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イスラーム教と中東の価値観

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イスラーム教と中東社会を中心に通読してきた著作を紹介します。
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記事一覧

イスラーム世界のユダヤ教『物語ユダヤ人の歴史』より

引き続き『物語 ユダヤ人の歴史』より、7世紀のムハンマドを始祖とするイスラーム教の拡散から20世紀のオスマン帝国滅亡までのイスラーム世界における、ユダヤ教の状況について紹介。 ⒈イスラーム世界では、ユダヤ教は同じ一神教の仲間イスラーム教は、ユダヤ教→キリスト教→イスラーム教の順序で、一神教がバージョンアップしてきた最新の一神教、というように自分たちを位置付けていたので、ユダヤ教・キリスト教に対しては、同じ神の啓示を受けた聖典をもつ一神教の仲間として敬意を払っていました(「ア

知的アンカラガイド『トルコ100年の歴史を歩く』読了

<概要> トルコの首都アンカラ在住の著者が2023年トルコ共和国建国100周年にあたって、アンカラをテーマにトルコの歴史・地理・文化・政治経済を網羅的に扱った新書。 <コメント> 昨年2023年はトルコ共和国建国100年ということで、イスタンブールによりがちなトルコではなく、トルコ共和国の首都アンカラを主役にした現代トルコの生き様を本書で味わうことができます。 ただし「読み物そのもの」としては、ちょっとダルな印象。 地区ごとに大使館があるとかないとか、本屋があるとかない

「エジプトの風土」『古代エジプト全史』河合望著

<概要>先史時代から古代ローマ帝国に至る、約3000年の歴史を網羅的に扱った、2021年著述=最新の古代エジプト全史。 <コメント>先日、9日間のエジプトツアーに行ってきたのですが、ツアーで観光した文化遺産は、ムハンマド・アリー王朝のムハンマド・アリー・モスク(1848年)、ナセル大統領のアスワン・ハイ・ダム(1970年)を除いては、3000年続いた古代エジプト時代:BC3000〜BC332の遺跡オンリーです。 *初期王朝(第1〜2) →古王国(第3〜6)ピラミッド →第

「エジプトの風土」ナイル川とアスワン・ハイ・ダム

エジプトの自然環境は世界的にも有名で、まさに「ナイルの賜物(ヘロドトス)」という言葉を誰もが取り上げるごとく、ナイル川がもたらす肥沃な栄養が、ナイル川下流沿岸に豊富な穀物を育んだというのが、古代(BC3000年)からのアスワン・ハイ・ダム(1960年代)建設までの姿。 つまりアスワン・ハイ・ダムの建設は、エジプト社会を5000年支えた自然環境を360度転換させた革命的な土木事業だったということ(詳細は後述)。 ⒈ナイル川の水量変化によって「暦」が生まれた古代エジプトの暦は

ハマスvsイスラエル戦:本質的な四つの要因

今のハマス(パレスチナではない)とイスラエルの戦いについて「即時停戦」を願いつつ、そもそもなぜ第二次世界大戦後、イスラエルとハマス含めてアラブ社会が対立し、何度も戦争しているのか? この問題わかりにくいので、その本質的な要因を以下の四つに整理してみました。 ⒈中世から近代へのパラダイム転換そもそものきっかけを「ユダヤ人の国家がなくなって以降、約3000年放浪したから」という人もいますが、今まで私が知った限りでは、それよりも地中海世界が19世紀に 「宗教の時代=中世の価値

「エジプトの風土」『エジプト近現代史』山口直彦著 読了

<概要>エジプトの近現代史を学ぶには最良の著書。啓蒙主義の価値観をベースにしつつ、日本などと比較もしつつの客観的かつ論理的に歴史の事象を時系列に従って記述されている点などは非常に好感が持てる。 <コメント>イスラーム教勉強の流れで、昨年11月のカタール、今年5月のトルコに続き、同じイスラーム圏の国家エジプトツアー参加にあたり、エジプト関連著作をいくつか通読中。 中でも本書はエジプトの近現代史を理解するには最良の著作でした。 本書のあとがきが、2011年の「アラブの春」

『コーラン』を読む:井筒俊彦著   読了

<概要>イスラム教の聖典『コーラン』を読むことで「イスラーム教の本質」と「言語の本質」の双方を私たちに知らしめようとした言語哲学者「井筒俊彦」の講演録。 <コメント>アラビア哲学専門家にして早稲田大学准教授小村優太先生の「イスラーム思想入門」の講義で紹介されていたので、さっそく読んでみました。小村先生によると本書は『コーラン』を題材にした井筒思想、ということだそう。 以下長くなりますができるだけ、今の私たちのコトバに翻訳して紹介したいと思います。 ⒈『コーラン』の成立

