『白い世界が続く限り』 第十話 【アルバイト】

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第十話

 昨日は完全に食べすぎた。持ち帰ってきたカツ丼はまだ冷蔵庫にあるけど、一晩経った今も全然お腹が空く気配が無い。
 昨日はあれから噂に聞いていた定食屋に行ったけど、凄かった。あれはコスパがいいとかそう言う話じゃない、戦いだ。値段は安くて味も良かったけど、部活で一番頑張ってた時でも食べ切れるかわからない。
 スキーボードでお腹が空いていたからなんとか食べ進められたけど、完食は無理だ。あきふゆさんのラーメンライスも来た時に驚いちゃったし。あれが大盛りでないと言うのだから、大盛りはどうなってしまうんだろう?
 今日は夕方からのシフトなので、とりあえず昨日の片付けをして出かける準備をする。昨日は疲れたしお腹もいっぱいで帰って直ぐに寝てしまった。温泉に入っていて良かったなあ。
 朝ご飯は食べれないのでコーヒーだけで済ませてしまう。うまい。

 とりあえず記帳してきたので、手近にあったカフェで悩む事にする。もちろん昨日のブーツの事だ。バイト代も明日くらいにはまた入るのでもう少し増えるはずだけど、いまいち銭闘能力に不安を感じる。ブーツは白黒の方はまだ何とかなるけど、在庫限りの方は安くなったとしてもゾクゾクする。後に板も買いたいし、車の免許はしばらく諦めないとならない感じだ。
 それか、バイト増やすか……
 今は週三の夕方シフトでバイトをしている。16時から22時の六時間で、休日もたまにパートさんの休みがあると入ったりしてる。ウチのコンビニは主婦が多いのでサポートとなるわたしみたいなシフトの人が何人か居て、それを考えると増やすのはちょっと難しそう。
 と言っても、コンビニ以外でバイト経験ないしなぁ。
 そうだ、週末の予定どうなってたかな?この後バイトだからその時に確認しようと思っていたけど、ここから近いし一度立ち寄ってからブーツの検討をするのも悪くない。
 何か後押しが欲しい。だって、自分からこんな高い買い物しようと思うのは初めてだからだ。
 と言う事で思い立ったのでコーヒーを飲み干して立ち上がる。意気揚々と店を出て愛車のスクーターに跨がると、バイト先のコンビニに向かった。
 街はクリスマス一色。今日はクリスマスイブなのだから当然だろう。もちろんバイト先も飾り付けされていて、今日は従業員皆がサンタ帽子を被っていた。
 なんか、スッゴい忙しそう……
「いらっしゃ……あら、高橋さん。あれ?今日は夕方からよね?」
「お疲れ様です、ちょっと確認したくて立ち寄りました。」
 先輩パートの佐藤さん。ここでの仕事は随分長いらしく、昼のシフトはレギュラーでいつもいらっしゃる。
 たまに一緒に仕事するけど、小柄な見た目で凄く仕事をする頼もしい人だ。さすが三人の男の子のお母さんだ、今もせかせか手を休めずに仕事しながら話しかけてる。
「高橋さんはほんとに良かったの?クリスマスなのに」
 佐藤さんは大量のケーキを仕分けしながら、事務所に入りすがらに訊かれた。
「はは、彼氏とかそう言うの居ないんで。わたしより背の高い良い人が居たら考えます。」
 と、答えるとだいたい察してくれるので楽だ。私よりも背が高いとなるとそう簡単に見つかるものでもない。
「高橋さんに釣り合う人なんて大変ねぇ。」
「まぁ、今は独りでいいんで……」
 と、軽く本音を振りまいて事務所へ。するといつもはこの時間に居ないオーナーが仕事していた。
 いつも疲れた顔をしているオーナー。コンビニ経営って、大変みたい。
「あ、お疲れ様ですオーナー。」
 たぶんアラフィフって感じだけど、ウチの父親より随分年上に感じる。
「あー、高橋さんさんか。お疲れ。あれ?シフト今だっけ?」
「いえ、通りがかってちょっと週末のシフト確認したくて……忙しそうですね。」
「週末?あーそうだ、高橋さんシフト入れ替え出来ない?正月なんだけどさ。」
「お正月ですか?」
 シフト表を机に広げていたオーナーは、どうもシフトの組み方に悩んでいるようだった。覗き込むと元のわたしの予定シフトは土日に組まれていた。
「えっと、どんな感じに?」
「この土日をさ、元旦からに代えられない?」
 オーナーが土日の部分から元旦からに指差して示す。
 そう言えば元旦は誕生日なので、あまり考えずに休みで希望シフト出してたのを思い出した。
「あ、いいですよその土日となら。」
 細かい事は言わないが願ったり叶ったりだ。誕生日と言って毎年正月のおせちにケーキがあっただけだし、自分から実家に帰って祝ってもらいたいとも思わない。
 よし、試乗会に行ける。
「助かるよ〜。じゃあ元旦から四連勤になるけど宜しくな!」
「あ、あの!」
「え?四連勤マズい?」
「い、いえ、もしシフト足りないなら、平日とか、年明けから大学始まるまでならいつでも入れます……って言うか……」
「え、ほんと!大学いつから?」
「と、10日からです……」
 思いの外食いつかれた。あわよくばシフト増やせればブーツ代金の足しになるなぁ、と。
「かー、ホント助かる。パートの伊藤さんが急に辞める話になってたから困っててねぇ」
「え?伊藤さん辞めるのですか?」
 伊藤さんといえば日勤で結構やってるおばちゃんだ。あまり時間が被らないからよく知らないけど、辞めちゃうんだ……。
「そーなんだよ。事情は言えないけど仕方なくてね。」
 よく解らないけど、それ絡みで今オーナーは悩んでいたようだ。
「ちょうど組み換えし始めたところだったから助かったよ。つって、解決してないけどな。バイト連中、クリスマスになんてバイト先から電話、出ないよなぁ。高校生は授業中だろうし。」
 頭をボリボリかきながらペンを咥えるオーナー。そのペンは今後使いたくない。
「土日は息子に無理言って人員補充できるにしても、完全にこの年末年始は伊藤さんが軸だったからなぁ」
 オーナーの息子さんは高校生。この店の近所の男子校に通ってる。たまにバイトに駆り出されていて何度か一緒に仕事したけど、割とモテそうな感じの人だ。
 前に連絡先訊かれてたんだよなぁ。断ったけど。
「他とのバランス見ながらだけど、昼勤も入れる?」
「……平日なら。」
 土日は死守する。息子さんとも何となく被りたくないし。
「判った。また連絡させて。で、シフトの確認?」
「あ、はい。メモるの忘れてて」
 体の良いウソついて一通りメモする。にしても立ち寄ったのは正解だったな、臨時収入確保だ!
 あ、あきふゆさんに連絡しとかないと。週末行けますって。それとお母さんに連絡しとかないとな、正月帰らないって。

