見出し画像

【GSC福島スタディープログラム2020】現地訪問レポート➀廃炉に向けての喫緊の課題、「汚染水」と「処理水」について

こんにちは。Global Shapers Community Yokohama Hubの牧野です。


時の流れは早いもので、東日本大震災から約10年がたちますが、みなさまはあの日のことを覚えていらっしゃいますでしょうか。
私は当時名古屋におり、地震はそれほど大きくはなかったのですが、ニュースを見て日本が大変なことになっていると思ったことをはっきりと覚えています。

それだけ多くの人にとって衝撃的だった東日本大震災から約10年がたちました。現地の報道などが減るにつれ、震災や原子力発電所の事故などはだんだんと「過去のもの」のように感じてしまっている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
しかし、被災地の復興や原子力発電所の廃炉はまだまだ始まったばかりといっても言い過ぎではないかもしれません。

私たちグローバルシェイパーズコミュニティ(GSC)横浜ハブでは今の福島の現状を知るべく経済産業省協力の下、2020年12月に福島の自治体や企業、そして福島第一原子力発電所を訪れてきました。

現在福島第一原子力発電所では廃炉に向けて4つの作業が進行しています。

➀燃料取り出し➔使用済み燃料プールから燃料を取り出すこと
➁燃料デブリ取り出し➔燃料デブリとは、燃料と構造物が溶けて固まったものを取り出すこと
➂原子炉施設の解体
④汚染水対策

本記事では、喫緊の課題が迫っており、国としての判断が迫っている④汚染水対策についてお伝えしていこうと思います。

本記事を通して、
・汚染水と処理水について
・処理水をためるタンクの容量が残りわずか
・処理水を放出するときの課題
・処理水放出についての国民の意見と国の見解
などのことについて理解を深め、みなさまと処理水についてどうしていくべきかを考えられたらいいなと思っています。

そもそも汚染水とは?

「汚染水」と「処理水」という聞きなれない言葉を福島第一原子力発電所のニュースなどで耳にしたことがある方も多いかと思います。
「汚染水」とは、高い濃度の放射性物質を含んだ水です。それに対して、
「処理水」とは、汚染水から放射性物質をほとんど取り除いた水のことです。

放射性物質とは放射能を持つ物質の総称であり、ウランやプルトニウム、セシウムなど多くの物質があげられます。放射性物質が問題となっているのは、それらの物質が生物に健康被害を与えることが知られているからです。ただし、放射性物質は自然界にも多く存在し、私たちもごく微量ですが、日常生活の中で放射線による被曝を受けています。

画像1

原子力発電所の模式図

(出典:経済産業省廃炉・汚染水ポータルサイト)

汚染水は燃料デブリを冷却するための水が燃料デブリに触れることで発生します。そして、この高濃度汚染水と建屋内に流れ込む地下水や雨水が混ざり合うことで新たな汚染水が発生してしまいます。
これまでになんと約120万トンもの処理水がタンクにたまっています。
そして、2022年夏ごろには残りのタンクも満杯となってしまいます。原子力発電所の敷地内には新たにタンクを建設する場所が残っていません。
汚染水、そして処理水に関する喫緊の課題とは、処理水を今後どうしていくかということです。

これまでの汚染水対策の振り返り

画像2

処理水の貯蔵されているタンク

原子力事故発生後、汚染水を減らすための対策が行われてきました。
具体的には、地下水が汚染水のエリアに流れ込まないように地中に凍土壁と呼ばれる氷の壁をいれ、水が汚染水のほうへ流れにくくしたり、サブドレンと呼ばれる地下水をくみ上げる井戸で流れ込む地下水の量を減らしたりしています。
それらの対策の結果、汚染水の1日当たりの発生量が対策前の2014年の540トンから180トンへと減少することができました。(それでも1リットルのペットボトル180000本分もあります)

※私たちが訪れた後の最新情報ですが、2020年に発生した汚染水は1日当たり140トンまで抑制できたそうです。そのため、2020年夏よりもタンクが満杯になる時期は少し伸びる見込みです、
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210129/k10012838371000.html

汚染水から放射性物質を取り除いて処理水に

画像3

多核種除去設備(ALPS)。左側に見える機械で汚染水を処理しています。

1日に140トンも発生してしまう汚染水は放射性物質を多く含んでいます。そのため、浄化装置で放射性物質をできるだけ取り除く必要があります。
そのために開発されたのが、多核種除去設備(ALPS)です。この施設は汚染水に含まれる62種類の放射性物質を国が定めた環境へ放出できる基準以下にまで浄化できる能力を持っています。
例として、セシウム134やセシウム137と呼ばれる放射性物質を含む汚染水はこの処理装置を通せば、国が定める基準の100分の1以下にまで除去することができます。
しかし、唯一取り除くことができない物質があります。
それはトリチウムと呼ばれる3重水素です。