旅行して感じたトルコのイスラム事情

今回2週間ほどギリシア・トルコに滞在して、2週間前に渡航したロードス島の中央内陸部で山火事になっていることに驚いています。私が訪問したのは島の北部の先端部分だけなので、まったく別の場所ではありますが。。。 #日経COMEMO #NIKKEI さて、国民の99%はイスラム教徒だといわれるトルコにおいて、イスラム教に厳格だというカタール(2022年訪問)やUAE(2017年訪問)などと比較しつつ、イスラム的には、どんな感じだったのか、ざっと以下に整理したいと思います。

『コーランには本当は何が書かれていたか?』 書評

<概要>フェミニストで啓蒙主義の価値観をもつアメリカ人のジャーナリスト、カーラ・パワーと、インド出身の保守的イスラム学者アクラムの交流を通じて、イスラム教の本質について迫った感動せざるを得ない著作。 <コメント>本書を読むと、アッラー(神)とアッラーの預言者だったムハンマドの意図するところを、恐れ多くも本質的な形で理解できたような感じもします。 というのも本書に登場するインド出身のイギリス在住イスラム学者、モハンマド・アクラム・ナドウィー師は、本来の意味でのイスラム原理

コーランをそのまま実践するとISになる?『イスラム2.0』飯山陽著 私評

<概要>ネットやSNSが普及したことで、イスラム教の啓典が直接信徒が触れるようになったことでイスラム原理主義が増大していることを「イスラム2.0」と表現。 この結果「コーランをそのまま読めばISになる」とした、イスラム教過激論を紹介。 著者の一貫した主張には原理主義的な、きな臭いニオイを感じますが、インドネシア、エジプトなど各国の宗教事情の解説や最後の「イスラム教と共存するために」などは興味深い内容となっています。 <コメント>これまでずっとイスラム関連の著作、コーラ

『ロードス島攻防記』塩野七生著 聖地巡礼

<概要>歴史エッセイ家、塩野七生の海戦三部作の一つ。イスラームにとってのクリスチャン海賊「聖ヨハネ騎士団(英語では「病院を経営する騎士団」という性格から「ホスピタラー」という)」をロードス島から排除して、イスラームの自由な航行を実現させたオスマン帝国大帝スレイマン一世のロードス島攻防記(ただし主役は聖ヨハネ騎士団の三人の騎士)。 <コメント>塩野七生ファンとしては、絶対行きたかったロードス島、 念願の初上陸。今風にいえば、私にとっての聖地巡礼です。 ロードス島はギリシャ

トルコからみた世界『トルコ 中東情勢のカギをにぎる国』内藤正典著

<概要>現代国際情勢におけるトルコの役割とその存在価値について、解説した著作。2015年出版なので情報は古いが、東西の橋渡しにして西側から見たイスラーム圏の窓口、そしてNATO加盟国という、トルコならではの独自のポジショニングが興味深い。 <コメント>西欧列強からの圧力を自力で回避し、最後には民主的近代国家を立ち上げた、という点で、日本とトルコはよく似ています。 ところが、近代国家を成り立たせるために活用した大義名分が真逆というのが面白い。 近代化においては、西欧もトル

トルコ民族とは何か?『トルコ民族の歴史』坂田勉著 読了(2024年3月改訂)

以下内容、トルコ系民族ハザール人のユダヤ教改宗について「誤った」と思われる内容あったので改訂しました。 <概要>トルコ系言語を話す人々=トルコ系民族に焦点を当て、それぞれの地域ごとにトルコ系諸民族がどのよう経過を辿って今に至るのか?特に宗教の時代(中世以前)から民族の時代(近代以降)への移り変わりの中で、トルコ系がトルコ系として、どのように民族意識を獲得していったのか、が紹介されている著作。 <コメント>トルコ民族とはどんな人々なんでしょう。中世の「宗教の時代」から近代の

『イスラム飲酒紀行』高野秀行著 読了

『謎の独立国家 ソマリランド』を読んで以来、著者高野秀行のファンですが、高野秀行のイスラーム論『イスラム飲酒紀行』も実に面白く、あっという間に読んでしまいました。 ⒈イスラーム教と飲酒過去にも紹介しましたが、コーランでは飲酒は禁止していません。 酔っ払ったまま礼拝することを禁止しているのです。ただ1日5回礼拝があるので実質一日中酔っ払えない、ということ「つまり飲酒できない」ということです。 本書は「飲酒紀行」と称しながら、イスラーム文化ガイド的性格を持っています。 世