 益々忙しくなってきていそうだったバイト先から直接向かったのは昨日のお店。朝ご飯を抜いてお腹もすき始めた頃合いだけど、先に伺う事にした。
 お店に到着して昨日の店員さんを探すとすぐに見つかって、店の奥から二足のブーツを出してきてくれた。
 そうして色々履いたり話を訊いたりして決めたのは、白黒のブーツの方だった。高いやつ、魅力的だったけど始めたばかりの自分には背伸びし過ぎてる気がして、それに白黒の奴とも正直違いが判らなかった。倍近い価格差の理由を訊くと、構造とかブーツの中のスポンジみたいなブーツの素材が結構違うみたいで、よりフィット感を良くしたいなら高い方と言う話だったけど、白黒も近しいフィットする構造が有るらしくて、それにおすすめされた『インソール』を加えて買うことにした。
 インソールについては、バレーボールでも話しは知っている。自分にあったインソールを入れると凄く調子良くなるのだ。急な動きの多いバレーボールでは、靴の紐の締め加減だけでフィット感を得るのは難しいんだけど、インソールを使うことでそれが各段に向上できる。怪我の防止にも有用だったから、合宿に専門の人が来てみんなで作った事もある。
 請求書が届いた親は青ざめてたみたいだけど大丈夫、あんまりにも快適だから今履いてるスニーカーに入れてるんだよね。もうバレーで使う事は多分ないけど、こうして使えばもったいない事はないはず。たまにインソール入れてない靴とか履くと違和感が凄くて、私にとってインソールのない人生は無いな。
 そんなインソールを意図せずオススメされ、そのオススメのインソールが市販で結構評判の良い聞き覚えのあるものだったので、買うことにしたのだ。
 消費税諸々含めて三万五千円。多分良い買い物になったと思う。そして財布の残金は一万五千円……、よし。
 私は、ウエアの売っているコーナーに向かった。これだけあれば上着くらいは買えるはずだ。ベージュのパンツはいいとしても、やはりあのピンクは私のキャラクター的にあわないし、何より恥ずかしい。今回高いブーツを選ばなかった理由の一つがこれだったけど、
「は?」
 高かった。あまりに高くて呟いてしまった。

》スキーウェア、どうしてそんなに高いのん?

