『白い世界が続く限り』 第三話【初体験】

前話まではこちら

第三話
 支度を終えみんなでセンターハウスに向かった。今日はイベントの日ということでサンタクロースなどの格好の人たちがそこらじゅうにいる。イメージでは真っ白な雪山と思っていたスキー場の風景とは少し違ったそこはすっかり日の出た空は凄く青くて、見回すと葉の落ちた枯れ山に薄く雪が敷き詰められたように見える。ゲレンデとなる所は真っ白で、青と茶色と白のコントラストが新鮮だった。
 普通ならスキー場では滑るためにリフト券が必要だけど、今日はサンタコスプレイベントということで私たちは1日無料で滑ることができる。なんとも太っ腹なことで凄く助かる。
 当初気恥ずかしさを感じていたサンタエプロンだけど、これほどたくさんの人たちがサンタの格好やトナカイの格好をしているのを目の当たりにすると感覚も麻痺してくる。それに隣にいるロリっこサンタが何らかのゲージを振り切っているので、むしろ自分の姿が普通なのでは?とまで錯覚してしまう。
「楽しみだねぇ。楽しみだねぇ!」
 ロリっこサンタことあきふゆさんは、サングラス越しに見てもその表情が分かるくらい楽しみにしているようだ。
「……あきふゆさんのそのテンションの高さはよく分からないっす。」
 そう呟くのはちょっと小柄サンタのみつまるさん。隣のナックさんトナカイは明らかに背が大きい。
「みつまる、あれがこの状況で騒いでなかったらそれはそれで事件だぞ〜。」
「そっすね。」
 ナックさんたちには慣れた光景みたい。私はああやって感情を表現するのが苦手なのでちょっと羨ましくもある。
 ……と言って、176cmの巨体がぴょんぴょんしてたら異様な光景だろうけど。ジャンプ力も人並み以上にあるしなぁ。
「あきふゆさんって、いつも元気な感じなんですか?」
「元気じゃ無い時は酔い潰れた時ぐらいじゃないかな?」
 しおてんさんが教えてくれる。
「さぁさ!まずは受付だよ!こっちこっち!」
 エントランス近くに設けられたイベント参加者用の受付にはすでに行列ができている。5人で並んでみたらあきふゆさんを前にちょうど背の順になってしまった。列にはざっと20人、受付では後の抽選会のチケットにもなっている特別なリフト券を、サンタの格好のスタッフさんたちが手渡している。
「みんな早くに来てるんですね。」
 私は率直に思った。というものまだ8時ぐらいで、ゲレンデ営業は8時半とのことだからまだまだ時間があるからだ。それにイベントの集合は十時からになってるからかなり気が早い気がする。
「一応イベントに人数制限あるからね。それにこのゲレンデは朝イチが気持ちいいからね。この時期しっかりしたゲレンデで滑れるところもまだ少ないし、ナックさんたちは朝イチ狙いでしょ?」
「もちろん〜」
 ナックさんが答えると同時に赤い板を掲げて見せた。
「その板もしおてんさんの作った板なんですか?」
「そう、オーバードーズって名前の板。いつみちゃんにも合うかもね、系統的にはそのイノセントと似てるから乗りやすいよ〜」
 ナックさんがホクホク顔で見せてくれた板は不思議なデザインの板だった。幅とか私が借りた板よりも一回りは大きくて、特に幅に違いを感じる。
 そしてなんか金具の部分が私のと違っていた。
「この金属のやつは何か違うんですか?」
 私の板のは前後に分かれて付いている。だけどナックさんの板のは金属の塊のような見たことないものが付いてる。
「ああこれね。固定式って言って昔からあるスキーボードのビンディングなんだよ〜。いつみちゃんのは解放式ってやつで履きやすいけど、固定式はこれでしかできない技もあるから俺は〜こだわってる。」
「そうなんですね」
 と、説明して貰ったけど実は理解してない。
 そう言えばと見ると、5人が5人違う板を持っている。あきふゆさんは木目調の短い板。みつまるさんはシンプルな白い長めの板だし、しおてんさんは黄色い板。それぞれ違いがやっぱりあるのかな?貸してもらった青い板、イノセントは初級向けの板という話だけど、その性能は並じゃない!ってあきふゆさんに力説された。どんななんだろう?

