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乾家の子どもたち 

いつの時代が始まりなのかは解らない。
ある者は他国から流れて来た部族の呪い師だったと言い、またある者は名のある大名であるとか戦国武者の子孫だったと語り継ぎ、そしてある者は創世記からの末裔なのだともてはやされた。
それはとても奇妙な一族で、あるべきことはだれもが知っているのに対し、その存在について確かなことを語ることができないということだった。


とある場所に、とにかく好色な男がおり、だがその家にはなかなか跡取りになる男児が誕生しないという理由から、当主は代々「好色」を繰り返すという傍若無人な一族があった。「子宝」という不運を笠に着て、当主はやりたい放題好き放題に女と戯れて暮らし、どういうわけか時代の恩恵に預かり、身を滅ぼすこともなく繁栄を意のままに途絶えることはなかったという。
その家に囲われた女たちは貧困を問わずあまたにおり、ひとところに集められたのなら国がひとつできるほどだと推測されている。

その栄華を誇る一族を「いぬい」といった。

「乾のは貰っても、乾のには呉れてやるな」という言葉が囁かれるほどに、乾家との縁組は栄誉なことではあっても過酷、困難とされていた。また、運よく乾家との縁組が整ったとしても、敷居を跨いだら最後「神隠しか死別したものと思え」という因縁めいた言葉も残っているほど、その所在は謎につつまれていた。

乾の血を引く男は、当主意外には認められてはいない。だが女は、存在を知られていないだけで、歩けば石に躓くほど溢れているのだ。

乾家に囲われる女はとにかく「子孫繁栄」が絶対条件であり、器量その他は二の次、体が丈夫でとにかくよく働く女が好まれた。仮に男児を出産できなかったとしても、才能を認められた者はただ捨ておかれるわけではなく、家門に係った者として恥のないよう扱われた。ゆえに乾の家で生まれた女児たちは、ひととおりの手習いを仕込まれ、なにかしらの才に秀でた者にはそれなりの家、仕事を与え世に貢献させられた。ただ、それらが女たちの「望んだこと」かと問われれば、すべては一族の繁栄のための所業ゆえ、戦国の世の如く政略結婚も辞さなかったということだ。

食べることに困らないのはなによりだが、なにを置いても女たちに「自由」の二文字はなかった。

一族に係る女たちはよく働くことでも有名で、嫁として受け入れられた家もまた、将来を約束されたようなものだった。しかしながら、乾の家には絶対服従とし、生死ですら自分で選べないほど一族に都合よく尽くさねばならなかったのだ。
ある者は影武者を強いられ、またある者は死刑台にのり、ある者は犯罪者のまねごとをさせられることもしばしばで、理不尽極まりない使命に逃げ出す者もあとを絶たなかった。だが、逃げられる隙など米粒ひとつほどもなかった。そこかしこに潜んでいる乾一族の縁者により、結局はいいように始末させられてしまうのがオチである。
そんな条件下でも、この一族との縁組ができるということは「死」以上の価値があると言われてきた。


さてそんな因縁渦巻く一族の歴史も、時間と共にその在り方も少しずつではあるが様変わりしていった。権力がいちばんであることには変わりないが、世知辛い世の中と時代に揉まれ、今ではその存在も都市伝説かなにかの類と認識されつつある。だが一族にとってはむしろ好都合で、いい隠れ蓑になっていることも事実であった。

男と女の在り方にも変化は見られ、特例が認められる男児も稀に出て来た。だがそれはほとんどないに等しい。

相変わらず生まれてくる男児は少ない。だが絶えることはない。
それは男児が現れるまで「女を絶やさない」という強欲極まりない現実が未だまかり通っているからである。また運よく男児が続けば逆に、そこには謀略と殺戮に満ちた悲惨な結末が待っていることも否めない事実だった。
世に知れてはいないが、一家惨殺や大量虐殺の類、または行方不明や拉致監禁など、一族の名が出てないだけで、乾に係る事件、事故は少なくはない。ただそうした乾一族の男児に係る所業の数々、また首謀者は、口に出せないほどの仕打ちが待っていることもまた、目に見えないだけで珍しくはない現実として残っている。


これは、そんな数奇な家に生まれついた子どもたちの行く末を見守る物語である。


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