『白い世界が続く限り』 第一話【準備】

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第一話
 夜も明けてない国道を原付で走る。ピンクのスキーウェアが悪目立ちしてるけど、この時間はそんなに車も走っていないし、見られたところでどうと言うこともないので気にしない。
 気にしない……。
 ま、まぁむしろ温かくていい。バイトの通勤とかで使いたいくらいだ。
 あきふゆさんとは竜王駅で待ち合わせる事にした。駅の駐輪場に原付を置いておけばどんな方法でも帰れるからだ。

 昨日は思いのほか忙しい一日だった。まず実家に今着ているスキーウェアを探しに行った。高校のスキー教室の為だけに使ったウェアなので安いもので着れればいいや、と買ったものだけど、その時に自分のサイズを許容するウェアがこのピンクとベージュのものしかなくて仕方なかった。スキーの手袋は原付ので大丈夫と思ってたけど、たまたま帰っていた兄が持ってると言うので借りて、山は寒いからとマフラーを母親が持たせてくれた。
 ピンクのウェアにベージュのパンツに黒の手袋でマフラーは水色。非常に色がチグハグだ。これらを高校で使っていたオレンジ色のドラムバッグに詰め込んで、原付の荷台にくくりつけて次に向かったのは、雑貨などが所狭しと陳列されている大型量販店だ。ここは日中はいいけど……夜に来るとあまりお友達になりたくない雰囲気の人達がたくさん居るので少し苦手なお店だ。
 ここならば安くサンタの衣装があるとあきふゆさんにきいていたので来てみたけど、クリスマスも明後日に控えた売り場には私が着れそうなサイズの衣装が無かった。仕方ないのでサンタエプロンと帽子を買って次の店に行く。
 最初、ウェアの下にジャージでも着ようかと思ったがさすがに「高橋」の名札のついているそれを着るのははばかられた。とりあえずショッピングモールに行ってスエットや必要そうな防寒のスパッツなど買ってみて、帰ってくればもう夕方だった。
 あきふゆさんからスキーのあとに近くの温泉に立ち寄ると言われていたので着替えなどをバッグに詰め込み、他に必要そうなものも入れておく。しかし何が必要かも判らなくて結局バッグはパンパン、なかなかな重さになっていた。
 このあとに改めてあきふゆさんと連絡を取り合い明日の合流の段取りをすると、朝の5時に竜王駅と言う話になったので時計を見る。まだ20時前だが早めに寝ておくに越したことはない。だけど妙にワクワクして寝れたのは電気を消して4時間くらい経ってからだった。

 3時過ぎに目覚ましに起こされて支度をする。さっと布団から出てエアコンとコタツの電源を入れて布団に戻り、部屋が温まるのを待ってもぞもぞと這い出す。SNSに 》起床 と書き込んだら直ぐにレスがついた。夜行性かな?
 シャワーを軽く浴びて身支度すればもう4時過ぎ。竜王駅まではだいたい30分かかる事を考えるともう出ないとならない。部屋の電気を消して外に出ると冬らしい冷たい空気が襟元に忍び込んできたので母親のマフラーをまき直し、いまだ暗い世界に向けて原付を走らせた。
 思えば冬のこんな時期に遊ぶために原付を走らせるなんて、こんな経験は今までに記憶にない。妙な高揚感と新鮮味を感じる。シールドを越えて頬に当たる空気の冷たさが身体を冷やしてくれるようで、竜王駅に着いた時にはその寒さにすっかり慣れていた。

『おはようございます。今日は宜しくお願いします。駅に到着しました』

 スマホの時計を見れば待ち合わせ時間の五分ほど前、メッセージをあきふゆさんに投げておいて、一息つきたくて自販機を探した。
 ガシャン。と好みの甘いコーヒーが落ちてきて、封を開けると湯気が上がるのが見えるようだった。啜りながら甘さを堪能しつつスマホを取り出して弄り、コーヒーがぬるくなった頃にあきふゆさんから返信があった。

