『白い世界が続く限り』 第二話【支度】

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第二話
 ひとまず支度と言うことで車に戻る。最初からスキーウェアとか着てきた私はほぼ支度が出来ているので、日焼け止めを塗りたくってあとはサンタの衣装を纏う。といってサンタエプロンを付けて赤いサンタ帽子をかぶるだけだけども。
 ゴーグルはあきふゆさんに借りた。雪目って言ってたかな?無いと目が大変な事になるらしい。
 にしてもサンタエプロン。試してなかったから今気付いたけどこれ、短いな。エプロンと言うか、前掛けみたいになってないかなこれ。まぁ、ウェアの上からだし、隣でせっせと着替えてるのに比べれば……
 あきふゆさんは凄かった。あざとさ全開のフリフリサンタのワンピース!背中にはなぜか小さい羽根がついていて、小さな雪だるまがあしらわれた赤い帽子も良く似合っている。薄いウェア?の上から着ているみたいだけどウェアの色が赤なので違和感ないし、下はわざわざ超厚手のタイツ履いてた。
 これに大きめサングラスなのだからもう完全に年齢不詳。今日は隣の私が母親扱いされても致し方ない。
「すっげーなあきふゆちゃん。本気だね〜?」
「あったり前よ!昨年の失敗は糧になったわ!」
 話に聞くと昨年も同じイベントがあったとのことだが、あきふゆさんは意図せず大人用の衣装を用意してきた。だが着てみると大きすぎてブカブカだったようで、滑っていて油断するとはだけたり脱げたりしてしまったため、最後には赤いマント状態で滑ったとの事だ。
 その様を面白おかしく編集した動画があるらしい。
 見たい。
 ひとしきりみんなでちっちゃいサンタを愛でると、視線がこちらに渡ってきた。
「いつみさんもそれ、いいね。」
 と、みつまるさんに言われた。
「確かに……ミニミニエプロンはなんとなく攻めてる感あるね」
「え、この格好ヤバイですか?これしか着れそうなの無かったんですが……」
「いや、いいよ。……そのまま頑張って頂きたい。」
 なんだか男性陣が尊いものを見るような目で見ている気がする。なんだか急に恥ずかしくなってきた。
「よーし、今日は二人で攻めるよ!いつみん!」
「い、意味わかんないです!」
 男性陣はオーソドックスな感じで、しおてんさんはごく普通のサンタの格好だ。ナックさんは割と手の込んだトナカイの格好で、みつまるさんはサンタの格好だけど着崩していてなんかガラの悪さみたいなものを感じる。
「それはさておき、いつみちゃん足のサイズ6.5だって?」
「は、はい。すみません」
 話がブーツの話題になったが、思わず謝ってしまう。足の大きさもコンプレックスの一つだ。だって、可愛い靴なんてこのサイズではまず無いし、ローファーとか履くとでっかい船みたく大きさが異常に目立つ。だから普段は地味目な色のスニーカーを愛用しているんだけど、こう言うサイズはほぼ男性向けのコーナーなのでじっくり選んだことがあまりない。
 気兼ねなくては選べるディスカウント系の靴屋のアウトレットコーナーはありがたい。
「そしたらこれ履いてみて。ダメなら他のサイズも持ってきたから」
 用意されたのは重くて硬いスキーのブーツだ。でも知ってるのとちょっと違って、本格的なブーツのような雰囲気を感じる。スキー教室で借りたのは後ろに一つだけバックルがあったやつだけど、このブーツは前に3つも付いてる。
「緩めて履けばいいんですか?」
「ん?こういうの初めて?レンタルは後ろにバックルのあるやつだった?」
「はい、そうだったと思います。」
「スキボ、あ、スキーボードってスキボって略されるんだけど、スキボはこっちのタイプのブーツの方が良いんだよ。全部緩めて足入れてみて?」
 しおてんさんがかちゃかちゃとバックルを外していくので真似して外して、そして足を入れて……入らない。
「あ、ブーツ硬いから思いっきり横に広げちゃっていいよ、壊れないから」
 ぐいっと足の入れ口を手で開くとズボッと入った。よかった。
「そしたらしっかり踵に体重かけて、そのままで足の先とか痛んだり当たるとこある?」
 入れた感じは硬さを感じるくらいで痛みは無さそうだ。
「大丈夫だと思います。」
「そしたらつま先のバックルから順に締めていくね。痛かったら言って?」
 なんとしおてんさんが締めてくれた。パチン、パチンと締めていくとだんだんと圧迫感を感じる。こういうのって、ちゃんとしたやり方とかあるのかな?
