『白い世界が続く限り』 第十二話 【朝の駐車場】

前話まではこちら

第十二話
 こんなに待ち遠しい週末って、いつぶりだろう?早朝のコンビニ、納品のトラックとか来てて忙しそう。年末だから今日はとりわけだ。
 話の流れでここを待ち合わせにしたけど、来てみたらそんな感じだから事務所には顔を出さず外であきふゆさんを待つ事にした。
 ちょっと寒い。
 今日を休みにしたのはオーナーだし何もやましい事はないけど……大晦日やお正月を前に大量の商材が運び込まれてるのを見てると、うん、気を使うのはやめよう、今日は自分のための日だ。
 今日もいい天気になりそうだなぁ。周囲を山に囲まれてる甲府盆地の日の出はちょっと遅いけど、だいぶ明るくなってきてる。
 そのコンビニの駐車場に知ってる車が入ってきた。
「おはよーいつみん」
 窓が開くと知っている顔と声に私は駆け寄って挨拶を返した。
「おはようございます!今日もお願いします!」
「お、それが新しいウェア?可愛いじゃん!」
 ちょっと見てもらいたくて着てきたオレンジ基調で黄色がアクセントに入っているウェアは、買った後に帰って改めて着てみるとしっくり来た。割と気に入りそうなので可愛いって言って貰えて嬉しい。
 そんなあきふゆさんは今日も元気そうだ。
「とりあえずアパートまで行きますね、先にコンビニは寄っときます?」
 言いながら目で案内するとあきふゆさんは
「後でゆっくりでいいかな?さっきガソリン入れるついでで軽く寄っちゃったんだよね。」
「じゃあ、バイク持ってくるのでちょっと待っててください」
 と、一度離れて奥に停めていた原付バイクに向かう。大きなカゴと、後ろの収穫コンテナが目印だ。押してスタンドを解除して、そのままあきふゆさんの車のところに押していく。
「へーそれが原付?……なんかおっきいね」
「そうなんです。よく新聞屋さんが使ってるのと同じみたいですね。」
「なにそれ、シブいじゃん。」
「おじいちゃんが果樹園の見回りに買って使ってたのを借りてるんですよ。なので後ろのコンテナとかはその名残です」
 おじいちゃんは目の手術もあって二年前に免許を返納してしまったので、借りてると言ってもほぼ私のバイクになってる。最初ダサいと思ってたけど意外と気に入ってしまっていて、今は黄色いコンテナも可愛く思ってる。それに荷物がたくさん乗るのでとても使い勝手が良い。
 そのコンテナからヘルメットを取り出して被れば準備万端だ。
「じゃあ、ゆっくり行きますね。」
 ブレーキを握ってセルを回せばエンジンが目を覚ます。ゆっくり交差点に向かうと、あきふゆさんの車がサイドミラーに映った。
 甲府の道は意外と走りにくくて、車一台が精一杯という道も沢山ある。アパートはそんな道を走るので、初めてだと大体到着できない。引っ越してきた頃は道を覚えるのが大変で、半年くらい経ってやっと慣れてきた気がする。たまにチラチラとミラーを見るとあきふゆさんは付いてきてるので、そのままのペースでアパートに着いた。
 アパートの駐輪場の車を置く前に一旦バイクを降りて、車用の駐車スペースを教えて奥の駐車場にバイクを停めて戻る。ささっと二階の自分の部屋の前に置いておいたドラムバッグと真新しいブーツのバッグを持って、あきふゆさんの車に向かった。
 今日のドラムバッグはパンパンじゃない。
 降りてくとあきふゆさんが外で待っていた。
「へー。ここがいつみんのアパートね。割と雰囲気あるね。学校から遠くない?」
「そうなんです。夏に引っ越したから大学の近くのアパート見つからなくて」
 実家からバイクと電車で通っていたけど、急にお嫁さんが来る事になってしまって私は一人暮らしを始めた。こう言うと追い出されたみたいで酷い話に感じるけど、お兄ちゃんと私は一つの部屋をアコーディオンカーテンを隔てて部屋を仕切って使っていたので、新しい家族の為に部屋を空けるのは仕方なかった。
 ……もうじきおばさんになるのかぁ。なんだか実感無いなぁ。
 そんな流れで大学近くの不動産屋さんに行ったけど時期も時期なので近くでは見つからず、だんだんと中心地から離れていって都合に合うのがここしかなかった。でも古臭い見た目の割に水回りはリフォームしたばかりだったし、意外と買い物も便利だし住んでいて不都合は無い。
「一人暮らしかぁ。懐かしいなぁ。」
「あきふゆさんも大学とかで?」
「八王子の短大でね。めっちゃ家賃高かった。」
 そんな話をしながら荷物を積み込むと、あきふゆ号は出発だ。
 細い路地をゆっくり走る。あきふゆさんはこういう路地に慣れてるのかすいすいと進んでく。
 もし車を買ったら、もっと広い所に引っ越しかな、私は。