『おはよう!今、外で待ってますか?』
『はい。ロータリーのピンクの人物が私です』
『りょ!直ぐいきます!』

 くいっとコーヒーを飲み干してゴミ箱に捨てて元の場所に戻ると、割と待たずにモスグリーンの軽自動車がロータリーに入ってきた。軽トラックみたいだけど……なんかあまり見たこと無い形の車だ。
 その車が自分の前に停まると運転席から子供が出てきた。運転してたのだから子供ではないのだけど。
「おはようございます!いつみさんですか?」
 私はネットでは「いつみ」と名乗っていた。中性的な感じでいいかなと思ってそうしていた。
「は、はい。あきふゆさん?」
「宜しく!ホントおっきいねぇ!」
 笑う笑顔は一昨日の動画で見た人物のままだ。活発そうで小柄な容姿、身長の事を言われるとだいたい嫌な気分になるのだけど、あきふゆさんに関しては不思議と嫌な気分にならなかった。
 あきふゆさんは随分と身長が低い。あとかわいい。免許持ってるし多分年上だろうけど、こう言う人がバイト先のコンビニに来たら、私は確実にお酒の年齢確認をするだろう。
「ずいぶん待った?ごめんね!」
「いえ、来たばかりです。今日はお願いします。」
「スキボするなら大歓迎だよー。荷物はそれ?」
「はい。何を用意したらいいか判らなくていろいろ持って来ちゃいました」
「無いよりマシだからね。」
 あきふゆさんは私からオレンジ色の荷物を受け取ると「っぐ……」と言った後にそれを後ろの座席に積み込んだ。すみません、重かったですよね。
「面白い車ですね。軽トラック?みたいですけど」
「うん、あたしの愛車。デッキバンって言って便利なんだよ」
 私の実家は農家なので軽バンや軽トラックがある。このデッキバンと言うのは、軽トラックと軽バンを合体したような、荷台に後部座席を設けた構造のようで、アクティブそうなあきふゆさんの雰囲気にとても良くあっていると感じた。
 その中は知らない私でも判るくらいスキーの道具で溢れかえっていた。リアシートは物置のごとくでヘルメットやウェアなどが工夫して吊られていて、独特の雰囲気だった。
「ちょーっと狭いけど乗って乗って!邪魔な物は後ろに放り込んでいいから。」
 前には運転手の為にスマホのコードなどあらゆる物が延びている。そんなダッシュボードにはラノベが無造作に置かれていて少し和んだ。
「これ、たまき先生の新刊ですよね?」
「そうそう!先週から読み始めたけどもったいなくて少しずつ読んでるの!」
「あきふゆさんは電子書籍じゃないんですか?」
「両方かな?スマホでも読むよ。でも本当に好きな作家さんのはだいたい文庫で買ってるかな?」
「やっぱりそうですよね、わたしもそんな感じです!」
 好きな作家さんのシリーズが本棚に並ぶととても至福。そして読みたいあのシーンがすぐに辿れるのも文庫で買う魅力だと思う。電子書籍はとても便利だけど、伏線を見返したり読み返したくなった時に不便がある。
 軽く話をしながら車は動き出す。横で見てるとホント子供が運転してるみたいだ。
 足、届いてるよね?
「朝ご飯どうした?あたしまだ食べてなくて」
「わたしもまだです。コンビニ寄ります?」
「そうしようか。この辺あったっけ?」
「国道出てしばらく行けばありますよ」
 初めてのリアルな会話なのに不思議とそう言う気がしない。SNSで知っていたとは言っても、私にとってこの空間は居心地が良いものだった。

 長い長い坂を登り切るころには長野県に入っていた。道中はスキーの話はほとんどなく、好きな本や作家さんの話で盛り上がって時間が経つのを感じなかった。
 山梨の北部に聳える八ヶ岳は、長野に入りこちらから見ると真っ暗に大きく、左の窓の向こうにそびえているようで多分雄大のように感じる。私は高原で有名な野辺山の過ぎてその先はあまり知らない、大体のことは甲府市内で事足りるし、東京方面に行くことや諏訪の方に行くことはあっても、こちらの方はほぼ記憶にない。
 やがて国道から離れ山に上がっていく。目的地の佐久穂高原スキー場はまだ見えない。空が明るくなり道が見えてくると白いものも見えるようになってきた。雪だ!急な登坂で自分の乗ってる原付では登るのも大変そうな山道の先、急にひらけた先にそのスキー場はあった。