「どう?」
「……大丈夫です。」
 一通り締めてもらうとなんとなくスキーブーツというものを思い出した。硬くて重い感じ。スキー教室のそれは違和感しか感じなくて、しばらくすると痛みが出てしまって緩めて履いたけど、痛みはしばらく感じて嫌だった。
「もう片方は同じように自分でやってみて?」
 言われて自分でもやってみる。自分でやってみると力の入れ加減というか、バックルを締めるのに少しコツが要る感じだったけど、慣れればそんなに苦労することは無いと思った。
「履けました。このベルトみたいなのは?」
 ブーツの一番上、そこにマジックテープのベルトみたいなのがついてる。スキー教室の時のには無かったように思う。
「それはパワーベルトって言って結構大事なものだけどとりあえず今は置いといて、そのまま締めた状態で痛みは感じる?あと踵浮かない?」
「痛みはないですけど……踵はなんとなく浮くような気がします。」
「少し歩いてみて?」
 コツコツと歩いてみる。スキー教室の時のブーツに比べれば格段に快適に感じるけど、なんとなくフィットしていないような気がする。
「踵、浮きますね。多分。」
「やっぱりね。じゃあ片方こっちの履いてみて?ブーツを脱ぐ時はバックルを全部開いてふくらはぎのとこを押さえて踵を引き抜くように脱ぐと脱ぎやすいよ。」
 と、同じデザインのものを差し出された。言われた通りに脱いでみると意外と楽にスポッと抜けた。
 そして渡されたブーツを履いてみる。同じに見えてこっちは履きにくかったし、足を入れてみて少し狭さを感じた。だけどバックルまで締めるとこっちのブーツの方が一体感を感じる。
 そのまままたコツコツ歩くと違いがわかる。
「痛く無いですしこっちの方がいい感じがします。踵も浮かない感じです。」
「うん、スキーブーツって足の実寸で選ぶんだけど、自分の普段の靴のサイズだとだいたいブカブカなんだよね。それ、26.0の奴だから次からはそれ基準で覚えておくといいよ。因みに痛みはある?」
「……多分ないと思います。スキー教室の時のは途中からくるぶしが痛くて大変でした。」
「あー、それよくある。だいたいそれはサイズが大きすぎたのが原因でさ、大きいと中で足が動いちゃってね。スキーブーツは足が動かない方が痛みは出ないんだよ。あと大きめのブーツは足が臭くなる。」
「臭くなるんですか?」
 重大な事実だ!
