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連載『あの頃を思い出す』

 
   7. 出口のない迷路・・・3

「そんな…だって、今更言われたって…」
 戸惑いを隠せない。
(なんで、今さら…!?)
「だからってずっとあんたを好きだったってこともないでしょう。経場(けいば)くんってそういう一途なタイプでもないじゃない? だったらすごいけど…。5年よ、だって。それに瀬谷くんは、どうすんのよ? 本気よ、彼だって」
「わかってるわよ、言われなくたって。言われなくたって…だから、あたし…」
 胸に痞えていたものは、年の差でもふたりの子どもたちでも、遠慮でもなんでもなかったというのか。
 経場の出現で瀬谷への気持ちを認識したものの、それは単なる経場へのあてつけに過ぎなかったと? 
 そうは思いたくはない。確かに経場の事は好きだったが、ハルヒのことは愛していた。だから結婚を望んだし、子どもだって産んだのだ。だが…

 ハルヒ…!
 どうすればよかったって言うの?
 頭を抱えたままうずくまる。


 その日の晩、尚季(ひさき)の部屋の呼び鈴ではなく、朋李(ともり)の部屋のベルが鳴らされた。
「あら瀬谷くん。尚季たちなら退院祝いに食事に出てるわよ、親子水入らずで」
 『親子水入らず』と付け足したのには、経場のことで躍起になっている瀬谷を気遣っての言葉だったが、反って落ち込ませたようだった。
「あたしたちも遠慮したの」
「あーそうですか。連絡しなかったから…」
 ハハ…とから笑いをし、これで自分は『尚季に避けられている』と確信せざるを得ない瀬谷だった。
「大丈夫よ。なんなら部屋で待ってる? 開けてあげるけど」
 玄関に降りようとするも、
「いや、いいです。今日は帰ります」
「そう。がんばんなさいよ、瀬谷くん。所詮経場くんは昔の男なんだから、今はちょっと良く見えてるだけよ。プロポーズされたからってどうなるあんたたちでもないでしょう」
「え?」
 途端、瀬谷の表情が一変した。
「聞いてるんでしょ、プロポーズのこと。だから毎日…」
 言いかけて『しまった』と口を噤む朋李。尚季は瀬谷に『伝えた』とも『言ってない』とも一言も口にしなかった。そこまで話は突っ込んでいなかったのだ。
「あのっ、やだ…知らなかった、の? もしかして…」
「いつ?」
「誕生日の日、尚季の…」
 気付くべきだったのだ。誕生日の翌日、パーティーはささやかに朋李の部屋で行われた。『瀬谷を誘えば』という朋李の言葉に、夫の法勝(のりかつ)も一緒だったことへの遠慮か尚季は『大袈裟にしたくない』とか『忙しいから』などと言って濁してはいなかったか?

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