 入り組んだ道の先を案内してやっと少し広い道に出れば少し安心、交通量は年末だからか、少し多いように感じる。
 しばらく走って駐車場の広いコンビニに入る。周りの車を見ると屋根にスキーの板やスノーボードを乗せている車がちらほらあり、これからスキー場に行くんだって気持ちが高まってくる。
 今日のお昼は駐車場で食べるそうだ。清里高原スキー場はレストランが美味しいので有名みたいだけど年末は確実に混むので、お湯を沸かしてカップ麺とかにするそうだ。
「あ、持ち帰れるのにしといた方がいいよ」
 買い物に迷っていると、あきふゆさんが言った。
「なんでですか?」
「センターハウスに中に美味しいパン屋さんがはいってるんだよ。もし買うならコンビニのは持って帰えればいいじゃん?」
「ああ、なるほど。」
 そんなあきふゆさんの手には定番のカップ麺が一つだけ。
「それで足りるんですか?」
「ふっふっふ。足りなそうならご飯炊くのだよ。」
「え?キャンプみたい」
「ちょっと時間はかかるけどね。いつみんの分も炊こうか?」
「え、じゃあパンが買えなかったらお願いします!」
 スキーには色々な楽しみ方があるようだ。
 清里高原スキー場は先週の佐久穂よりもずっと近くて、予定の時間には余裕で到着した。スキー教室で来たときは狭い駐車場かと思っていたけどそれは専用の駐車場だったらしく、一般の駐車場は凄く広かった。
 そして寒い。
「うっわ寒っ!さすが清里」
 トイレに行こうと歩いていると、馴れてるあきふゆさんでも寒く感じるようだ。風が少しあって、晴れてるけどちょっと厳しい。
「ここはいつも風吹いてるんだよね。天気はいいけど」
「そうなんですか?スキー教室の時は真っ白で全然そんな雰囲気じゃなかったですよ」
「それは稀れかもね。ここ、晴天率国内トップクラスだって話しだし」
「でも寒いですね。」
「標高も国内トップクラスだからね。駐車場で1600mとかいう話し」
「1600ってのがイメージわかないです。」
「100mで0.6℃下がるってのは習った?」
「あー。高校でそんなのありましたね。」
「だから平地より単純に10℃寒いのよね。ここ」
 今日の甲府が確か最低気温が6℃だった気がするから、単純にマイナス4℃か。そりゃ寒い。
 駐車場から見てセンターハウスは一段高いところにあって、これを階段で登るのかとちょっと思っていたらなんとエスカレーターがあった。何これすごい。
「ここって、もしかして高級なんですか?」
「ちょっとね。ここでスキー教室って、いつみんの高校って凄いよね」
「そうなんですか?まぁ私立だったし。あきふゆさんはスキー教室ってありました?」
「うち無かったんだよね。自由参加のヤツはあったみたいだけど。」
「へー。そんなのあるんですね。」
「その代わり職業体験があったかな。」
「学校によって違うんですね。」
「みたいだね。長野の方じゃ学校登山なんてあるらしいよ。テレビで見た。」
「え?それって遠足?」
「それのガチみたいなの?山梨で良かったわ」
 そんな話をしながら用も済ませて少しセンターハウスをウロウロする。佐久穂のこじんまりしたセンターハウスと違って、何というかリゾート感がある。結構人が多いなぁとおもっていたら放送でリフト運行開始とアナウンスが出ていて、多くの人たちがゲレンデへの階段を登っていってる。
 スキー教室で滞在した建物は別にあるっぽい。どこだろう?
 たくさん登ってくる人たちと逆流するみたいに再びエスカレーターを下って駐車場に戻り、車に歩いて行くと見覚えのある大きな車が隣に停まっていた。
「おはよ〜。」
 ナックさんが眠そうな顔で顔を出した。
「おはようございます」
「おはよー、ナックさん。みつまるくんは?」
「後ろで寝てるよ〜。昨日遅かったらしいし。」
「ナックさんも眠そうだけど?」
「昨日は仕事納めで忘年会あったからねぇ。二次会で逃げてきたけど」
 そうか、昨日は大晦日を除けば今年最後の平日だからみんな忙しかったのか。
 社会人は大変そう。でもそんなふうでも朝早くにゲレンデに来るんだから、みんなやっぱり滑るのが楽しみなんだろうなあ。周り見てもみんななんか本気って言うか、我先に!と急いでいるようにも見える。
「ゆっくりでいいんですか?」
 前回の事を考えると随分ゆっくりに感じる。佐久穂では日の出頃から駐車場に居たのに、今日はもうすっかり日も出ている。
「あ〜、清里はね、チケット買うのに結構並ぶんだよね。だから八時半も九時も実はそんなに変わんない、それに朝イチ狙いならもっとずっと早く来ないとね。」
 朝イチって、そう言えば佐久穂の時もナックさんたちが並んで行ってたなぁ。
「朝イチって、そんなに気持ちいいんですか?」
 それに答えたのはナックさん。
「特別だからねぇ〜。ファーストトラックとかって言って、別料金取るところもあるし。誰も滑ってないコース滑るのは気持ちいいよ〜、板の食いつきとかも全然ちがうしね〜」
 ナックさんがニコニコしながら教えてくれる。滑りがまだまだな私にはまだ先だろうけど、その朝イチに並ぶ日が来るんだろうか。
「まぁ誰も踏んでない雪道を歩く快感かな?」
 あ、それなら何となく解る。自分の足跡だけつけるのは楽しい。韮崎ってめったに雪が降らないから、雪が降った日の通学路は特別だったなぁ。
 あんな感じか。やっぱりみんな子供っぽいなぁ。
 
 
 
 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?