「って言われてるけど多分そう。ブーツ大きいと足に汗かきやすくなるから、臭いの原因になるし、足冷えの原因にもなる。……なかなかぴったりのブーツには出会えないけどね。」
「そうなんですね。」
 スキーで汗をかくってあんまりイメージにないけど、確かにスキー教室では足が痛くなっただけじゃなくて、足が寒かった事も思い出した。
「とにかくスキーブーツはぴったりの物を選ぶと快適だし暖かいし、上達も早くなるしケガも防げるよ、覚えといて!」
 とりあえず両方26.0のブーツで履いてみてもう一度違和感をチェックする。硬くて重いのに不思議と一体感が感じられる。
 思えばバレーボールシューズもサイズがちゃんとしてないと怪我の原因だった。成長期の最中だった小学校4年の時、すぐ履けなくなるからと大きなシューズを履いて足を捻挫した時は大事な大会前で、チームにも迷惑をかけて凄く後悔したのを思い出した。
「まぁ今日はお試しだから痛みを感じたらすぐ言って?じゃ、その靴と板合わせるから片方だけ脱いでもらって良いかな?」
 ピッタリのブーツはちょっと脱ぐのが大変だった。ブーツを受け取ったしおてんさんがガチャガチャと何か調整して合わせている――調整のために身長と体重を教えたのは少し恥ずかしかった。安全の為との事だから仕方ないけど。
 はい、と片側のブーツと一緒に渡されたのは短い青い板。デザインはなんか凄く綺麗。流星の絵と木々の影というシンプルなデザインだけど清潔な雰囲気があって、イメージにあったスキーの板と印象がだいぶ違う。
 短いのにきちんと作ってある感じ。レンタルのスキーの板しか知らないけど、明らかにこっちのほうが良い。
「綺麗な板ですね。借りちゃって良いんですか?」
 なんと言うか、例えるなら大事にしてる本を借りたようで恐縮してしまう。
「もちろん!それ、初めての人にオススメの板だから。元々試乗板だから気にせず使って!」
「ありがとうございます……」
 私にとって初めてのスキーボードは、なんとなく特別感を感じるものだった。なんだか見とれていると、他の皆さんもめいめいに支度を終えて道具の用意をしている。あきふゆさんは後ろの荷台から板を取り出し、ナックさんたちは同乗してきたのだろう大きな車から板を取り出している。
「スキーボードって、短いからとても楽そうですよね。」
 周囲で屋根の上や車から長い板や大きなスノーボードを取り出している他の人のをみると、手軽なスキーボードの利便性を感じる。
「そうなの。長くったって120cmぐらいだからね、だいたいの車に収まるね。」
 あきふゆさんがニコニコしながら答えてくれる。
「原付で持ち歩くのは……流石に無理ですかね?」
「そうでもないと思うよ?」
 あきふゆさんが長細いバッグを取り出して片側の肩に掛けて言う。
「こういうバッグに入れちゃえば背負っても邪魔じゃないし。あ、でも原付でスキー場に行くのが現実的じゃないか……。」
「ん?そうでもないっすよ。前にここで原付で来てた人見ました。」
 あきふゆさんの意見にみつまるさんが答えた。
「え?佐久穂に?」
「ええ、マジっす。思わず写真撮っちゃいましたし。白馬の方のスキー場だと自転車でくる人もいるみたいっすよ」
「うわー。猛者だなあ。真似はしたくない。」
「原付なら車種にもよるっすけど、スタッドレスとかスパイクタイヤとかなくはないですからね。いつみさんは原付乗ってる人?」
「あ、ええ。原ニのスクーターです。」
「へぇ、原二って便利だよね。」
「なにその原ニって。」
「原付2種っすよ。簡単にいえば30km/h制限のない原付っす。2段階右折もないから街乗りなら全然楽っすよ。」
「へー。いつみんそう言うの乗ってるんだ。」
「兄がバイク好きな人で、勧められて小型二輪まで取ったんです。」
「いいなあ。ちびっこのあたしでも乗れるかな?」
「スクーターなら乗れますよ。でも多分あきふゆさんだと引き起こしできなそうだから、もしかして無理かな?」
「なにその引き越しって」
「倒れてるバイクを一人で起こすんですよ。けっこう重たくて、これができないとバイクは免許取れないです。」
「そんなのあるの?いつみんもやった?」
「え?はい、一番最初に。まぁでも小型なら大丈夫じゃないですかね?」
 と思って思い返して、そしてあきふゆさんを見る。う〜ん、このちびっこサンタが倒れたスクーターを起こせるのかな?
 ふと、ちびっこサンタが倒れたバイクを起こそうと四苦八苦しているのが思い浮かんで、ちょっと面白かった。

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