トリチウムとは

画像4

出典:経済産業省資源エネルギー庁ホームページ

トリチウムは水素の仲間です。水素などの原子は陽子と中性子でできた原子核と電子で構成されています。ただし、トリチウムは水素より中性子が2つ多いものになります。
中性子が2つ多いため、原子核が不安定です。
不安定な状態のため、中性子の一つが電子を放出し、陽子へと変化して、その結果ヘリウムになります。
この時に放出される電子が放射線の一種であるベータ線です。
ただし、この時放出されるベータ線は空気中を5mmほどしか進むことができないほど弱いエネルギー放射能です。
放射線の種類によって物質をすり抜ける力が違いますが、トリチウムは紙1枚で十分に遮ることができます。

トリチウムの問題点

画像5

メンバーが処理水を実際に手に取っている様子

トリチウムによる人体への被ばく量はほとんどないとされています。そもそも皮膚を通ることができないため、外部被ばくの影響はほとんどありません。
また、体内に入った場合の内部被ばくについてですが、水と同じように体の外へ排出され、体内には蓄積や濃縮されないことが分かっています。

トリチウム自体には人体への問題はほとんどないことが分かっていただけたと思いますが、問題が一つだけあります。それは、トリチウムを分離することが技術的に非常に難しいことです。
そのため、汚染水をALPSで処理水にしたときに、トリチウムは唯一取り除くことができません。
しかし、これまでに述べてきたように、トリチウム自体は人体に与える影響はほとんどありません。

処理水をどのように放出するか

処理水のタンクが満杯に近づく中、処理水の現実的な放出方法として海洋放出水蒸気放出の2つが検討されています。
どちらの場合も、今後原子炉の廃止に要する30年から40年の間に排出していくことが検討されています。
放出せずにためる場所を増やせばいいのではないかと思われる方もいるかもしれません。しかし、原子力発電所の敷地内にはもうタンクを建てるスペースがないため、タンクを増設するのであれば、敷地外しか選択肢はありません。しかし、そのためには、自治体や住民の理解が不可欠であり、相当な時間を要してしまいます。
敷地外で処理水を保有したとしても、いずれは処理する必要があり、処理水の放出かタンクの増設かの判断が迫っています。

環境中のトリチウム量はどれくらいか

原子力の話をするときに、「ベクレル」と「シーベルト」という2つの単位を聞くことが多いと思います。
ベクレルは放射能の量を表す単位であり、シーベルトは人が受ける被ばく線量の単位です。
イメージしやすいようにストーブで例えると、ストーブから出る熱量がベクレルであり、人が実際に受ける熱量がシーベルトです。
現在福島第一原子力発電所にたまっているトリチウム量は約860兆ベクレルです。
これがどのくらいの量なのか想像できないので、いくつか比較をしていきます。
現在国内外の原子力施設からも各国の規制基準を順守してトリチウムが排出されています。
日本では、約85兆ベクレル/年のトリチウムが原子力発電所から排出されています。つまり、いま福島のタンクにためてあるトリチウム量は日本のトリチウム年間排出量の10倍ということです。
また、日本に降る雨に含まれるトリチウム量は年間220兆ベクレルです。福島のタンクには日本に降る雨水約4年分のトリチウムが含まれています。
確かに860兆ベクレルは大量ですが、仮に40年間かけて放出する場合には、1年間に21.5兆ベクレルのトリチウムが放出されることになります。これは1年間に日本の原子力発電所から排出されているトリチウム量の25%ほどになります。

国民の声と国の見解

朝日新聞が世論調査で処理水の処分について尋ねたところ、政府が検討する海洋への放出は賛成派32%、反対派55%でした。(有効回答は2126人)https://www.asahi.com/articles/ASP135S0CNDJUZPS001.html


一番大きな懸念は、処理水放出による水産物への風評被害であり、8割以上が不安に感じると答えています。

ここは私の考えですが、処理水放出における水産物への風評被害は2段階あるのではないかと考えてます。
1段階目:トリチウムに対する不安
2段階目:トリチウム以外の放射性物質に対する不安

1段階目のトリチウムに対する不安については、科学的には人体への影響は小さいと報告はされていますが、新たな風評被害を生む懸念があるから不安視していると考えています。

処理水放出反対派の意見としては、タンクの増設やトリチウムの半減期(12.3年)を待ったり、分離技術の進歩などを待つ方がよいなどがあげられると思います。
経産省のホームページにある資料にこれらの記述があり、いくつか抜粋させていただくと、https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku.html#task_force4

保管期間にトリチウムを分別する方法が確立する可能性もあり、当分の保管が最善と考える。
長期保管を行えば、減衰により処分量を減らすことが出来る。仮に120年待てば、処分量は千分の一になる。