「さーて着いたぞ。みんなはどこかなぁ~」
 駐輪場は広く大きい。それがようやく明るさの見える朝の7時過ぎだと言うのに、既に半分以上も車で埋まっている。そして今日はイベントと言う事もあってそこかしこにサンタやトナカイの格好に着替えている人たちが居る。
 ……この中に自分が混ざるとなると、ちょっと恥ずかしい。
「あー、居た居た。」
 誰かを探しながらゆっくり走っていたあきふゆさんは、知り合いを見つけるとその近くに車を停めた。
「はい到着。」
「お疲れ様でした、ありがとうございます」
 あきふゆさんはエンジンをかけたままピョコンと降りると、知り合いらしき人たちの所に走っていく。私は外が寒そうだったので、途中で脱いだウェアを羽織り直して外に出た。
 空気が全く違う。甲府盆地の動かない空気と違う冷涼な澄んだ空気。吸い込むと、体の中でその冷たさと空気感を味わえるようだ。
「おーい!いつみん〜。こっちこっち〜!」
 話ながら向かっていた道中で、いつの間にか私はいつみんと呼ばれて居た。呼ばれた方を見ればそこに二人の男性が居た。
 ひとりは私より背が高いすらっとした姿で、穏和そうで小さなあきふゆさんと見比べると親子のように見えてしまう。もう一人は男性としては小柄な様子で、目つきが鋭いけどあきふゆさんのお兄ちゃんのようにも見える。
 少し緊張するけど、今日は全員で五人で滑る話なので挨拶に向かう。
「こんにちは、いつみです。今日は宜しくお願いします。」
 挨拶は昨晩に繰り返しシミュレーションしたので大丈夫。それに背の高い温和そうな人が挨拶を返してくれる。
「こんにちは〜、ナックです。あきふゆちゃんのお姉さんかな〜?」
「え?いえ、違います!」
「だよね〜。ははは。」
 見た目大人っぽい雰囲気だったけど、子どもみたいな人かもしれない。
「ナックさん!初対面でそう言うのダメだって!まったく。いつみん、この人基本不真面目だから気をつけて!」
「ははは〜。」
 どうしたらいいのか分からない。少し戸惑っていると、
「ども。みつまるです。」
 その隣の小柄な人が挨拶してくれた。目つきがちょっとキツい感じなので怖い人?っても少し思っていた。
「よ、宜しくお願いします。いつみです。」
「あとはしおさんか。しおさんもう来てる?板とか借りるから早めって来たんだけどさ。」
 あきふゆさんが最後の一人を捜すように言う。今、この場には四人。もう一人は話しに聞くプロの人って事だ。今回あきふゆさんがたのんでくれて、私のために板やブーツを用意してくれるとのことだ。
「7時でしょ〜?そろそろ来るんじゃない?遅れて来ても間に合わない人じゃないし。」
「あれじゃね?今入ってきたヤツ」
 その言葉に視線を向けると、駐輪場の入り口から青い軽自動車が向かってくる。それはそのまま私たちの前に停まると、中の男性が声をかけてきた。
「おはよー。みんな早ぇじゃん。」
「しおさんおはよー。そっち空いてるよ。」
「お、ラッキーじゃん。じゃ、停めてくるわ」
 プロって聞いてたから色々想像してたけど、思ったよりぜんぜん普通の人が来た。
 程なく青い軽自動車が停まるとその主が歩いてくる。既にウェアを着ていて準備万端の様子だ。
「いい天気になったねー。」
 しおさんと呼ばれた人が空を見ながら挨拶をする。身長は自分と同じくらい?兄より全然年上だと思うけど、なんか大人っぽさを感じない。
「今日はあの人来てないしな〜、天気は問題ないっしょ〜。そういえばゲレンデ、今日から山頂コース行けるんだって?」
 大人の雰囲気を感じるナックさんがこたえたけど、不真面目なんだっけ。
「らしいね。第四がイベントコースでしょ?間に合ってくれて良かったわー。第四だけじゃゲレンデ混むし。」
 そこにみつまるさんが話に割って入る。
「あ、しおさん。あれ、持ってきてくれました?」
「……あれ?……あ、あー!忘れた!帰りに寄ってってもらっていい?」
「やっぱり……まぁいいっすけど。」
「みつまる。いつものことだ〜。しおさんが忘れ物しない訳がない。」
 私以外の三人がいつものこと、と目でも語っている。忘れっぽい人なのかな?
「みつまる君ごめん!で、噂のお初がこちら?」
 このまま内輪で話が盛り上がるかと思って見ていたらふと目が合い、話しかけて来てくれた。
「そーそー、いつみちゃん。」
「いつみちゃんね、しおてんです。今日は宜しくー!」
「――宜しくお願いします。」
 なんだかあまり緊張感を感じない人って感じ。正直兄や義理の姉より話がしやすい気がする。
「で、今日板とか借りるんだよね。色々用意してきたから準備済んだら声掛けて。今日は天気良いから日焼け止めしっかりやっておいたほうがいいよ、紫外線が平地の三倍とかだから。」
「わかりました!」
 日焼け止めは道中であきふゆさんに言われて買っておいた。しっかりやらないとあとで酷いことになるそうだ。スキー教室の時はずっと曇り空だったから知らなかったけど、海の日焼けの並みじゃないらしい。
「日焼け止めって、もう塗っといたほうがいいんですかね?」
 気がつけば朝日が登り始めてる。なんだか凄くいい天気になりそうだ。
「じゃ、支度しようか。ナックさんたちはまだ支度しないの?」
「俺らだって来たばっかりだぜ〜?まぁ男は支度速いしな。ほら、幼女はさっさと着替えな〜」
「そうだぞ幼女」
「誰が幼女さ!立派な成人だっつーの!ねー、いつみん!」
 ……すみません、私まだ未成年です……

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