 受付が済むとちょうど場内アナウンスが放送され、リフト営業などの時間が伝えられていた。
「じゃ、俺らとりあえず滑ってくるわ〜。後で宜しく〜」
 ナックトナカイがみつまるサンタとリフトの方へ歩いて行った。そちらはまだ十分時間があるのに既にリフト待ちの列のようなものができていて、今か今かと待っていて、まるでバーゲンの会場待ちのような雰囲気に感じた。
 私はイベントまでに滑れるようになるため先ずはとしおてんさんに教えてもらう。そして気を使ってくれたのかあきふゆさんも参加してくれる事になった。
「いいの?朝イチ」
「あの二人についてくのも大変だし、もはやあの行列じゃ食い荒らされてるだろうしね。それにこっちの方が楽しそうじゃん?」
 ニヤリとあきふゆさんがこちらを見たのがサングラス越しでも分かった。というかこの人、ほんと表情の表現がわかりやすい。
「じゃ、あっちの少し広いところに行って始めようか。」
 エントランスから右に少し進むと目の前に短いリフトがかけられている。その手前は少し広くなっているので練習としてそこから始める事になった。
 最初に道具の簡単な説明があって、スキー教室で教えてもらってない事も教えてもらった。ブーツの快適な履き方や板の扱い方、脱着の方法など細かく丁寧に教えてくれる。さすがプロだ。
 そして私の横で助手のように振る舞ってくれるあきふゆさん。教えてもらいながら、初めての経験をこの人たちに指導してもらって良かったな、と素直に思った。
「さて、いつみちゃんはスキーとスキーボードで何が違うかわかる?」
しおてんさんが質問してきた。違いって言って気づいたのが、
「ストックが無いです。あと当然かもですが板が短い?」
 スノーボードみたいに手にはストックを持たないし、あと思いつくのはそれぐらいだ。
「そう。ストックはあっても構わないけど多くの人は使ってない、もちろんその理由もあるけどまぁ今はさておき、短いってのも特徴だね。」
何か含みを感じるような物言い?
「一番の違いはスキーとスキーボードは別のスポーツ。いつみちゃんはスポーツ何かやってた?」
「……バレーボールをやってました。」
 と言うか、バレーボール以外やってません。
「だとすると、六人制バレーと九人制バレーボールくらい違うかな?」
 同じバレーだけどローテーションのある六人制と明確なポジションが決まっている九人制は確かに違う。細かいところだとブロックのカウントとか違うし、サーブも違いなどがある。私が経験があるから判る違いだけど、一般の人には違いが解りにくいだろうとも思った。
「しおてんさんもバレー経験があるんですか?」
「中学でね。あと社会人になってから九人制のママさんバレーのチームで遊んでたよ。」
 その話を聞いて少し親近感が沸いた。そしてあきふゆさんが話に入ってきた。
「へぇ、バレーかぁ。あたしバスケやってたよ」
「「その身長で!?」」
 私も心の中で突っ込んでた。あ、声出てたかも。
「あー、女バスはちびっこでも活躍出来ないことは無いんだぞ!あたしは活躍しなかったけどさ!」
「……なんでバスケを?背が伸びると思って?」
「ああそうさ!そのとおりさ!」
「因みに、ポジションは?」
「……球拾いを少々……。」
 なんか微笑ましいやり取りだなぁ。端から見たら親子にしか見えないあたり。
 その後、一通りの滑り方を習ってみたけど、スキー教室の時と違いはあまりなさそうに感じた。ただ明らかな違いは、ブーツをキツキツに締めない事だった。詳しくは後の話しだけど、かなり大事な事らしい。
 そのおかげもあってか、想ったより動くのは難しく無さそうに思う。ハの字の滑り方も何となく出来たし、スケートのように移動する方法も難しくなかった。
「そうそう。短い分色々動きやすいでしょ?」
「はい。あんまり違和感とかないですね。」
 実際のところここはほとんど斜度もないので動き方とハの字を開く止まり方しか習ってないけど、何となく出来そうな気がしてた。
「いつみん!いい感じじゃない?」
「そんな気がします!」
 私のほんのちょっと先でしおてんさんの指導を動きとして見せてくれる小さなサンタは、私の自信を確かなものに感じさせてくれる。
 とても良い人たちだなぁ。