これらの質問に対して、経産省の意見としては以下のような回答をしています。

福島第一原発の廃炉・汚染水対策について、周辺地域で住民帰還と復興の取組が徐々に進む中、「復興と廃炉の両立」を大原則とし、地域住民、周辺環境及び作業員に対する安全確保を最優先に、現場状況・合理性・迅速性・確実性を考慮した計画的なリスク低減を実現していくこととされている。
福島の復興と廃炉を両輪として進めていくことが重要であり、廃止措置が終了する際には、汚染水対策の一つであるALPS 処理水についても、廃炉作業の一環として処分を終えていることが必要である。
他方で、廃炉を進めるためにALPS処理水の処分を急ぐことによって、風評被害を拡大し、復興を停滞させることがあってはならない。したがって、必要な保管は行いながら、風評への影響に配慮し、廃止措置終了までの間に廃炉作業の一環としてALPS 処理水の処分を行っていくことが重要である。
なお、福島第一原発内に、東京電力の現行計画以上のタンク増設の余地は限定的である。

         
2段階目のトリチウム以外の放射性物質に対する不安はALPSで確かに放射性物質は国が定める基準値より大きく下げることができるが、それでも放射性物質の量は0ではなく存在し、処理水の量が多いため、全体でみるとある程度の量の放射性物質が出てしまうことが海洋放出を懸念している点なのではないでしょうか。また、現在タンクにためてある処理水の約7割にはトリチウム以外にも、規制基準以上の放射性物質が残っています。

これは事故発生からしばらくの間、ALPS処理は貯蔵されている水が敷地外に与える影響(敷地境界線亮)を急いで下げるため、処理量を優先して実施したためです。

これらの懸念にも経産省の資料には回答があり、一部抜粋させていただきます。

トリチウム以外にもタンクに残っていることが明らかになった以上、(それらの処理処分方法が論じられない中で)トリチウムのみを検討対象として処分方法を検討するという事自体が間違っている。タスクフォースに遡って再度議論すべき。
希釈すれば流せると言うが、その理屈なら薄めれば何でも流せるではないか。

これらの問いに対して、以下の回答を記載しています。

通常の浄化処理を終えていないタンクに保管されているALPS処理水(告示比総和1以上)に含まれるトリチウム以外の放射性物質については、環境中に放出する場合には、風評など社会的な影響も勘案し、単に希釈して規制基準を満たすのではなく、希釈を行う前に二次処理を行い、トリチウム以外の放射性物質について告示濃度限度比総和1未満を満たすことを今後の対応方針として決定し、その上で議論を行った。また、規制基準を満たすことは、当然のことであるが、二次処理が確実に行われていることを第三者が確認できる仕組みを構築することも、
地域の方々や関係者の方々への安心材料を提供することとなり、風評への影響を抑えるための重要な取組と位置づけられる。

https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku.html#task_force4

処理水の今後について

処理水の処分方法を検討すると同時にまずは処理水の発生量を減らすことも必要です。経産省の定める目標としては、汚染水の発生量は2020年度には140トン/日まで抑えることができましたが、2025年までには建屋内で発生する汚染水を100トン/日以下に目標を設定しています。

また、処理水の方法についての検討も必要だと思います。

現時点で有力な放出方法は海洋放出と水蒸気放出だと考えられます。

ただし、処理水の放出による社会的な影響の観点では心理的な消費行動等に影響されるので処分方法の優劣をつけることは難しいです。

海洋放出の特徴としてはこれまで国内外の原子力発電所においてトリチウムを含む液体放射性廃棄物が冷却用の海水等により希釈され、海洋等へ放出されています。これまでの実績があり、モニタリングなども行いやすく、確実に実施できることが最大の特徴です。

一方、水蒸気放出の特徴はAPLS処理水に含まれるいくつかの核種は放出されずに残ると考えられ、環境中に放出する核種を減らすことができます。しかし、国内にはまだ液体放射性廃棄物の処分を目的に水蒸気放出をした実績はありません。

どちらの方法も放射線による影響は自然被曝と比較して十分に小さいと考えられています。そのため、処理水放出の一番の課題は処理水放出による風評被害です。

風評への影響を抑えるためには人々が少しでも安心できるような処分方法を検討することが重要だと思います。国の見解としては、具体的には処分の開始時期、処分量、処分期間、処分濃度について、関係者の意見も踏まえて適切に決定することが重要であると述べています。

また、情報を正しく伝えるためのリスクコミュニケーションの取り組みをいろいろと行っています。

例えば、経済産業省のホームページにはこれまでの会議の議事録や資料、報告書などが掲載されています。

また、以下の東京電力のホームページでは処理水に関することが分かりやすく説明されています。

まとめ

・汚染水と処理水について

➔汚染水は1日当たり、140トンほど発生している。汚染水からトリチウムを除く放射性物質を取り除いた水が処理水。

・理水をためるタンクの容量が残りわずか

➔137万トンのタンク容量のうち、120万トン以上すでに使っている。また、タンクの増設は難しい。

・処理水を放出するときの課題

➔海洋放出か水蒸気放出か。そしていかに風評被害を抑えるために正確な情報発信をしていくか。

・処理水放出についての国民の意見と国の見解

➔国民の多くは処理水の放出に懸念がある。特に農林水産物への風評被害を懸念している。国としては処分することを基本方針としており、関係者の意見も踏まえて適切に決定していく。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

この記事を通して少しでも処理水についての理解が深まっていれば嬉しいです!

参照:https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/hairo_osensui/index.html

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?