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『戦争広告代理店』高木徹著 読了

<概要>

戦争広告代理店」と本書の編集者が名付けたアメリカの戦争PR企業「ルーダー・フィン」社が、どうやってセルビアを悪者に仕立て上げ、どうやって顧客のボスニア・ヘルツェゴビナ(ボスニア)を善者に仕立て上げたか、を克明に取材したNHKスペシャルの書籍版。

<コメント>

第二次世界大戦後も、徐々に減少しているとはいえ、それなりの規模の戦争は、定期的に起きています。今はウクライナ侵略戦争、20年前はイラク戦争、そして30年前は、ボスニア紛争。

本書はその30年前に勃発したボスニア紛争において、アメリカのPR企業「ルーダー・フィン」社が、顧客のボスニア・ヘルツェゴビナ(ジェフの監督だったイビチャ・オシムの故郷)をどうやって西側諸国の味方に仕立て上げたか、を取材したドキュメント。

冷戦後の世界で起きるさまざまな問題や紛争では、当事者がどのような人たちで、悪いのがどちらなのか、よくわからないことが多い。誘導の仕方次第で、国際世論はどちらの側にも傾く可能性がある。そのために、世論の支持を敵側に渡さず、味方にひきつける優れたPR戦略がきわめて重要になっているのだ。

本書:序章

とのように、本書を読むと、現代の戦争においては「いかに自分たちに正当性があるか」については「その道のプロである戦争PR企業を活用することによって可能になる」というのがよくわかります。

本来このような仕事は日本で言えば外務省の仕事ですが、発展途上国の場合は、その機能が弱いため、アメリカなどにある民間のプロフェッショナルなPR企業がその役を担っている。

そして、その能力は日本の外務省の比ではない、というか比較すること自体がナンセンスなくらい全くレベルが違う、といいます。

戦争を有利に進めるためには、国連などの国際社会や世界最強の軍事国家アメリカをいかに味方につけるか、が鍵になります。

まさに今、ウクライナのゼレンスキー大統領が自らウクライナの広報マンとなって西側諸国を引き込んでいるのが典型例(ボスニアの敵国セルビアと違って明らかにロシアは国際秩序を破壊する悪の存在ですが)。

そして、世界を味方につけるためには国際世論の効果的な誘導方法、国連の事情、中でもアメリカのお国事情に精通したPR企業の存在が必須だというのがよくわかります。

当時のアメリカ国務長官ベーカー曰く

アメリカ政府を味方にしたければ、米国世論を動かせ。世論を味方につけたければ、メディアを動かせ。それがベーカー長官のアドバイスだった。

本書第1章 国務省が与えたヒント

1989年くらいに冷戦が終了して旧ユーゴスラビアが崩壊してのち、ボスニアとセルビアの戦いについても、この内戦は旧ユーゴ内のピュアな内戦であって国際秩序を破壊するような、つまり善悪で判断するような戦いではありません。

とはいえ戦争PR企業は、行動経済学でいるバイアス「利用可能性ヒューリスティック※」を最大限に活用して、西側諸国を見事にボスニアの味方に仕立て上げたのです。

※利用可能性ヒューリスティック
最近起きた出来事や衝撃的な出来事などの印象に強く残る出来事など「印象の強さ」で物事を判断してしまうバイアス(錯誤)。

利用可能性を生かすための一番の手法の一つは、誰にとっても印象に残りやすいキャッチフレーズをつけること。

ボスニアの戦争PR企業ルーダー・フィン社が、そのために敵国セルビアに対して使ったフレーズが「民族浄化」と「強制収容所」。

民族浄化は、英語でいうとエスニック・クレンジング(ethnic cleansing)。「民族浄化」という誰の頭にもスッと入るキャッチーなフレーズを活用して、マスメディアの記者たちに敵国セルビアに対する強烈で残酷なイメージを植え付けるのに成功(実際には戦争で起きる殺人行為を大袈裟に言い立てただけで、ボスニア側も同じようなことをやっていたらしい)。

さらに「強制収容所」がボスニア内にあるとして、それを証明するインパクトの強い写真(あるメディアによる意図的に撮影された収容所とは関係のない写真)を使って、「ほらこれが証拠です」とビジュアルで訴えかけて、記者を操る手法も見事。

こんなふうにセンセーショナルなニュースをマスコミに提供してその注目を浴び世論を味方につける手法は、戦争PR企業の最も得意とするところらしい。

当時の世界には、ボスニアの首都サラエボよりも酷い状況にある地域が10ヶ所はあったらしいのですが、それらの国にはボスニアと契約したルーダー・フィン社のの従業員ハーフのような有能な広報マンがいなかったので、世界の注目はすべてボスニアに注がれたのです(セルビアも戦争PR企業を雇おうとしたが時すでに遅しで、悪いイメージのレッテルを貼られたセルビアと契約しようという企業はいなかった)。

著者は日本への忠告として

日本のように大学を卒業してすぐに外務省に入り、一生その中で生きていく外交官が大半、というやり方では永遠に日本の国際的なイメージは高まらないだろう。

昨今、多少の人材を民間から登用することも始められているが、量的にも質的にもまったくの彌縫策にすぎない。

現在の硬直しきった役所の人事制度を根本から変革しないかぎり、21世紀の日本の国際的地位が下がる一方になることは、はっきり予見できる。

本書第8章 大統領と大統領候補

とし、日本の官僚も日本固有のメンバーシップ型の雇用形態から世界標準のジョブ型の雇用形態に転換しないと、日本の国益がおぼつかなくなりそうなのは、本書を呼んだだけでも実感できます。

アメリカでは戦争PR企業の優秀な人材は、国と民間を行き来しつつそのノウハウを磨くことで育っていく。残念ながら日本にはそんな土壌はありません。

ただ本書を読んで不思議な気持ちになったのは、PR企業の思い通りに操られるマスコミの情けない姿は理解するものの(というか彼ら彼女らは確信犯的にです)、著者自身がNHKという日本最大級の(操られる側の)マスコミ職員なこと。

しっかりこうやって内情を知った上には、PR企業がばら撒く美味しいネタをそのまま垂れ流しにするのではなく、センセーショナリズムに惑わされず、敵味方論にも惑わされず、骨太の番組を作ってほしいものですが、そういう意味ではNHKは他のマスコミよりは信頼できそうかもしれません。

合わせて本書を題材にした著者へのインタビュー記事も非常に参考になりましたので合わせて添付しておきます。

*写真:千葉県関宿町(2023年3月撮影)

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