 リフトの動き出しの時間まで繰り返し動き方や止まり方を練習してしばらくすると、場内アナウンスでリフト営業開始が伝えられた。それを合図について周りの人たちが動き出し、いよいよと言う感じになった。
 私たちはリフト待ちが落ち着くまで少し待って、少し歩いてリフト乗り場に向かった。スキーブーツで雪の上を歩くのは少し大変だけど、手に持つのが短い板だけなので負担は少なく感じる。リフト乗り場前で再び板を履き直し、順に並んでゆっくりと進み、いよいよリフトに乗る番になった。
 隣はしおてんさん。このリフトは二人乗りなのでとりあえずサポートしてくれるそうだ。あきふゆさんは見本に先に乗ってくれる。
「合図と共に前に出てね……お願いしまーす!初心者でーす!」
 しおてんさんの合図で前に進む。スケートのようにかるく蹴り出してドキドキしながら前に、リフトの椅子が後ろからやってきて再び合図で座る。
 言われたとおり板はまっすぐ!と念じていると、座ったリフトはふわりと浮いた。
 このリフトに乗ってる時の感覚は独特に感じる。先にリフトに乗って降りた人達がどんどん足の下を滑っていく。私もあんな風に滑れるのかな?
 リフトの上では、しおてんさんがこの佐久穂高原スキー場について簡単に説明してくれた。規模は小さいながらも人気のスキー場で、コスパの良いスキー場なのだそうだ。
 私たちが載ったリフトは初心者用で短く、ほどなくして降り場が近付いてきた。習ったとおりに板を揃えて少し前を上げて板を傾けて待つと降り場に入り、合図を待って立ち上がってそのまま前へ、言われていたとおりに急に止まらないようにしてハの字を開いてブレーキをかけると、そこではロリッ子サンタが出迎えてくれた。
「オッケー!いいじゃん!そのままこっちね!」
 ロリッ子サンタが誘導してスノーボードの人達が板を履いているちょっとした平場に案内して止まった。
 ふぅ。さて、いよいよだ。
「じゃ、まずはこっちに滑ってみよう。動き出しと止まり方はさっき下でやったとおり。とりあえず動いたと思ったら直ぐに止まってみて?」
 ハの字で立って前を見る。前に手を出してリラックス……すると動き出したので直ぐに踏ん張って止まってみる。
 動いたのは数センチだけど、二人が賞賛してくれた。
「そーそー。その動いてる時間をだんだん長くしてみよう。怖いと思うなら一度止まっていいから!」
 私の動きに合わせて前方のしおてんさんは後ろ向きのままで同じ間隔で声をかけてくれる。
「慣れてきたら手をゆっくり胴を捻るように回してみよう!」
 バイクのハンドルが回るように、胴を捻って回してみる……あ、曲がる!
「そうそう!今度は逆にゆっくりと……」
 なんか、身体を回すだけで簡単に曲がれる。スキーだと確か外側の足を踏ん張ってなんとか曲がれてたけど、スキーボードはもっと直感的で、簡単に曲がれる!
「よーし、じゃあ自分のペースでリフト乗り場まで行ってみよう!」
 スッと前からしおてんさんが退いて視界が開けた。ただハの字で腕を回しているだけなのに、凄く簡単にすいすいと滑れる!

 その瞬間、何かが自分の中で沸き立つのを感じた!

 自転車やバイクで自由に走るのが好きだ。趣味とまでは言わないけど、特に原付に乗るようになってからは楽しいと自覚している。バレーボールを辞めて日々の暮らしが替わったとき、愛車はつまらなさを払拭してくれたように思う。
 進みたい道に進み、曲がりたい道で曲がる。凄く単純な事だったけど、堪らなくそれは自由に感じたし、世界を拓く感じがした。
 今、それと同じかそれ以上の『何か』を感じている。広く白い世界を思うがままに滑っている。スキーでは感じなかった直感的な動き、身体の捻りにリンクして右に左にと曲がっていける。
 もちろん怖さもあるけど、それを覆い尽くす快感。白い世界が続く限り、私はきっとずっと自由に滑っていける……。
 リフト乗り場が近付くと、さっきまで目の前に居たサンタとロリッ子サンタが待っていた。
「どうよ?スキーボードは?」
 ロリッ子サンタが尋ねてくる。
「何というか……もう一回滑りたいです。」
 率直な感想だった。もっと滑りたい。
「よーし、じゃあまたリフトに乗ろう!」
 しおてんさんがそれに応えて再びリフト乗り場に並ぶ。今度は私はあきふゆさんと一緒に乗り、リフトの上でその感激を分かち合った。
 まだハの字でスピードも出せず下手くそだけど、私は確実にスキーボードに魅力を感じていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?