブカしてるような?確かこう言うのダメなんだよね?
「ちょっと緩いみたいです?」
「このブーツはゆったりしてるんで、だとすればこちらの方がしっかり履けると思いますよ?片足だけ脱いでこれと履き比べて見てください」
 へー、片足で履き比べるのか。言われて次に出された白いブーツは、最初のものと比べて狭さを感じる。
「うーん、横幅が厳しいっぽいです。」
 履いた感じ、足の甲のバックルを締めたら痛くなりそう。
「そのモデルは少しタイトなんですよ。とすればこのあたりですかね。」
 そして出されたブーツは白と黒のツートンカラーでカッコいい。白いブーツを脱いで履き比べると、明らかに良さそうな気がした。
「あ、これいい感じかもです。」
 と、値札が見えた。え、三万!?
「これ、エントリー向けより少し滑れる人向けなんですが人気なんですよ。」
 店員さんがニコニコしている。他のブーツの値札を見比べると、モケモケが二万五千、白いのが二万でこの中で一番高い。
 うーん。困った。基準がよく判らないからこの金額が妥当かどうかも判らない。見渡すと本格的なヤツとかは七万とか書いてあるし……
 あきふゆさんは……あ、いつの間にか一人向こうでブーツを履き比べてる。
「な、何がちがうんですか?」
 とりあえず判らないのだから訊いてみる。
「最初のは快適性重視ですね。キツいブーツを好まない方や、初心者にお勧めです。白いのは比較的コスパがよい初心者向けで、今履いて貰ったのはフォーミングインナーになってます。」
「フォーミングインナー?なんですか?」
「ある程度自分の足に合わせて成形できるものです。履いてると自然に馴染んでいく素材が使われてます。」
 へー、そう言うのあるんだ。
「えーと、じゃあ例えばもっと安いのとかあります?比べてみたいです。」
「安いのですか……このあたりですね。」
 そうして出てきたのが真っ黒の飾り気も無いブーツ。見比べると安っぽいのが素人に判る。試しにと履いてみると、履くときから違和感があって、なんだか全然良さそうに感じなかった。
  値段は……二万もしない。
「全然ちがうんですね。」
 店員さんにそう言ってみる。
「ええ、このブーツは本当に安いだけなんで。予算があるなら断然そちらをお勧めします。」
 今右足に履いている白黒のブーツはスゴく馴染んでる感覚がある。しおてんさんに借りたブーツは二番目の白いブーツに似てたかな?
 そうして少し悩んでいるとあきふゆさんが戻ってきた。
「どうよ?出会った?」
「うーん。なんかこの白黒のが良さそうなんですよ。ただ他が判らないんで……」
 今日の昼間にブーツの良し悪しなんてものが有るのを知ったばかりだ。なので判る筈もない。ただ、このブーツはしっくりきてる気がするのだ。
「そしたら……そうだ店員さん、冷やかしになるけど、とびっきり上等なフリー系のブーツってあります?」
「柔らかめ、でですか?」
「スキーボードなの。あたしたち」
「あー。でしたら……」
 と、出されたのは黄色いブーツ……ってなにこれ軽っ!
「フリー系オールラウンドモデルですが、スキーボードみたいなスキーにお勧めしてますよ」
 値段は……七万二千円……
「は、履いてみても?」
「もちろんどうぞ。」
 恐る恐る足を入れてみる。ん?足の裏の感覚も随分ちがう気がする?
「うわ、全然違う……」
「今一番お勧めですね。フリー系の方も良く選んで頂いてますよ。これは色々カスタムできるので、長く使いたい方にもお勧めしてます。」
 なんだろう?足の包まれ感が段違いだ。
 しかし……値段……。
 そこにトドメの言葉が入ってくる。
「このモデルは人気なのもあって、26のサイズだと在庫これだけなんで、店頭品ってことで……コレくらいにできますよ。」
 と、店員さんがたたいてくれた電卓の表示は58000円。
 一万四千円も安くなるの?でもその値段は……
 そうして悩んでいるのが伝わったのか、あきふゆさんが助けてくれた。
「いつみん、夕方とかに近々このお店に来れる日ってある?」
「近々ですか?お昼ならバイトある日でもこれると思いますが……明日とか明後日とか……」
「じゃあ、一旦取り置いてもらって考えれば?」
「え?そんなの出来るんですか?」
 その話を聞いていた店員さんが横から答える。
「構いませんよ、明日の夕方までなら仮で取置きしますよ。」
「本当ですか!買わないかもしれませんが……」
「高い買い物ですし、良く検討して頂ければ。こっちのブーツも在庫少ないんで、ついでに仮で取置きしますよ。」
 と、気になっていた白黒の方のブーツも取り置きしてくれる。な、なんて親切な店員さんだ。
「明日の私の出勤が夕方までなので、もし来られない場合は電話でご連絡頂いても宜しいですか?」
「は、はい宜しくお願いします!」
 勢いと言うか、なんか買う話になってしまった。まぁブーツは買わないとならないし、あとは帰ってお財布と相談しないと……。
 そんな事を考えながら、私はお礼の為にあきふゆさんと定食屋に向かうのだった。
 

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