 値札タグを見ると、だいたい二万は用意しないと気に入りそうなウェアが買えない。安いのはあるけど自分の持ってるピンクウェアとあまり変わらない生地感でシャカシャカしてるし、なんとなくダサい。
 それに呟いたレスに
》ケチるんじゃねぇぞ(寒くてしぬ)
》高性能ウェアは諭吉を犠牲に召喚しないとな
 とある。良さそうなのはだいたい三万から?高いのだと七万とかなによこれ?
 と、困っているとブーツの担当してくれた店員さんが顔を出してくれた。
「どうです?良いものありました?」
 既にブーツのついでにウェアも買いたいと言ってしまっているので、彼はニコニコしている。
 スミマセン、銭闘能力が足りないんです。
「た、たかいんですねウェアって……」
 ひよって正直に話してしまう。
「このあたりはニューモデルなんでねー。旧モデルとかアウトレットで良ければあちらにありますよ」
「アウトレット!?あるんですか?」
 アウトレット大好き!
「サイズは出てるだけですけど、良かったら女性の店員呼びましょうか?」
 え、それ凄く助かる!でもそれを頼むと確実に買うって話になるよね?……ま、いっか。
 開き直ってお願いすると、直ぐに女性の店員さんが来てくれた。ソフトボールとかやってそう。
「はーい代わりますね~、ウェアをお捜しですかあぁ?」
「あ、はい。予算はあまり無いんですが……」
 大事な事は先に言っておく。
「どれだけの御予算なんですかぁ?」
「上だけなんですが、だいたい一万くらいで買えればいいんですが……」
 無理だろうなぁ。
「でしたら幾つかありますよ。」
 そう言って案内された売り場には大きく『アウトレットセール』と出ていた、頼もしい響きだ。
「サイズがあいそうなのが……これとこれですかね?」
 ゼブラ柄っぽいものと黒いのが出てきた。
「どっちもユニセックスなんで着てみて下さい」
 勧められて試してみる。ダウンジャケットを脱いで袖を通してみると……あ、多分胸がつかえるなこれ。
「あー。ユニセックスだと厳しそうですね。」
「はは、はい。」
 よかった、察してくれた。
「だぼっと着るならこのワンサイズ上なら?と思いますけど、パンツのカラーは何色ですか?」
「ベージュです、少し薄めの」
「ベージュですか。でしたらカラーも合わなかったですねこれは。」
 お、旨いことフォローしてくれている気がする。
「そうなりますと……、実際にパンツと合わせてみます?」
 すると店員さんが「ちょっとお待ち下さいね」と言ってどこかに行くと、直ぐに戻ってきた。
「これ、ためしに履けますか?」
 持っているのはベージュのパンツウェア。色合わせに持ってきてくれたみたいだ。
 因みに値段をちらっと見たら……うん、無理。
 そのまま試着室に案内されて高級なウェアを履いてみると、あ、わたしのと全然違うわこれ。へー。少しダボついてるけど悪くない。
「宜しいですか?」
 試着室の外から店員さんが話しかけてくる。
「はい、」
 開けると店員さんが二着のウェアを持っていた。一着は濃い茶色のシックな奴と、黄色とオレンジの柄のウェアだった。
「どっちもUSサイズなんで、着れればって所ですがどうですか?」
 二着をもらっては着てみる。先ずはシックな方。
 あ、いい感じかも。ちょっと腕の長さが気になるけど悪くない。
 オレンジの方は……これは着心地が全然違う。着た感じは余裕があるけど厚みが薄いと言うか、シルエットがシンプルになる。
「オレンジの方は中綿が薄いので重ね着が必要ですがデザインは今時ですね。茶色のはしっかり中綿入ってるんで暖かいと思いますよ~」
 お互いを何度か繰り返して試してみる。鏡で見比べても随分違う。
 自分のカラーイメージとしては茶色のがしっくりくる。けど、見た目はオレンジの方がスッキリしていいなぁ。
 うーん。決め手がない。どっちもピンクウェアに比べれば全然ものがいいのはわかる。だとすると値段……
 見てみたらオレンジの方がちょっと高いくて、ギリッギリ予算内だ。茶色のはそれよりはまだ許容出来そうな値段だ。
 暖かいし茶色の方が高いかと思ったけど、そうじゃないんだ。
「オレンジの方が高いんですね」
 なんとなく訊いてみた。
「そうですね、撥水機能がオレンジの方がしっかりしてるんですよね。茶色のはほとんどノーブランドですがオレンジのはブランドものなので、元値で見るとオレンジの方が全然高いです。」
「そうなんですか?」
「はい。ただUSサイズでアウトレットになってて。お客さんみたいなモデル体型の方でないと着れないですねこれ。私じゃ無理ですよぉ。」
 と、笑いながら話す。
「中綿が薄いですが重ね着してもらえば寒くないと思いますよ。逆に言えば暑いときとか春とかのスノボでも着れるメリットありますね~」
 そうか、重ね着前提だからそう言うメリットあるのか。正直言ってあのピンクウェア、暑かったんだよね昨日の佐久穂では。
 決まったな、あとは……
「じゃあ、ブーツとかと一緒に買うんで、全部でいくらにできますか……?」
 最後に値切りのひと仕事だ!
 
 
 

 
 

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